ヴァルハラ捜査4
「みんな、何の騒ぎですか?」
「あ、ええっと……」
「女神様……」
ヴァルハラ宮殿、大城門。
ペンステモンが大食卓にてわたしに伝達した通り、城門前にはエインヘリャルが集まり、犇き合っていた。
彼らに囲まれ、その中心で対峙している人物は、リコリス嬢――。
そして少年アザミだ。
二人が立っていた。
「二人は何を――二人が持っているのは、真剣ですか?」
「……」
「一体、どうして……」
「事の経緯はわたしが説明しようか」
「?」
わたしの前へと名乗り出たのは西の賢者のマルスである。
ザクロとハイドもこの場に居合わせ、三兄弟が揃っていた。
彼によれば、これはアザミが自ら望んだ決闘らしい。
アザミの実父は西の軍隊、大船団の一員で、リコリス嬢と交戦した際、命を落としてしまっている。
リコリス嬢は罪を償い、赦しを受けたと思われたが、アザミの脳裏の遺恨の念は消えてはいなかったのである。
リコリス嬢はアザミからの果たし状を受け入れて、そうして賢者の三兄弟が立会人となったのだ。
生前、アザミは暗殺依頼のために命を捧げている。リコリス嬢への強い恨みを胸にて抱いていたのだろう。
「はっ、はっ! やあ!」
「……」
「どうして……っ! 剣を振らない……っ!」
「……」
剣と剣がぶつかる刃音が辺りに鋭く響いていた。
リコリス嬢は受けきるのみだ。反撃せんとはしなかった。
二人の姿を見てはいられず、居ても立ってもいられずに、わたしが仲介しようとすると――。
リコリス嬢が、こちらを見た。
「戦女神、手出しするな!」
「だけど……」
「わたしに任せてくれ!」
アザミの剣を強く弾き、リコリス嬢が一喝する。
彼女はとても強い視線で、彼のことを見据えていた。
「アザミ、もういい」
「……どういうことだよ」
「君の気持ちは伝わった」
「……」
「わたしは咎人だから、そもそも……剣など必要ない」
リコリス嬢が剣を捨てた。観衆一同、動揺する。
アザミはたじろぎ、狼狽しながら、彼女の出方を待っていた。
「わたしの命を奪いたいなら、この場でわたしを殺すといい。それで恨みが晴れるというなら、わたしは抵抗しないよ」
「え……?」
「だけど、命を奪うことには責と苦悩が伴うから。覚悟してから実行しなさい。わたしは、逃げたりしないから」
リコリス嬢が両目を閉じる。
アザミの手先は震えていた。
幾ばくかして、この場の重圧、圧迫感に耐え兼ねて、アザミが剣を落としてしまう。
金属音が高鳴った。
「……」
剣の落下音が耳まで届いて、開眼し、リコリス嬢はアザミのもとへと歩いて――。
彼を抱き締めた。
「ごめんなさい。わたしの罪科は放免され得るものではない。わたしは君の家族を殺した。赦されようとは思ってない」
「……」
「だから、苦しくなったらわたしのところに、またおいで。いつでも話を聞いてあげる。いつでも相手をするから」
「……」
「そこまで」――賢者の三兄弟の長兄マルスが、仲裁する。
肩に片手を置かれたところで、彼女は動じはしなかった。
「……西の賢者、邪魔をしないで。これはわたしの問題なの」
「駄目だ。このまま続けば、アザミが……おねショタ萌えになってしまう」
謎の言葉に首を傾げるリコリス。
アザミを確認する。
彼は顔を真っ赤にしつつ、ぷるぷる……。
震えてしまっていた。
「おねショタ萌えとは、ユカリに教えてもらった異界の言葉である。意味は――」
「察した。説明不要……」
「意味は――」
「言わんでいいってば!」
ぎゅうっとされたままのアザミが、ばあっと抱擁を振り解く。
両目をぱちくり。リコリス可愛い。
アザミがマルスを指差した。
「勝手に決めるな! こんな女、好きになんかなるもんか!」
「なるんですー。なってんですー。とっくに好きになってんですー」
「埒が明かない……おい、リコリス! 勝負はお預け! 憶えてろよ!」
「うん、分かった。いつでも付き合う。いつでも掛かっておいで」
「……ぽっ」
いや、ぽって言ってるじゃん……。
などとは突っ込まないでおく。
いつの間にやら矛の穂先はマルスのほうへと向いていて、リコリス嬢のその微笑みに少年アザミは目覚めていた。
「これで勝ったと思うなよーっ!」と、アザミがぴゅぴゅんと退散する。今のが意図したものだとするなら流石は賢者と思うのだが、しかし、まあ、たまたまかな……。
リコリス嬢の隣りに立つ。
「いい子」
「頭を撫でないでよ……」
「いい子」
「ほんとに、しつこいやつ……」
爪先立ちで背伸びをしつつ、更に大きく片手を上げ、リコリス嬢をなでなでする。
彼女は、くすりと笑っていた。