第50話
惻隠
僕は馭者を生業として、日銭を稼いで暮らしていた。
死んだ父が大事にしていた雄馬を息子が譲り受け、馬車を作って馭者を始め、それを仕事としたのである。
ある日、街と街を繫ぐ森林道の小脇にて、三毛に赤血色を混ぜた猫の死骸を発見した。
猫は森を往来している馬車に踏みつけられていて、原型さえも留めておらず身体が平らになっていた。
可哀相に思いつつも、僕は仕事を優先し、果てた猫の死骸を見ずに横切り、森を通っていた。
何日経っても猫の死骸は弔われずに残っていて、その間にも、何度も何度も馬車に踏みつけられていた。
「人の移動が激しくなって、俺たち馭者は大儲けだ。徴兵からも免除されるし、全く、戦争様々だな」
「こら、滅多なことは言うな。恨みを買っても知らないぞ」
「しかし、これから森林道が使えないのは困ったな。迂回すると隣町まで倍の時間が掛かるのに」
「え……?」
「何だ。知らないのか。真偽は定かじゃないが、森に野盗が出没したんだよ」
次の日、そしてその次の日も馬車の予約は埋まっていた。順路が違えば要する時間も、馬車代だって変わってくる。
「今のところは噂話」と同業たちは語っていて、僕は「きっと杞憂だろう」と森林道を経由した。
「馬を使って、すぐに逃げて!」
「でも!」
「いいから、早く行け!」
その日の予約は新婚夫婦の二人。心底良客で、屋形の中の笑い声に僕まで釣られたものだった。
夜道でなければ安全だろうと高を括っていたのだが、白昼堂々、野盗たちは現れ、僕らを襲撃した。
馬車のままでは速度が出せず、野盗からは逃げられない。父の愛馬に二人を乗せて、馬の臀部を引っ叩き、森の出口へ走り抜ける三者の姿を見送った。
「嘗めた真似をしやがって。お頭、馭者はどうします?」
「金目のものは全て奪え。用が済んだら、口封じだ」
身包み剥がし、僕に無数の致命傷を与えた後、野盗たちは姿を消して、僕はぽつんと残された。
……貧血により頭が痛い。どんどん視界が霞んでいく。後悔、先に立たずである。もはや僕は助からない。
地面に伏して惨めな思いに駆られ、傷みに悶える中、僕は不意に、森の中の猫の死骸を想起した。
「……」
奇しくも猫の死骸はすぐそこ、目鼻の先である。
瀕死の身体で森林道を這って、前へと進んでいき、僕はようやく、やっとの思いで目的地へと到着した。
「……?」
しかし、猫の死骸は姿を消してしまっていた。
代わりに小さな少女が一人、道の小脇に屈んでいた。
「……」
少女の両手を見ると、酷く汚れてしまっている。
彼女が猫を埋葬したのだ。
僕はとても安心した。
「貴方の気持ちは、死んだこの子の魂に届いていました」
「え……?」
「お願いされてしまいました。貴方のことを、どうかと」
「……」
膝を伸ばした小さな少女が、こちらに、ゆっくり歩み寄る。
意味は、よくは分からなかったが……僕はほっとし、閉眼した。
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