第103話
以毒
ここのところ、哀憫会では不穏な動きが見られている。
同じ標的への暗殺依頼が何度も続いているのである。
依頼は毎回、場所と時間の指定を付加したものであり、殺しの対象となる男は同一人物なのだった。
委託を受理した会員たちはそれぞれ現場に向かったが、その全員が帰らぬ人となって、依頼は続いている。
上層部でもこの案件は看過できないものとされ、今回、俺は捜査係でとある街へと駆り出された。
人っ子一人いない夜中に指定の場所へと参上し、標的の素性を暴くための特殊任務に就いたのだ。
辺りはしんと静まり返った街の外れの共同墓地。
そこには、たった一人の男が、こちらに背を向け、立っていた。
「こんばんは。哀憫会のお方で、間違いないですね?」
男はこちらを振り向かないまま、事もなげに呟いた。
松明を持った男の前には一基の墓石が立っており、そこには小花が供えてあった。
男が献じたものだろう。
「確かに俺は哀憫会の者だが、話を聞いてほしい。今回、俺は殺しが目当てでこの場に出向いたわけではない」
「……?」
「近頃、あんたに対する暗殺依頼が続いている。それも一度や二度ではないんだ。心当たりはないか?」
「……」
「心当たりも何も、それは」――男がこちらを振り返る。
男の松明が照らす表情は、仄かに微笑を浮かべていた。
「哀憫会の刺客だったら、僕がこの手で殺しました。お仲間さんが返り討ちに遭って、気の毒ですが」
「……」
「まあ、細かい話をすると、返り討ちではないですけど。あれらは僕が自分自身で依頼を出したものですから」
思いがけない男の言葉に、俺はぴくりと反応する。
その瞬間、男がこちらに! その手の松明を投げつけた。
「!」
そのまま、短剣一本を取り出し、俺へと向かってくる。
俺は松明を叩き落とし、同じく、得物を取り出した。
きん! きん、きん! きん!
刃物が打ち合う音が立つ。
男の刺突がこちらの素肌を掠めた、ほとんど同刻に、俺は男の左肩に向かって、得物を突き立てた。
「うぐっ!」
男は一歩、二歩と後退。その場に膝をつく。
俺は男を上から見下ろし、その傷口を指差した。
「哀憫会は会員固有の猛毒薬を持っている。今、あんたの左肩から毒が身体に侵入した」
「……」
「あんたに恨みはないが、訊きたいことが山ほどある。素直に全てを吐くというなら、暫らく生かしてやってもいい」
解毒剤の小瓶を取り出し、男に向かって見せつける。
男はそのまま、何も言わず、ぐたりと――。
その場に頽れた。
「……」
結局、男の陰謀は分からず終いと相成ったが、謎の会員失踪事件もこれにて一件落着だ。
予定と随分違う形で幕を迎えてしまったが、まあ、本部も今回ばかりはとやかく言ってはこないだろう。
「何が何だか分からなかったが、これでお役はご免だな。殺しが目当てじゃないと言ったが、悪いな。あれは嘘だったよ」
男に向かって吐き捨てた後、反転、俺は帰路に就く。
しかし、何やら……様子が変だ。身体が痺れて、眩暈がする。
足が縺れて、倒れてしまう。
後ろに、人の気配がした。
「専売特許の猛毒薬のお味は、いかがですか?」
「……っ!」
「急所を一突きすればいいのに、慢心するからですよ」
「……っ!」
倒れ伏したはずの男が、今、そこには立っていた。
馬鹿な! 毒が回ったはずだ!
どうして、男は生きている……?
「あんた、なぜ……っ!」
「生まれた時からこの身は特異な体質でね。解毒の才華というそうですよ。僕に毒は効きません」
「……っ!」
「それに、言ったでしょう。刺客は僕が殺したと。武器を鹵獲しておいたんです。何にも不思議じゃないでしょう」
哀憫会の猛毒薬を手中に収めていたらしい。
迂闊だった。素肌を掠めた時か……っ!
俺は歯軋りした。
「ちい……っ!」
解毒剤は先ほど落としてしまい、地べたの先にある。
力いっぱい腕を伸ばすも……。
男が、小瓶を破壊した。
「これで形勢逆転です。貴方は助かりません」
「……」
「そういえば、僕の素性を知りたがっていましたね」
左肩の手当てをしつつ、男が先の墓石を見た。
手足が痙攣し始めている。不味い……。
俺は吐血した。
「ここにはね、僕の父母が十年前から眠っています。父と母は貴方たちに殺され、他界しました」
「……」
「哀憫会への憎悪と怒りは忘れたことがありません。だからこれは貴方たちへの、僕の復讐劇です」
「……」
自分自身を囮に使って、哀憫会に報復を……?
もはや身体は動かなかった。
意識が遠ざかっていく。
「貴方たちが自慢の毒で死ぬとは、皮肉なものですね。あの世でこちらを見ていてください。お仲間方も、直ちに――」
「……」
男の言葉が聞こえなくなり、俺はそのまま毒死した。
松明が転がり、墓石の献花が……仄かに照らし出されていた。
トリカブト




