第21話
不屈
わたしの才華が目覚めてしまって、今や数年の月日が経つ。
わたしの故郷の村人たちは、みんな……石へと変わっていた。
開花を果たしたわたしの才華は他者への呪いそのもので、わたしが目にした生物全てを石にするというものだった。当時、わたしは自分の才華に気付けず、完全に無自覚で、そんな浅慮が最悪である結果を招いてしまったのだ。
村の外れの小さな教会。そこにみんなを移動させ、それが全て終わった後にわたしは自ら失明した。
新たな犠牲者、被害者なんて一人も出すわけにはいかず、わたしはわたし自身の手により自分の才華を封印した。
村の機能が停止してから故郷はすっかり静かになり、訪問客や旅人などはめっきり寄りつかなくなった。
しかし、今日は久方振りにお客様がお見えである。
教会の床が軋む音に、はっとし、わたしは振り返った。
「いらっしゃいませ。南の果ての閑かな村へ、ようこそ」
「……」
「ほとんど廃村となってしまって何にもありはしませんが、旅の疲れを癒す程度のお持てなしならできますので……今日のところは宿に泊まって、ゆっくり休んでください」
「……」
不意の寡黙なお客様に、わたしは正直、戸惑った。
けれども、思えばここは教会。お客様は石になった村人たちを見ているので、そんな光景に絶句するのは寧ろ当然のことだった。
「ああ、本当にごめんなさい! 何分、来客はご無沙汰でして……不慣れで、言葉が足りず……」
「……」
「どうか弁明をさせてください。わたしの家に、どうぞ」
「……」
父母の遺したわたしの実家にお客様を案内し、村に起きた惨劇、事情を包み隠さず説明した。
どこか懺悔をしているような、そんな気分になってしまい、わたしの心は以前と比べて少し穏やかになっていた。
「教会に石像を動かしたのは、わたしの勝手な償いです。石が風雨に曝されたのでは、罅割れ、風化してしまいます。だからわたしがああして手入れを……あはは。滑稽ですかね」
「……」
「元は元気で、心優しい善良な村人たちでした。わたしのせいであんな不幸を、彼らは被ってしまったのです」
話し終わった後、わたしは頭を撫でられ、困惑した。
しかし優しいお客様だと、わたしは……強く感じていた。
「ごめんなさい。久方振りの、せっかくのお客様なのに……わたしはこんな話をして。今、食事の用意をします」
席を立とうと机に手をつく。その手を、上から握られた。
「大丈夫です」とわたしを制する。
綺麗な、透き通る声だった。
「貴女の有するその能力は雌蛇の才華というもので、貴女の姿を見た者全てを石へと変えてしまいます。貴女自身が見た者全てを石へと変えるわけではなく、貴女の意思とは無関係に人々を石化させるのです」
信じられない言葉の数々。わたしは動揺を隠せない。
わたしは、声のする方向に顔を向けて、唖然とした。
「え……? お客様は、一体……」
「戦女神ヴァルキューレ。魂の救いを求める声が聞こえて、やってきました」
「……」
胸に漂う疑問や不詳が、一度に、綺麗に拭き取られた。
椅子から降りて、片膝をつき、床の上に跪く。
迷える魂の選定者に、頭を垂れて、平伏した。
「女神様、心から感謝します。今の言葉がなければ、きっと……決心がつかなかった」
「……」
「次々、石へと姿を変える村のみんなを見つめながら、わたしは大きな声で泣いて頻りに助けを求めました。結果、家族も、友人たちも全員石になってしまい、わたしは自ら両目を潰して一人で生きてきました」
「……」
「わたしは光を失うことで生に執着していたのです。わたしの才華が人の命を奪うようなものなのなら、やはりわたしは命を絶たねばならない存在でした」
「……」
立てかけていた杖を手に取り、一人で、自室に歩いていく。
わたしが取ろうとしている行為を女神様は止めはしなかったが、後ろのほうから、わたしの背中を見守る視線が感じられた。
「長きに亘った孤独の日々は今日で終わりを迎えました。死後の貴女の福音だけは、わたしがここに約束します」
この身に対して畏れ多いお言葉。わたしは感服した。
女神様のそのお姿を目にできないのが残念だ。
振り向き、わたしは盲目ながらも笑顔を作って、虚勢を張る。
死ぬのは怖いが、罪を重ねることは……もっと怖かった。
「わたしが死ねば、石化の呪いは解除されるでしょうか」
「……」
「村のみんなは、わたしのことを……許してくれるでしょうか」
「……」
女神様は答えなかった。
それが答えを示していた。
会釈し、再び歩き出して、自室に一人で引き籠もる。
生まれ変わったら、また故郷に来て……みんなと再会したいと思う。
これが運命というのであれば、わたしは、全てを受け入れよう。
カプトメドゥーサ




