ヴァルハラ邂逅5
曰く、サクラは一般家庭に生まれた女子高生であり、俺より一足先の時期に異世界に召喚されたらしい。
サクラの最初の転移先は俺の時と同じであり、南の大陸、首都から離れた深い深い森だった。
ただし、俺のそれとは違って彼女はその時、一人でなく、件の転移魔法の主に面と向かって会ったという。
「何を訊いても黙ったままで、答えてくれませんでした。魔法使いみたいなローブのフードを深めに被っていて、顔は隠していましたが……多分、男の人でした」
男は無言を一貫したまま森の奥へと消えていき、サクラは何が何だか分からず、こっそり後ろを追いかけた。
獣道を進んだ先には小さな掘っ立て小屋があり、男は中へと入っていって、悩んで、サクラは静観した。
「それで? その後、どうしたの?」
「中へと入ってみたんです。だけど、小屋には誰もいなくて、正しく蛻の殻でした。男の人のその動向は確かにこの目で見ていたのに、風のように……ふっと消えて、そこには姿がなくて」
「……」
「とはいえ、わたしも境遇的に動くに動けなかったので、男の人を待つしかないと思い、居座ったんですよ。確かそれから三日くらいは飲まず食わずで留まって、結局、彼とは再会できず……わたしは小屋から出ました」
「……」
そうしてサクラが辿った道は、俺に通じるものだった。
飲食物を求め、一人でふらりふらりと彷徨って、そんな中、森を抜ける前に――。
あいつと出会した。
「その時、わたしが遭遇したのは女性の、悪魔のようでした。二本の角と矢印みたいな細い尻尾が特徴で、だけど、とっても美人さんで……思わず見蕩れました」
「あー」
「そんなだから襲われるとか、全然、ほんとに思わなくて、必死になって逃げましたけど、わたしはそのまま、敢えなく――」
「うー」
その後、サクラは戦女神のレギンレイヴに選ばれて、これまた俺より一足先にエインヘリャルと相成った。
サクラが出会った悪魔というのは、恐らく……ヘリアンサスである。
あいつのことは知っているのだろうか。
じんわり、訊いてみた。
「あのー、女悪魔のことは……」
「もちろん、知っていますよ」
「……」
「彼女もエインヘリャルとなってこの神界にいるんでしょう? 噂によれば、ユカリさんとは随分仲良しなんだとか」
にこにこ笑顔のサクラが怖い。
俺は「あはは……」と引き攣った。
聞けば、サクラはそれもあって俺との接触が遅れたらしい。
才華の研究エトセトラで俺とあいつは、一緒にいた。なので、サクラは近付くわけにもいかず、憚られたのである。
「やっぱり、ええっと、恨んでるのか。サクラさんは、あいつのこと」
「分かりません。何を隠そう異世界転移! ですからね。状況的に気持ちの整理が全くつかなかったんです」
「……」
「まあ、漫画やアニメと違うなーとは思ったかな。そういうところはリアルだなーと。お互い、悪運でしたよね」
言いながら、サクラさんは一人で、すっくと立ち上がる。
人差し指と親指二本で、指笛――。
音色を生み出した。
「だけど、命は失くしたものの、得たものだってあるんです。ほら、あれを見てください」
「え……?」
「わたしの友達です」
指笛による高調音が空に向かって響いた後、まるでそれに応えるように、黒い点が現れた。
遥か彼方の黒い点は凄い速度で接近し、段々姿と形を帯びて、すぐ目の前へとやってきた。
「紹介します。これがわたしの、この世界での才華です」
「わあ、飛竜だ! かっちょいい!」
「シルヴァーナっていうんです」
シルヴァーナ。
はて、何やら……どこかで聞いたことがある。
もしかして、召喚術で世界を救え! とかいうやつ?
「ユカリさん、ご存知ですか!」
「うーんと、4まで既プレイだな。3が傑作扱いだけど、実は2が至高のやつ」
「そうなんです!」と身を乗り出して、サクラが両目を輝かせる。
びっくりして、俺は一人で枝木の先から落っこちた。
「あっ」
すると、大木枝に留まった飛竜のシルヴァーナが、長い首をうんと伸ばし、俺を咥えて、救出した。
「ぜえ、ぜえ……危ない、危ない……」
「ユカリさん、ごめんなさいっ!」
「へっちゃら、へっちゃら……シルヴァーナ、助けてくれてありがとな……」
大きな頭を「よしよし」すると、彼……? 彼女……? は喜んだ。
しかし、正しくあの作品の……所謂、召喚獣である。
元いた世界の事象や事物をこちらの世界で再現する。
サクラの才華は、俺の才華のその内容に準じていた。
「わたし、実はロールプレイングゲーム、凄く大好きで……特にこの子が登場しているシリーズ、大ファンなんです」
「ほう……?」
「わたしの才華は悪魔さんから逃亡する中、開花して、死んだ後でもこのようにして今なお運用できています。わたしの元いた世界の嗜好が関係するのは明白で、召致の才華と名付けられて、目下訓練中です」
「……」
俺をこの場に呼び出したのも召致の才華、というわけか。
一転、才華の話題となって、俺は興味を引かれていた。
が、そろそろ、いい時間――。
みんなのところに帰らなくちゃ。
「あ、もう……こんな時間。昏くなってきましたね」
「うん。そろそろお開きかな。すんごい有意義だった!」
「ふふ」
スペアポケットの中身をごそごそ。
サクラが両目を丸くする。
「送っていくよ」と彼女に一言、秘密道具を取り出した。
「あ、それは……どこでもドア!」
「正解。流石に知ってるよな」
「もしや、これがユカリさんの……?」
「そう。模倣の才華、らしい」
俺の才華も元いた世界のサブカルチャーに由来する。
サクラはとても楽しそうに秘密道具を眺めていた。
「思い入れが強いものほどよりよく発現できるらしい。検証したらどこでもドアなら何とか生成できたけど、タケコプターやスモールライトは何度やっても駄目だった」
「ユカリさんの好き嫌いとか、興味の度合いに依存する……?」
「どこでもドアからラッキースケベはアニメじゃ鉄板だったしな」
「ユカリさん、エッチですね」と服の上から胸を隠す。
大浴場での一悶着を思い出して、くらりとした。
「とってもとっても光栄ですが、わたしだったら大丈夫。この子の背中に乗せてもらえば、下には下りられますし」
「そう?」
「それに、今は……何だかちょっぴり、センチメンタルなんですよ。元いた世界の話ができて、いろいろ思い出したから」
「少し風に当たっていたい」と、サクラは斜め上を向く。
両の瞳が映しているのは郷愁による色だった。
「分かった」――俺はこくりと頷き、たった一言、返事をし、ドアの先へと潜り抜けた後で、後ろを振り返る。
サクラは両手で扉越しに俺の片手を掴み取り、白い歯を見せ、笑った後、風に長髪を靡かせた。
「ユカリさん、二度目の人生、しっかり謳歌してる?」
「……えっ」
「せっかくだしね、楽しもうよ。思う存分、たくさん!」
「……」
聞けば、大浴場を考案したのはサクラ本人だったらしい。
異なる世界に転移しようと、そこで命を落とそうと、彼女は十代半ばの立場で果敢に過ごしていたのである。
「……サクラさん、また会おう!」
「はい、きっと! 約束です!」
別れを告げ、ドアを閉めかけ、その隙間から覗き見る。
サクラは愛する飛竜に寄り添い、空へと――。
歌を歌っていた。
「今日がとても楽しいと、明日もきっと、楽しくて――」
そんな日々が、続いていく――。
そう思っていた、あの頃――。