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叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
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第35話

復讐




 港町には多くの諸人が押し寄せ、ごった返していた。

 南の大陸へ避難しようと世の人々は躍起になり、他人のことなど知ったものかと乗船願いを出している。


 道ゆく人の流れに逆らい、僕は一人で歩いていた。

 僕はとある人を探し、港町へとやってきた。


 黒い屋根の家主というのが尋ね人の手掛かりだ。

 僕は周囲を見渡しながら、町の中部を目指していた。


「おい、お前! どこ見てやがる! 前を向いて歩け!」

「……っ!」


 路地を横切る荷馬車を避けて、うっかり、僕は転んでしまう。

 港へ向かう町人たちは僕など見向きもしない中、たった一人、小さな少女がこちらに片手を伸ばしていた。


「ああ、ごめん……ありがとう。だけど、大丈夫だから」

「……」

「迷惑ついでに尋ねていい? 実は、人を探していて――」


 立ち上がり、黒い屋根の家のことを訊いてみる。

 少女は何かを言いたそうに僕のことを見ていたが、やがてそれを飲み込むように、町の遠くを指差した。


「あ……」


 確かに、指差す向こうに黒い屋根の家がある。

 僕は少女にお礼を言うべく、彼女のほうへと振り向いたが、気付いた時には、小さな小さなその子の姿は消えていた。


「……?」


 不思議な女の子だ。ともあれ、磁針は定まった。

 

 町の喧噪、人の合間を縫って、僕は歩いていく。

 黒い屋根の家の門下。


 二人の守衛が立っていた。


「何用だ」

「通してください。家主に会わせてください」

「……」

「哀憫会の暗殺部隊。ここは、家主の隠れ家でしょう」


 二人の守衛のうちの一人が家の中へと入っていき、すぐに持ち場に戻った守衛は、僕に「入れ」と吐き捨てた。


「……」


 家内は簡素であり、とても……殺風景だった。

 僕が家に入った途端、奥の部屋の扉が()く。


 まるで誘い込まれるように扉の向こうに突き進むと、髭を生やした男が一人、書斎机に座っていた。


「やあ。一先ず、掛けたまえよ」

「あの……」

「まあまあ、掛けたまえよ」


 言われる通り、来賓用の椅子に座って、背を伸ばす。

 髭の男は頬杖一つ、こちらを窺い、笑っていた。


「それで、君はどこの誰だ? どうしてここを知っていた?」

「僕の名前はアザミといいます。隣りの国から来ました」

「……」

「僕の父は隣りの国に所属している軍人で、哀憫会に関する事案を請け負い、軍務としていました。哀憫会は暗殺教団。この宗教には裏がある。父はその身を投げ打つ覚悟で調査に当たっていましたが、残念ながら……心半ばで、命を落としてしまいました」


 魔法の才もあった父は正規軍に抜擢され、大遠征の精鋭部隊に加わり、北へと旅立った。

 しかし、西の大船団は全員還らぬ人となり、僕は無二の家族だった父を……亡くしてしまったのだ。


「戦死通知が届き、僕は一つ、心に決めました。父の無念を晴らすために僕は生きていこうと」

「……」

「父が遺した資料を漁り、ようやく辿り着きました。貴方は哀憫会の幹部、暗殺部隊の――頭領です」


 辺りはしんと静まり返り、空気が凍りついていた。

 髭の男の不敵な笑みは、いつの間にやら消えていた。


「なるほど。君はお父君のご遺志を継ぎたいわけだ」

「……」

罪人(わたし)を裁き、罰するために、遥々ここまで来たと」

「……」


 気付けば、先の守衛の一人が僕の後ろに立っていた。

 

 僕は首を横に振り――「違います」と返事をした。


「僕は貴方を裁くつもりも、罰するつもりもないです」

「……?」

「僕の目当ては敵討ちで、貴方に恨みはないです」

「……?」


 髭の男は、不思議そうに首を傾げてしまっていた。

 背後の守衛も同じである。

 

 僕はそのまま二の句を継ぐ。


「僕は貴方に殺しの依頼を出すため、ここまで出向きました。もちろん、多額の先立つものが必要なのは知っています。家や土地を売り、何とか資金は調達できましたが、貴方を探す旅路の中で……一文なしになりました」

「あはは。汚い大人たちにお金を巻き上げられたんだね」

「そこで、貴方に、哀憫会に……一つ、お願いしたいんです。僕の身体を引き換えにして、依頼を承諾してください」


 僕を見据える髭の男の両目が、一瞬、見開いた。


 哀憫会は人口数の減少、低下を主眼とする。彼もそんな哀憫会の宗教信者であるのなら、僕の破滅の申し入れに力を貸すと思ったのだ。


「僕の身体を切り売りすれば多少のお金になるはずです。何なら、今、この場において殺してくれても構いません。僕の心の中にあるのは、偏に復讐心だけで……お願いします。父の仇を取ってください。お願いします」


 髭の男は口を押さえて、何とか我慢をしていたが、やがて堰を切ったように声高々と笑い出した。


「わはは! こいつは傑作だ。この期に及んで、わたしに向かって殺しの依頼を出すとは」

「……」

「いいだろう。初対面だが、君のことが気に入った。君の命一つだけで依頼を受けてあげよう」

「……」


 よかった。長い道のりだったが、ようやくここまで漕ぎ着けた。


 背後の守衛が取り出したるは、紐のついた麻袋。

 麻袋(それ)を僕の頭に被せ、首のところで縛っている。


「さて、最期に君を呪った仇敵の名を聞いておこう。帝国領の国王? 大臣? それとも、軍事参謀かな?」


 父は西の大船団に属した、立派な人だった。

 船出の時に「すぐに戻る」と、僕に約束してくれた。

 

「大好きだった父の仇……」


 ――その名は。


「北の勇者です」




アザミ

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