ヴァルハラ捜査2
「女神様、いただきまーす!」
「どうぞ、たーんと召し上がれ」
お昼ご飯。エインヘリャルが大食卓に集合し、思い思いの席に座ってそれぞれ食事を始めていた。
どこをほっつき歩いているのか、ユカリは戻ってこなかったが、まあ……すぐにお腹を空かせて姿を現すことだろう。
いよいよ家族も大所帯となって、とても賑やかだ。わたしは彼らと並んで歩んだ日々に思いを馳せていた。
みんなの笑顔を眺めているのが、わたしの至福の時間である。胸が、心が、ぽかぽかするのだ。
その感覚が好きだった。
「ラーズ様、こっちこっち! 早く席に座りなよ!」
「今日はわたしたちと一緒にご飯を食べる約束でしょ?」
「はいはい、間もなく。もう一仕事終えたら、合流しますから」
「えー、もう、絶対だよー?」
「もちろん。すぐに戻ってきます」
騒然とした大食卓を、静かに、一人で後にする。
「よいしょ」
わたしは手押し車を持って、ゆっくり歩き出した。
一言にエインヘリャルといっても人間とは千差万別で、考え方、生き方なんかも十人十色の違いがある。
各々なりの理由があって独りを尊ぶ従者もいて、彼らは自分の個室内で毎日食事を取っていた。
「フキノ、昼食の時間ですよ」
「……」
「入りますね」
「……」
彼らの部屋へと配膳するのもわたしの大事な仕事である。
その中でも、取り分けフキノは手酷く心を傷めていて、同じ家族が相手であっても会話もできない状態だった。
今際の際に受けた苦痛が死後になっても残っていて、エインヘリャルとなった今でも彼女は苦しみ続けている。
「ひっ」
フキノはいつもと同じく、部屋の四隅の一角にいた。
わたしの姿を見るや否や、小さく悲鳴を上げてしまう。
「大丈夫。わたしですよ。ほら」
「あ、女神様……」
「貴女のお部屋にお邪魔しても?」
「……はい。どうぞ、ご遠慮なく」
エインヘリャルの並び間にて、ここはフキノの部屋である。
机に昼食のお盆を置いて、フキノの傍へと歩み寄り、三角座りの彼女の隣りで、わたしも三角座りをした。
「フキノ、変わりはありませんか。困ったこととか」
「平気です……」
「欲しいものとか、やりたいこととか……あったら、言ってもいいんですよ?」
じわりとその目に涙を浮かべ、フキノが顔を伏せてしまう。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と、彼女は何度も繰り返した。
「わたし、せっかく女神様にこうして選んでもらったのに、何の役にも立てなくて……ほんとに、ほんとにごめんなさい……」
「……」
「みんな、エインヘリャルのお仕事、きちんと果たしていて……なのに、わたしはずっとこんなで、ほんとに、ほんとにごめんなさい……」
フキノの背中を優しく摩る。彼女の身体は震えていた。
愛する人との式の直前、拉致監禁され、死に至る。精神的な彼女の負傷は想像以上のものだろう。
わたしはフキノの肩を抱き、静かに、そっと開口した。
命とは、魂とは、存在自体が尊いのだ。
「フキノ、わたしは貴女のことがとってもとっても大好きです。家族のみんなも、貴女のことがとってもとっても大好きです」
「……」
「だから、あれやこれやと心配しなくていいんです。貴女が元気になってくれたら、それが一番、嬉しいから」
「女神様」――顔を上げたフキノに、わたしは微笑んだ。
彼女も小さく笑ってくれる。
フキノの頭を、なでなでした。
「昼食、きちんと食べるんですよ。できれば、残さないで」
「はい」
「今日のは結構、自信作です」
「……ふふ、はい。いただきます」
フキノを選んで二度目の人生へと先導したのは、わたしである。
これから神界に、このヴァルハラにどんなことが起きようと、わたしは大事な家族たちを守らなくてはならないのだ。
「……女神様!」
帰り際、フキノがわたしを呼び止める。
彼女は自分の二本の足で、その場に、一人で立っていた。
「女神様に選定されて、わたし……ほんとによかったです」
「……」
「だから、ありがとう。わたしも貴女が、大好きです」
フキノの笑顔が嬉しかった。
こくりと頷き、お暇する。
さて、今日はやるべきことが、まだまだ……たくさん残っている。
わたしの歩調は軽やかだった。
「……」
心がぽかぽかした。