ヴァルハラ回想3
話し終えたクローバーは蜜酒を一気に飲み干して、わたしはすぐに追加のお酒を用意し、彼にお酌した。
ダンデはとても複雑そうな目顔で沈黙していたが、クローバーが話を区切ると、付け足すように開口した。
「あとはみんなも知っての通り、帝国の独断専行だよ。僕らはそれぞれ西と東の故郷に一旦帰還して、クローバーは間もなく自刃。僕も僕で自分の才華に打ち勝つ手立てを探してた。北の勇者は向こうの国では傀儡になってるらしいから、知り得た情報を帝都に戻って残さず報告したんだろう。魔王がいないと分かった途端に停戦中の軍事を始動。帝国は聖王国を襲い、城を落としてしまった」
「……っ」
今にも激昂せんとばかりの兄を妹が宥めている。
片手で両目を覆い隠したリナリア老の姿を見て、クローバーは「浅慮だった」と自分の判断を悔いていた。
「いいえ。仮に西東の勇者が別の選択を取っていても、帝国による開戦自体は避けられようがなかったでしょう」
「ええ、わたしも女神様の仰るご意見に同意します。クローバー様もダンデ様も、どうかご自分の責任などとは考えないでください」
「……」
エインヘリャルの約半数が聖都を偲んで黙祷する。
そんな中で、残り半数はお酒にべろべろに酔っていた。
その中心で旗を振るのはいつもの通りバーベナで、彼女は視線が合うや否や、わたしに縋りついてきた。
「お嬢ちゃーん、一緒に飲もー?」
「今、大事な話を……」
「えへー」
たとえ同じ人間でも、自分が死んだ後の世界に興味があるかは区々らしい。
わたしに抱きつくこのバーベナも聖都の生まれのはずなのだが、勇者や戦争の話になっても関心を示していなかった。
「あ、そうそう。お客さんよ」
「え……?」
「こっちにいらっしゃーい」
がやがや騒ぐ酒池肉林の宴の席から起立して――。
こちらに来たのは、魔王軍の女悪魔だった。
「げーっ!」
ユカリが椅子から引っ繰り返って、石のように硬直する。
女悪魔は面白そうに、彼の身体をつついていた。
「真面目な話をしてたからさ、あっちで一緒に飲んでたのよ。でもでも、話は済んだんでしょ? それじゃあ、お客に応じてよね」
「今日は飲むぞ」とげらげら笑って、バーベナが席に戻っていく。
ユカリは我に返るや否や、女悪魔を睨みつけた。
「おい、どうしてお前がここに! 悪魔が神界にいるんだよ!」
「君と同じで、戦女神に選定されたからだよ?」
「えーっ!」
ユカリがこちらを凝視するので、わたしはこくりと頷いた。
「女神ちゃんは知ってたの……?」「はい。それはもちろん」「ええ……」
「正確には、わたしではなくわたしの同輩によるものです。彼女は強い力を持つので、選定の対象になりました」
「だってこいつ、魔王軍だし人間じゃないし、悪魔じゃん!」
「わたし、半分は人間だよ。というか、元々人間」
「はあ……?」
くすりと笑い、女悪魔は二人の勇者に目を向けた。
元は敵対していた仲だ。
辺りが緊張に包まれた。
「さっきのお話、楽しかった。全部聞かせてもらったよ。まあ、南の勇者の事情ならわたしも知ってたけれど」
「……」
「どう? 喧嘩はここまでにして、そろそろ和解しておかない? 同じエインヘリャルの誼み。今後は仲良くしようよ」
「……」
長い尻尾でユカリの身体をぐるぐる巻きに縛り上げ、女悪魔は楽しそうに嘗ての敵に問いかける。
ユカリは「助けろ! 助けてくれ!」と必死になって訴えるが、どうも二人の様子を見るに救出する気はないようだ。
「もしも生前のことは忘れて友達になってくれるのなら、わたしの知ってる魔王の話を聞かせてあげてもいいよ」
「……何?」
「あとね、ユカリをわたしにちょうだい。それが仲間に秘密を明かす、わたしからの条件」
「……」
「乗った」と口を合わせた二人が、女悪魔と握手する。
ユカリが「乗るな!」と反論するが、周囲からは拍手が湧き――。
人と悪魔の直談判は、賛成多数で成立した。




