第41話
故友
『ミモザ! わたし、大きくなったら、偉い人になるの!』
『えー?』
『それで、司祭様のために、一生懸命働くの!』
昔の夢を見ていたようだ。懐かしくて、面映ゆい。
何度も名前を呼ばれることで、わたしは夢から目を覚ました。
「ミモザ、ミモザ……返事をして」
「……?」
「よかった。目を覚ました」
修道院で共に育った孤児の親友、リコリスが、実に何年振りのことか、わたしのもとへと駆けつけた。
「あら、リコリス……お久し振り。ずっと会いたかった」
「……」
「どうして、そんな……悲しい顔を?」
「お久し振りじゃないでしょう……」
磔柱に処されたわたしを、彼女は哀れに見つめていた。
孤児であったわたしと彼女は修道院で成育した。親のいないわたしたちに、みんなは優しくしてくれた。
修道院の修道女に混じって仕事をしていると、ある日、親友は知らない大人に買われ、そこから出ていった。何を訊いても司祭様は口を閉ざしたままであり、肩を落とした彼の姿を、わたしは今でも憶えている。
後になって知ったことだが、彼女は才華に目覚めたらしい。
彼女が帝都の王室付きの魔法使いに至ったのは、それから数年、司祭様がご逝去された年だった。
「ミモザ、聞いたわ。帝国からの威令を断ったって」
「……」
「どうして? そんなことをしたら、こうなることは……知ってたでしょう?」
わたしも彼女と同じように貴族に唾をつけられた。しかし、それは彼女のように才華に目覚めたからではなく、歳を取ってわたしの身体が女になったからだった。
身売りを蹴り、国の要人たちにわたしは盾突いた。
結果、異端の修道女として審問会に連行され、三日間の磔刑、並びに火刑を言い渡されたのだ。
「帝国領のお偉い方が好色なのは知ってたもの。修道院の女に対して、身売りも何もないじゃない」
斯くして、わたしは処刑場に磔、燃木を用意され、憔悴しきってしまったことで意識を失い、眠っていた。
彼女が国に買われたことを、司祭様は嘆いていた。
これ以上、彼のことを悲しませたくなかったのだ。
「天国でね、司祭様はわたしたちを見守ってる。どんな大人に見初められても、服いたくはなかったの」
「だったら、それこそ司祭様はこんな結末、望んでない。貴女が長閑に生きることを何より願っているはずよ」
「わたしが貴女を救ってみせる」――強い口調で、そう続ける。
この子は変わった。いい意味でも、きっと、悪い意味でも。
「……」
ゆっくり、ゆっくり首を横に振って、わたしは断った。
「どうして?」――声が震えている。
わたしは、彼女に目を細めた。
「いいの。わたしに構わないで。貴女に迷惑、かけたくない」
「わたしだったら問題ないわ。だって、わたしは――」
「リコリス、駄目」
今、世界は戦火に見舞われ、北は南に侵攻し、帝国軍の最前線に彼女は身を置くはずだった。
そんな折に、彼女は遥々わたしに会いに来たのである。
嬉しかった。嬉しかったが、頷くことはできないのだ。
差し伸べられたその手に応えず、わたしは……。
彼女を拒絶した。
「今ね、丁度、小さい頃の貴女の夢を見ていたの。わたしたちはお腹を空かせて、毎日貧しかったけど、修道院のお手伝いは……ほんとに楽しかった」
「……」
「リコリス、貴女、綺麗になった。大人の女性になったと思う。わたしは処刑を受け入れるわ。貴女のことも、見守ってる」
精一杯の笑みを向けると、彼女は歯噛みし、目を落とした。
悲しそうな、悔しそうな、そんな顔を浮かべていた。
「ミモザ、お願い。思い直して。わたしは、貴女だけは――」
「……?」
両目を見開き、硬直して、彼女は何かを見つめていた。
戦女神ヴァルキューレ。死にゆく者の選定者。
女神様が、こちらを見ている。
わたしの死没が、確定した。
「……」
今にも泣き出しそうな、そんな瞳でわたしを見て、親友は何も言わないままで、そのまま――。
姿を消し去った。
ミモザ




