第4話
望郷
わたしの名前はソニアといいます。遥か西の山岳地帯の、里に住んでいた村娘です。
わたしと西の勇者の二人は同じ年に生まれました。小さな頃から仲良し小好しの大事な幼馴染みでした。
彼が勇者の力を持つと自分自身で知ったのは、わたしたちが十五になって間もなくしてのことでした。時を待たずに剣も魔法も修め、旅立つ準備を終え、彼は魔王を打ち倒すべく遠征の壮途に就いたのです。わたしにだけは「必ず戻る」と言葉を残してくれましたが、彼と再会を果たすことは遂にありませんでした。
彼が発った後日のこと、わたしたちの生まれ故郷は魔王軍に襲われます。西の勇者の芽を摘むことが主要の目的だったのでしょう。勇者の不在を知ると、彼らは次にわたしに見向きました。人質として利用できると判断したのだと思います。
魔王城に連れ去られ、捕虜となったわたしは単身牢屋で糊口を凌ぎました。それからどれほどの月日が経ったか定かですらないある日のこと、初めて牢の外に出るよう、わたしは指示を出されました。魔王軍が西の勇者と相対した日だったのでしょう。知恵もなければ機転も利かない、そんな不行きなわたしですが、自分が彼の枷になろうとしていることは分かりました。
わたしは覚悟し、思いを期して……自決の道を選びました。
「……と、こんなところでしょうか。わたしと彼の生い立ちは」
魔王城の裏手の奥の、鋭く尖った岬の先。
風が吹き舞う空の下で、わたしは自分の人生譚を隣りの少女に語り終えた。
「えへへ。女神様を相手に可笑しな話でしたね」
「……」
「女神様も物好きだなあ。わたしと西の勇者の所縁を聞かせてほしいだなんて」
「……」
絶海の孤島の魔王城に、少女は突然出現した。魔王の居城の領域内に姿を現したのだから、もはや神を自称されれば信じる他になかったのだ。
「四人の勇者の一人の話、とても有意義でした」
「はあ……」
「どうして貴女のその魂は、霊体は岬の先に?」
「……」
「見てください」と両手を広げ、わたしは周囲を見渡した。
魔王城の裏側には、一面に広がる白い花が綺麗に咲き誇っていた。
「魔王城で死んだわたしは魂だけの存在となり、亡霊として彷徨う中でこの場を、岬を見つけました。この花、とても素敵でしょう。実は西の出身者には馴染みが深いんですよ」
「……?」
「白い花弁を持つこの花は西の大陸の原産花で、種子を風に乗せて飛ばして繁殖を図る植物です。その生態から西の国では広く分布していますが、魔王城の周囲は海で外界と隔絶されています。つまりここに咲いた花は海を越えてやってきて、瘴気に満ちた大地に根を張り、実を結んだことになるんです」
両手いっぱいに花を摘んで女神様にお見せする。
彼女は何も言わなかったが、小さく笑みを零していた。
「故郷の山の里の近くにお花畑があるんです。幼い頃は西の勇者と二人で遊んだ場所でした。わたしは雪のような景色のお花畑が大好きで、彼もわたしが好きな花が好きだと言ってくれました。しかし、故郷は魔王軍に……焼き尽くされてしまいました。交わした約束を守るために、西の勇者は魔王を倒して里に帰ってくるでしょう。その時、彼は悲惨な光景を目にすることになるんです」
遥か西の空を見上げ、わたしは思いを馳せていた。
西の勇者の無事と、そして里の再興を祈りながら。
「万に一つかもしれませんが、笑われるかもしれませんが、わたしはここで咲いた花の種子を見送っているんです。風に乗って、海を越えて、故郷に舞い降りますようにと」
せめて、わたしの幼馴染みの心を癒してくれるように、願いを込めて、この岬にて今まで花を愛で続けた。
「けれど、それもここまでです」と、わたしは静かに振り返る。女神様とのお目見え、邂逅。わたしの行く末は決まっていた。
「いつかこういう日が来るだろうと覚悟だけはしていました。お迎えが可憐な女神様とは思いも寄りませんでしたが、わたしは昇天を拒んだ罪を償いたいと思います」
「……」
「現世に留まったのは偏にわたしの我が儘です。仮にどこが行き先だろうと最後までお供致します」
もはやこの身の、わたしの死体はどこにも残っていないので、この地でわたしが死したことは彼には伝えられはしない。結果的に……こちら側から約束を破ってしまったが、彼は優しい人だったから、きっと許してくれるだろう。
「さあ、それでは参りましょうか。死後の世界へ。黄泉の国へ」
「……」
「あの、女神様……?」
「花へ、命へ。風の加護を」
沈黙寡言の女神様はわたしを一点に見つめていた。違う。わたしが胸に抱いた花を一点に見つめていた。
次の瞬間、その花々には光の粒子が降り注いで、突如に吹いた大きな風に誘われ――種子が飛び立った。
「あ……」
空へ。西の空へ。高く高く飛んでいく。
女神様はわたしの横に寄り添うように立ってくれて、ああ、彼女は神様だけど、優しいのだと。
そう思った。
「ゲイルドリヴルの力を借りて風の加護を与えました。きっと貴女たちの故郷へ導くだろうと思います」
春を歌う鳥のような、とても穏やかな声だった。
女神様は再び黙って西の空を見上げている。それに倣って、わたしも同じく虚空を見つめることにした。感謝をすべきか謝罪をすべきか、どうしても自分では分からなくて、隣りで佇む小さな少女に、わたしは訊いてみることにした。
「届くでしょうか。わたしの思いは……彼に届くでしょうか」
「……」
差し伸べられたその手に応える。彼女はこくりと頷いた。
さながら天使のようなお方。女神様に天使だなんて、わたしは……やっぱり無礼者だ。
サンダーソニア




