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叛逆のヴァルキューレ  作者: 雪野螢
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第95話

送別




『カーパス、お願い! 思い直して! 何も死んじゃうことはない!』

『いいや、一度決めたことだ』

『カーパス!』

『ミヤコ、達者でな』


 あたしと彼が出会ったのは東の大辺境だった。

 当時、故郷の聖王国は帝国軍の奇襲を受け、民衆たちは果ての海へと避難し、その身を隠していた。


 彼は帝国兵であるが、敵意はないと釈明し、あたしたちに危害を加えることはないと約束した。

 聞けば彼は音楽家であり、とある大義があるそうで、戦火を(くぐ)って世界を巡り、旅を続けるつもりらしい。

 父母を殺害されたばかりのあたしは孤独の最中にあり、彼の無謀な一人旅に同行しようと決心した。


「危険すぎる」と一蹴されてしまい、あっさり拒否されたが、あたしはそれでも食い下がって彼の後ろを追いかけた。

 道中、彼が民衆たちへと披露している曲を聴き、これが件の大義なのだと、あたしはその場で理解した。


 演奏、楽器、楽譜のことなら、彼は即座に返事をした。どうやら彼が弾いているのは連弾曲というものらしい。

 二十の指が存在しないと奏でられない、連弾曲。その時、あたしが彼のために為すべきことが決まったのだ。

 

 必死に、必死に、必死になって、曲を覚えて、練習した。ようやく彼に認めてもらって連弾自体は許されたが、とはいえ、あたしが請け負う曲節(ぶぶん)は譜面の一割、二割であり、大部分は彼の手により曲は完成されていた。

 彼は素人(あたし)の目から見ても天才的な音楽家で、彼の指から生まれる音は、さながら魔法のようだった。


 東の大陸、南の大陸、続いて、西の大陸へ。

 多くの人々、あらゆる場所へと楽譜の写しを寄贈した。


 そして、遂に――。


 西の大陸、最北端の灯台で、あたしは……彼から言い渡された。


「お前の旅はここまでだ」と。


『俺はこれから北へと渡り、処刑を受けることになる。だから西(ここ)に残ってもらう。お前は連れていけない』

『……』

『俺は結局、脱走兵だ。北では戦犯(そいつ)は重罪だ。お前が俺と一緒にいたなら脱走補助だと疑われ、向こうの法律、制度で裁かれ、最悪、死刑を受けるだろう』


「そんなことは許されない」と、彼はあたしに訴えた。


 あたしが求める彼の言葉は、そんなものではなかったのに。


『ねえ、カーパス。あたしと逃げて。二人で、一緒に暮らしましょう?』

『……』

『貴方はたくさんたくさん、今まで、ほんとに頑張ったわ。運よくここまで来られたじゃない。これからだって、きっと……』

『……』


 あたしの肩に両手を置いて、彼は首を横に振る。


 彼は言葉数が少なく、ぶっきら棒な人だったが、思い人の話をする時だけは……笑顔を浮かべていた。 


『世界中で親父さんの遺曲の音色を響かせる。あの子と交わした約束なんだ。反故にしたくはないんだ』

『……』

『俺は一人で旅をしていた。連れは一人もいなかった。俺は今後、お前のことは一切口外しないよ』

『……』


 あたしが声を荒げたところで彼の意見は揺るぎなく、一人で立ち去る彼の姿を、あたしは――。


 静かに、見送った。


 貴方があたしに心を開いてくれて、嬉しかったのに……。

 結局、あたしが彼の心に付け入る隙間は、なかったのだ。


「……では、貴女の脱走補助の自供は、間違いないですね?」

「はい」

「改め、帝国兵の名前を」

「ストレプトカーパスです」


 月日が経って、戦が終わり、あたしは北へと訪れた。

 帝国領は復興事業で天手古舞いのようだった。


 あたしは、自分の体験全てを、ありのままに告白した。

 彼の忠告通りであれば、あたしは死刑を受けるだろう。


「どうして自首を?」


 留置所内で十指をとんとんしていると、小さな少女が格子越しに、あたしに小首を傾げていた。


 なぜだろうか。難しいな……。

 少し言葉にしにくいけど。

 

「彼との旅路(ひび)を胸に隠して、生き続けたくはなかったの」


 あたしは、彼が好きだったから。

 少女が両目を丸くする。


 困ったように頬を掻き、

「あー、うーん」と言い淀み、何とも場都が悪そうにして、彼女は……。


 おずおず、切り出した。


「カーパスなら、毎日毎日……ええっと、いちゃいちゃしていて……」

「……?」


 つまるところ、目先の少女は戦女神の一人であり、彼は彼女に選定されてエインヘリャルになったらしい。

 彼は神の世界において約束相手と再会し、それはそれは甘い時間を二人で過ごしているそうだ。


 少女に事情を聞いたあたしは檻の中で抱腹した。

 なるほど。こいつは傑作だ。

 あたし、すんごい噛ませ犬!


 面白い。受刑前だが、俄然やる気が湧いてきた。

 おろおろしている少女に対し、あたしは、くすりと微笑んだ。

 

「大丈夫。会った瞬間、食ってかかりはしないから。同じ男を好きになったんだもの。きっと気が合うわ!」


 ほっと一息。

「安心しました」――少女は胸を撫で下ろし、次にその手をあたしに向けた。


 彼の目顔が見物(みもの)である。




ミヤコワスレ

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