第5話
自由
生まれた時から僕の人生に自由はありませんでした。
先天性の身体麻痺は良化の兆しも見えはせず、首から下が不動の僕は生涯寝台で過ごしました。
自室の窓外の景色だけが僕の世界の全てであり、寝る時以外はいつも外を見渡していた気がします。人の行き交う街の喧噪、自由に生きる町民たち。僕は薄く笑みを浮かべて彼らの暮らしを見ていました。
父も兄も、そして弟も戦争で命を落としました。足手纏いのこの僕だけは徴兵制の責を逃れ、母は多くの誹りを受けつつ僕を扶助してくれました。
母は優しく、頼み事など一切しない人でしたが、そんな母が身体不随の息子に唯一望んだのは、自分よりも先に死んだら許さないということでした。過去に一度、母の重荷の自分に嫌気が差してしまい、僕は生きているのが嫌で自殺未遂を犯しています。その時、母に言われたのです。末の弟の戦死通知が届いた夜のことでした。
きっと母より長く生きる。人生に絶望したりしない。親子で涙ながらに語って二人で交わした約束は、僕にとっては大事なもので尊重すべきことでした。母から言いつけられた言葉を今の今まで僕は守り、それは彼女が過労と心労で死ぬまで、僅かに続きました。
「母が他界して五日目です。人より感覚が疎いもので、あまり実感は湧きませんが……この五日間、食事どころか水すら飲んでいませんから、多分、そろそろ身体的に限界だろうと思います」
「……」
「ですが、怖くもなければ苦しかったりもしないんです。今まで数えきれない人に迷惑や心配をかけましたが、僕は謝罪や恩返しさえまともに行えませんでした。自分が生きた国や街に何の貢献もできはしない、そんな人生が終わることに……正直、ほっとしています」
身体が熱い。にも拘わらず汗は一切出てこなくて、いよいよ年貢の納め時だと今際の際を自覚する。
最期に、最期にもう一度だけ、窓外の景色に目をやった。
いつも通りの街の様子に、僕は一人で安心した。
「……貴方のことを支えてくれる人がいるかもしれないでしょう。貴方の今のこの状況をその人が知らないだけだったら?」
「それでいいんです。他人の枷には、二度と……なりたくないですから」
女神様は悲しそうに僕をじっと見つめていた。初対面だし、神様なのに……どうしてこうも親身になって人間に接してくれるのだろう。
貴女は、きっと神様としては性根が優しすぎるのでしょう。とても情け深いのでしょう。
さながら僕の母のように。
「気に病むことはありません。こんな身の上だったものの、母との約束を守ったことが僕の人生の誇りです。貴女は魂の選定者。貴女は貴女に割り当てられた使命を全うするだけです」
母にとって僕の存在は呪縛といっても過言でなく、そして母との約束もまた僕にとっては呪いだった。
僕が本当に疎んでいたのは身体の不自由などではなく、僕が本当に求めていたのは、生死の自由だったのだ。
「こんな僕を見つけてくれて、本当にありがとうございました。正直、神様の役に立つには不相応だと思いますが、こんな僕を選んでくれて……本当にありがとうございました」
「僕は帝国出身のプロテア。これから、よろしくお願いします」――僕は女神様に看取られ、小さく笑って、閉眼した。
プロテア