ヴァルハラ捜査6
「詰まるところ、ミヤコちゃんはカーパス君が好きなのね?」
「はい」
「それで、コスモスちゃんは?」
「それは……何と言いますか……」
突発的な豊穣神の呼び出し。渋々馳せ参じる。
フォールクヴァングの大宮殿に、わたしは足を運んでいた。
「あ、ラーズ! 遅いわよ! 一体、何をしていたの?」
「……」
「今ね、貴女の従者の二人と恋バナしていたの!」
「早く貴女も同席なさい!」――豊穣神が命令する。
あまりの荒唐無稽っぷりに、わたしは引っ繰り返っていた。
「火急の用件だったのでは……?」
「これが火急の用件」
「……」
「この子たちも、貴女がいたなら話しやすいと思ってね」
ぱたぱたぱたと逃げるようにコスモス嬢がやってくる。
今にも泣き出しそうな顔だ。
彼女はわたしに訴えた。
(ラーズ様、助けてください! わたしの手には負えません!)
(何がどうして、こんなことに……?)
(それが、斯々然々で……)
要約すると、豊穣神に痴情の縺れが漏れたらしい。
コスモス、ミヤコの二人はそれぞれ聖王国の出身で、両者ともに帝国軍の一人の兵士に恋をした。帝都の出であり音楽家である彼の名前はカーパスで、詰まるところ、彼らは所謂三角関係なのである。
で、食指が動いてしまった(野次馬)女神が豊穣神で、愛と性を統べる彼女は痺れを切らして発起した。
コスモス、ミヤコは最高神の一指に名指しで呼び出され、玉座の間にて跪いては色恋話をしていたのだ。
「それで、主要のカーパスは? どうしてこの場にいないのです?」
「こういうのはね、男は抜きのほうが大いに沸くのよ」
「……」
「さいですか」――わたしは溜め息一つ、ミヤコに目をやった。
最高神を前にしながら、全く動揺していない。
彼女の度胸は大したものだ。
コスモス、貴女は悪くはない。
「コスモスちゃん、話が途中よ。貴女の答えを聞いていない」
「ひっ」
「貴女にとって? 彼は一体? どういう存在なの?」
わなわなわな……。
コスモス嬢は震え上がってしまっている。
彼女は真面目で誠実な子だ。
流石に相手が悪かった。
「というか、何? やることやったの?」
「えっ」
「やることやったの?」
……。
「や、やってないです……」
「ええ……?」
「何にも! やってないです!」
「はあ……」
「そこは致しておきなさいよ」と無茶苦茶すぎることを言う。
いくら何でも可哀相だ。
小声で、そっと耳打ちした。
(コスモス、わたしがどうにかこうにか多少の時間を稼いでみます。その隙を見て、逃げてください)
(ですけど、それではラーズ様が……)
(彼女に拘束されることには、もはやわたしは慣れています。それに、先ほど目にしたばかりのリコアザだってありますから)
「何とか切り抜けられるでしょう」と、わたしは強めに首肯した。
コスモス嬢は困惑しながら「新ネタ? え?」と焦っていた。
一歩前に。豊穣神を見上げ、呼吸を整える。
そうして開口しようとした時、
「コスモス!」
旦那が現れた。
「カ、カーパス……? どうしてここに……?」
「それはこっちの台詞だぞ。昼食後、今日も楽器を弾こうと約束しただろ」
「……」
「察するに、有無も言わさず連行されたんだろうがな……」
「門番とかは……?」
「名乗っただけだが、それでここまで通されたぞ」
……豊穣神の配下も配下で愉悦重視派だったらしい。
「そういうわけで、戦女神、こいつはこのまま連れてくぞ」
「えー、あー」
「お待ちなさいな。ストレプトカーパス」
「……まだ、何か?」
玉座で足組みこちらを見下ろす豊穣神の眼光に、カーパスは、眉間に皴を寄せつつ、その目で応えていた。
「その子はわたしとお話し中よ。無礼な真似ならお止しなさい」
「不敬を承知で諫言するが、こっちが先約だったんだ。割り込んだのはそっちだろう。文句を言われる謂れはない」
「……」
「それでも解せぬというなら俺の演奏を聴いてほしい。たとえ貴女が女神であっても、心を打ってみせるよ」
「……きゅん」
え、いや、きゅんじゃないが……。
豊穣神が恍惚する。
ミヤコのもとへと歩み寄ると、彼は小さく微笑んだ。
「お前とも、一度ゆっくり話をしなきゃと思ってた。北には行くなと忠告したのに、まさか出頭するとは……」
「……ごめん」
「まあ、全部過ぎたことだ。どうこう言っても仕方がない。あの子が聖都のコスモスだよ。旅の途中で話した――」
「……」
「……知ってるわよ」「びっくりした」「可愛すぎて嫉妬してる」――ミヤコが外方を向いてしまう。
彼女は正直者だった。
コスモス嬢は「あわあわあわ」と旦那の不遜を嘆いていて、二人の会話が聞こえていない。
そんな彼女に、一笑する。
「同じ故郷の身の上なんだ。大丈夫。仲良くなれるさ」
「……うん」
「この後、二人で楽器を弾くんだ。お前も来いよ。いいな?」
「……うん!」
小さな子供をあやすようにミヤコの頭を撫でた後、錯乱しているコスモス嬢のもとへ、旦那が戻っていく。
「コスモス、行くぞ」
「あ、カーパス……」
「どうした?」
「あはは……腰抜けた……」
ぺたんと座り込んだ彼女は困ったように笑っていた。
わたしたちは最高神の御前にいるのだ。
無理もない。
「仕方がないな。連れていくぞ」
「えっ! ちょっと、ちょっと……ひゃん!」
「おい、あんまり暴れるなって」
「み、みんなが見てるのに……っ!」
お次は何をするかと思えば、コスモス嬢を持ち上げた。
「あ、抱っこ! お姫様抱っこ!」
……豊穣神が興奮する。
「わーっ! わーっ!」
「コスモス、煩い」
「恥ずかしいでしょ! 下ろせ! こら!」
「駄目だ。早く楽器を弾きたい」
「あ、貴方という人は……っ!」
彼の胸に頭を埋めつつ、顔を隠すコスモス嬢。
彼女は恥ずかしがり屋さんだ。
二人はこの場を後にした。
「……」
ミヤコが呆れた様子で何かを一点、見つめていて、彼女が視線を送る先には(やっぱり)豊穣神がいた。
豊穣神は鼻血を垂らして玉座でぐったり、失神中……。
「いいもの見たわ」と言いたげだった。
彼女はにんまり笑っていた。