第一話
「ステッキの角度はこう!」
ステッキを持って力説してくるのは魔法少女指導係の葛さんだ。
「いいじゃない」
「駄目だ。美しくない」
「もう、あなたがやれば?」
「お前は俺が魔法少女になれと? 気持ち悪いだろ」
「今でもじゅうぶん気持ち悪いですけど」
「お前、結構失礼なやつだな」
「だって私よりも明らかに魔法少女じゃない」
「あー……魔法少女はあれだ、お前じゃないと無理だ」
言いづらそうな雰囲気に首を捻ると「男性経験がない純潔の者のみだ」と口にした。
「俺が決めたんじゃない」
「うわー、……気色悪い」
「やめろ、俺だって好きでこんなことをやっているんじゃない」
王宮の奥に専用の屋敷をあてがわれて半ば強制的に魔法少女としての生活に適応できたのは彼がいたからかもしれない。
魔法少女指導係の任を与えられるまではそれなりの役職で働いていたらしい。
「ねえ。それ、暑くない?」
顔を覆い隠す紙には目と装飾が描かれている。
「ん? ああ。面布か。お前には俺がどう見えているのか知らんが、これは決まり事なんでな」
「不細工なの?」
「俺の魔力にお前が呑まれないようにだ。って、おい、やめろっ」
面布に触れた指はかわされ容易く流された。
「いいじゃない少しくらい」
拒絶するように弾かれた手には小さな痺れが流れバランスを崩し彼を押し倒していた。
「いたたた……」
「……あのなぁ、お前はもう少し」
頭を動かすとどうやら唇が触れそうな距離に密着していたようで「し、失礼しました」焦る女性の声が扉の閉まる音と共に遠く駆けて消えていった。
「……ねえ、もしかして誤解させた?」
「おそらくそうだろうな」
あの一瞬だけ見えた特徴的な赤い髪、あれは噂ずきの侍女だったと記憶している。明日には尾鰭背鰭をつけて話がまわるなとぼんやり頭の隅で考えていたからか最も容易く視界は反転し手を引き寄せられていた。
「爆ぜたな」
掌に浮かんだ血によってちくちくとつついて痛みを認識させているようだった。
「だから触るなと言っただろう」
彼が傷口に手を翳すとひんやりとした小粒の氷が患部を覆い熱が引いていくと呼応するように氷が弾けて消え掌の傷は綺麗に治っていた。
まるでそれは魔法のようでエマは彼に詰め寄っていた。
「今のはどうやったの」
「……どうって魔法だが」
「あなた魔法が使えるの?」
なにを言っているんだと胡乱げな視線が澄ました紙の向こうから向けられているような間があったが構わず詰め寄る。
「魔法少女っていうけれどもしかして私も魔法が使えるの? 空を飛べたりする?」
前のめりに聞く。
「……まさかとは思うが君は魔法が使えないのか?」
「ええ。少なくとも私の暮らした世界は魔法なんて実在しないもの」
信じられないものを見るような目を向けられもそれが事実なのだから言葉のかけようがない。
魔法はファンタジーの世界の話であって実際には存在しないものだ。
「だが、誰しも魔法は秘めているはずだ」
「そうは言われても……」
「神殿での魔法測量は行っただろう?」
「確か水の入った器に手を翳したけれど」
「色はなんだった」
「……白だったわ」
「つまり魔力はあるわけだな」
「……ほんとうに?」
「ああ。それにこちらの世界にこれるのなら必ず備わっているはずだからな」
「……魔法を使うにはどうしたらいいの?」