ヴァルハラ鍛錬
我々のいるこの神界は今こそ均衡しているが、未来を予知する神によって一つの予言が降りている。
それは神界を滅ぼしかねない戦争の勃発示唆であり、我々神々は戦々恐々としながら対応に追われていた。
「終末戦争」と命名される神界全体の大戦争。
エインヘリャルはこの戦争に備えて選定されており、彼らは日夜鍛錬を続けて己の腕を磨いている。
「皆さん、お疲れ様でした。一息ついてください」
「おおー」
食事の時間となり、練兵場の皆々に呼びかける。
わたしが料理を作り、手製のお酒もたくさん用意して、前掛け姿の女性陣がそれらの皿を配膳する。
今となってはそんな日々にも少しずつだが慣れてきた。わたしの料理を食べて喜ぶ彼らの笑顔が好きだった。
「おい、飯の時間らしいぞ」
「もっかい、頼むよ。もっかいだけ!」
わたしの声に応えて皆が大食卓へと移動する。
そんな中で、二人だけが練兵場に残っていた。
「クローバーに、ユカリ……?」
「ああ、ラーズか」
「女神ちゃん、いいところに!」
見やれば、ユカリのその右手には銀色の鎖が光っている。
鎖は五指に装着されて奇妙な異彩を放っており、そのうち、薬指の鎖がクローバーを捕らえていた。
鎖は彼の片腕に巻きつき、強く縛りつけていて、ユカリは何やら念じるように右手に力を込めていた。
「女神ちゃん、俺の目の色、どう?」
「目の色……?」
「真っ赤じゃない?」
異世界出身のユカリの虹彩は他に類を見ない黒色で、一見、変色などの様子はなく、真っ黒のままだった。
「だから何度も言ってるだろう。お前のその目は黒色だ」
クローバーが力を入れると、鎖は千切れて、砕けてしまう。
ユカリはとても残念そうに、壊れた鎖を掬い上げた。
「うーむ、駄目か。無茶なのかなあ……」
「これは、貴方の……?」
「うん。才華。だけど、やっぱりこういう特殊な、特別なやつはNGらしい」
「ありがとなー」と言葉を残し、ユカリが大食卓へと去る。
そんな背中を見つめながら、クローバーが腕を組んだ。
「あいつはあいつで、あいつなりに試行錯誤をしてるようだ」
「はい。それは……よく分かります。無理はしないでほしいですが」
「それより、他のやつらはどうだ? 碌に稽古もしてないような、そういう連中も多いが」
「……」
「戦女神の立場の手前、他の神に顔向けできず、立つ瀬がないんじゃないか?」
「……」
根っこは優しい嘗ての勇者が、わたしを気遣い、憂えている。
そんな彼の仏頂面を、わたしは下から覗き込んだ。
「クローバーは戦女神の立場まで気にしてくれるのですね」
「……」
「だけど、平気。きっと大丈夫。何にも問題ありませんよ」
小説を書いたり、絵画を描いたり、故郷の花を育てたり……わたしは、わたしの家族全員に、自由に過ごしてほしいから。
「それに、もしも強大な敵が現れ、対峙したとしても、勇者様がわたしたちを必ず守ってくれますもの」
言いつつ、彼の背中を押して大食卓へと歩き出す。
クローバーは「勝手なやつだ」と、頭を掻き毟っていた。




