ヴァルハラ捜査3
「女神様、大食卓の片付け、只今終わりました」
「食器も机もぴかぴかです」
「トケイ、アネモネ、ご苦労様」
昼食後。大食卓を片し終えたところである。
炊事当番だった二人がわたしにそれを報告した。
「ありがとう。助かりました。夜まで自由にしてください」
「はい」
「承服致しました」
「それにしても、二人は……」
「?」
きょとんと小首を傾げる二人は、さながら姉妹のようだった。
「そっくりですね」と言おうとしたが、敢えてここでは黙っておく。
「いいえ、何も。ところで二人は、今日のお昼のご予定は?」
「あ、実は――」
「この子の意中の殿方とやらに会ってきます」
トケイ姫の腕に抱きつき、アネモネ姫がにんまりする。
トケイは頬を紅潮させて、頭をぶんぶん! 否定した。
「意中って! 大叔母様、女神様の御前なのに!」
「いいじゃない。可愛い可愛い姪孫だもの。気になるわ」
彼女たちは聖王国の王族、二人の姫である。
トケイから見てこのアネモネは祖父の実妹とのことで、つまり両者の間柄は大叔母、姪孫なんだとか。
「そうだ。メーネやリーナも呼んで、みんなでお茶会しましょうか」
「話を大きくしないでください!」
「うふふ。照れてる照れてる」
「もう!」
「女神様、失礼します!」とトケイがそそくさ去っていく。
「ケイトちゃん、待って待って」と、二人はこの場を後にした。
身内に対するトケイの様子はいつもと違ったものだった。
あれこそ、彼女のありのままの自然な姿ということだろう。
「はあ、尊い。お二方とも、夢のような光景だよ……」
「あ、ステモン」
「王族なのに家事手伝いって、偉いよなあ……」
「貴方の夢中のお姫様ならブライのところに行きましたよ。いつものように、今日はトケイのお供をしないのですか?」
「……」
いつもトケイに付きっきりのペンステモンが現れる。
いつもトケイに首ったけのペンステモンは、ふるふるした。
「いいんだ。今日はアネモネ姫にブライを紹介する日のはず。同行したって邪魔なだけさ。だから、僕はいいんだ」
「……」
「それに、あんなに傷心していた彼女に笑顔が戻っただろ? 僕はそれが嬉しくてね。胸がいっぱいなんだよ」
「……」
アネモネ姫は「傾国姫」の語源となった人物らしい。
東で起きた内乱の際に彼女は消息不明となり、それこそ原因だったのではと風説が流れてしまったのだ。
つまり彼女は人間界では最初の傾国姫であり、ペンステモンのその反応はいかなるものかと思ったが……。
意外や意外、彼の素振りは常識的なものであり、幼馴染みを亡くした彼女に深入りしないでいたのである。
暫しの時間が経ったことで、あの子の笑顔は戻っていた。
聖都の二人のお姫様は奇しくも同い年であり、今では一緒に、先のように、毎日元気に笑っている。
「ステモン、わたしは見直しました。貴方は、実はいい人で――」
「しかし、ブライめ。羨ましいな……妬ましいな……本当に……」
「……」
「両手に花じゃないか……どうしてブライばっかり……」
「……」
「ちょっと部屋で横になるよ」と、ペンステモンは去っていく。
哀愁漂う背中だった。
わたしは頭を抱えていた。
「あ、そうそう。城門前でね、何やら騒ぎが起きてたよ」
「え……?」
「よくは分からないけど、果たし合いがね、どうとかで」
「それじゃあ、確かに伝えたから」と片手を上げて、姿を消す。
果たし合い……。
穏やかではないそんな言葉が、気になった。