第100話
暗雲
「はっ、はっ! 早く、早く! 祖国に生還しなければ……っ!」
魔王不在の真の事実が世界に流布され、月日が経つ。
帝国領の新王により公表された情報は、あっという間に世界中を巡り、周知となっていた。
世間的には、四人の勇者は魔王打倒に失敗し、北の勇者の一人のみが帰還を遂げたとされていた。
しかし実は件の魔王は初代の勇者が打ち倒し、彼が魔王に取って代わって城主となっていたのである。
北の勇者の報告により唯一魔王の最期を知り、帝国領は聖王国を奇襲。戦に火をつけた。
四大陸を巻き込む戦はやっとのことで幕を閉じ、そうして「魔王は存在しない」とお触れが回るに至ったのだ。
俺は帝国に新設された偵察部隊の兵士である。
魔王城の孤島に上陸、味方部隊と潜伏し、初代の勇者のその動向の監視の任務に就いたのだが……。
魔王城には、極めて危険な魔物たちが巣くっていた。
精鋭揃いの仲間たちが次から次へと倒れていき、たった一人、この俺だけが運よく退路に達したのだ。
魔物たちは本土のそれとは比較もできない狂暴さで、どれもこれもが前代未聞の強い力を持っていた。
もはや仰せつかった任務を続行するのは不可能だ。直ちに孤島のこの現状を四大陸に通牒し、対応策を立てないと……っ!
平和な世界が、再び――。
「!」
その時、耳を劈くような水沫音が聞こえてきた。
海水、飛沫が頬を濡らす。二千は距離があるのにだ。
小島の影に停泊させて伏しておいた軍船が、巨大な海の魔物によって……。
木っ端微塵にされていた。
「なっ……」
悲惨なその光景に一人で唖然としている中、現在地点は孤島の岬に位置する場所だと気がついた。
魔王の城には不似合いである白い花が咲いていて、そこには、更に不似合いである……。
一人の少女が立っていた。
「……」
少女は海へと向かって、片手を上げて、手首を折る。
すると、巨体を有する魔物は海の中へと潜水し、あとには大きな波紋のみが水面に残っただけだった。
白い花に囲まれながら、少女がこちらを振り向いた。
悲しそうな彼女の眼差し。
俺は瞬間、はっとした。
「南の勇者……っ!」
剣を抜いて、少女に向かって指し示す。彼女は南の勇者だった。
初代の勇者の実子である。
今や四人の勇者たちは消息不明となっており、生死も定かでないはずだが……。
こんなところで出会すとは……。
「!」
気付けば、俺は魔物に取り囲まれてしまっていた。
迂闊だった。逃げ場はない。俺はぎしりと歯を噛んだ。
どうしたことか、南の勇者の周囲に魔物はいなかった。
まるで、彼女が魔物たちを統率しているような――。
「……」
「ごめんなさい」と、南の勇者が、小さく、小さく囁いた。
魔物たちに蹂躙されて、俺は引き千切られてしまう。
俺は拝受していた使命を全うできなかったのだ。
無念である。仲間たちが託した思いを、俺は……。
「――」
こんな魔物が孤島の外へと解き放たれてしまったなら、一体、世界は……。
四大陸は……。
果たして、どうなることだろう……。
シラン