ヴァルハラ捜査8
ノルンの泉のそのまた先には小高い丘陵帯があり、そこには純白色の野花が辺りに咲き広がっていた。
白いお花。見憶えがある。人間界の野生花だ。
お花畑のその中心に、二人の男女を発見した。
「綺麗なお花畑ですね」
「へ……? あ、ラーズ様」
眠たそうにうとうとしていたその人物はソニアである。
そして彼女の膝を枕に鼾を掻きつつ寝ているのは、無防備すぎる素顔を浮かべる、勇者のクローバーだった。
「ぐっすり熟睡してますね……」
「そうなんですよ、全くもう。人の膝を占領しといて、ほんとによろしいご身分です」
「それだけ貴女と一緒にいるのが安心できるということかと」
「どうですかねえ。小さい頃から、こういうところは変わらずです」
寝顔の頬をつんつんしたとて彼が目覚める様子はない。
クローバーの頭を撫でつつ、ソニアはくすりと笑っていた。
「ここ、わたしたちの故郷に地形や景色が似てるんです。種を撒いたら、ご覧の通り! お花畑ができました」
「それで、二人で日向ぼっこ?」
「はい、今日は休養です。クローバーはエインヘリャルの任務も稽古も大変で、たまにはゆっくり休ませたくて……そしたら、こういう有り様です」
戦女神にはエインヘリャルの選定以外の仕事もあり、わたしの場合、勇者たちがその大半を担っている。
取り分け西の勇者の彼にはおんぶに抱っこに肩車で、お陰でわたしはこの神界で(ぎりぎり)立場を保てていた。
「クローバーには、ほんとにほんとに、たくさんお世話になっています。負担をかけてしまっているなら、そこは講じるべきですが……」
「いえいえ、こいつはこいつなりに自由にやってるだけですから。遠慮も憂慮も不要ですよ。扱き使ってください」
「?」
すると、ソニアが輪っか状の、草……? 花……? を持ち上げた。
純白色の花冠だ。
わたしはそれを受け取った。
「クローバーが寝てる間、のんびり作ってたんですよ。ラーズ様に差し上げます」
「綺麗……」
「きっとお似合いです」
花冠を頭に乗っけて、こほんと一回、咳をつく。
「どうでしょうか」「お可愛いこと!」――ソニアはにこりと笑っていた。
「……」
ソニアとクローバーを眺めていると、思い出す。
コスモス、そしてカーパスである。彼らは奥手であったのだが。
自分の家族のそういう事情に、わたしは極めて疎かった。
謂わば、わたしは「お母さん」なわけで。
ちょっぴり気になった。
「ところで、ソニア」
「何でしょうか」
「付かぬことを訊きますが」
「はい、何でもお尋ねください」
「クローバーとは、ちょめちょめは?」
ぼふっ!
ソニアの脳が、頭が、沸騰しそうだよう! となる。
しまった。野次馬女神のせいで、わたしも触発されていた。
「あー、えー、今のはなしで……」
「……」
「ソニア……?」
「……ええっと、はい」
何が「はい」かは分からないが、ソニアはこくりと首肯した。
クローバーが寝返りする。わたしに背中を向けていた。
「クローバー、貴方、もしや……」
「……」
「……」
「……」
……。
「……英雄、色を好むですか」
「ラーズ様ったら!」
「冗談です」
両手で目顔を覆い隠すソニアの頭をぽんぽんし、黙ったままのクローバーに小さく窃笑。
振り仰ぐ。
さて、いよいよヘリアンサスの行方が不明瞭である。一体全体、どうしたものか。
風が一陣、吹き抜けた。
一度、お城に立ち戻るのも良案、着想かもしれない。
わたしは二人の幼馴染みの豊かな時間を敬って、お邪魔にだけはならないように――。
風と共に姿を消す。
「ラーズ様……?」
左、右とソニアが辺りを確認する。
「?」
気付けば、クローバーが彼女のその手を握っていた。