第1話 いつもの朝
美愛はどういう状態だろう。
あんな話をした後だし美愛に対してどんな態度をとればいいだろう。
そんな事を思っていたのだが今朝の美愛はいつもと同じ。
ぼーっとしたり考え込んだりしない、普通の美愛だった。
朝食を食べ、水路の確認&小魚獲りへ出かけ、結愛の勉強を2人で見る。
終わったら午前中のおやつの時間。
この辺もいつも通りだ。
美愛なりに何か納得出来たのだろうか。
まだ気にはなる。
でもとりあえずはこのまま、様子を見るだけにしておこう。
さて、本日の午前中はいつもと違う作業。
石鹸つくりだ。
ヒラリアの石鹸は安くない。
固形石鹸1個100グラムが正銅貨2枚もする。
なおかつ僕が普段使っているボディソープのような液体石鹸がない。
そんな訳で作ろうと思った訳だ。
用意する物はいずれも此処で調達出来るもの。
① 今まで貝を食べた後とっておいた貝殻
② 草木灰
③ イルケウスから取った脂肪(精製済)
更に今回は試薬代わりに、
④ その辺に生えていた赤っぽいコケをすり潰して作った赤紫色の汁
なんてのも用意した。
ここの海水で青紫色、購入してきた酢では赤色に変化する。
勿論リトマス試験紙のように水素イオン濃度がわかる訳ではない。
それでもpHが急激に変わった時等、目安にはなる。
なお今回は途中で劇薬を作るし、強烈な反応があったりもする。
そして幸いにも天気は晴れ。
だから作業場所は屋外作業場。
積んである丸太の横だ。
手順そのものはそれほど難しくない。
① 貝殻を魔法で強熱し酸化カルシウムにする
② ①を水に溶かして水酸化カルシウムにする
③ 草木灰を水に混ぜまくって、更に布で濾し、その水を魔法で蒸発させて炭酸カリウムを取り出す
④ ②と③を反応させて水酸化カリウム水溶液を生成。
⑤ ④とイルケウスの脂肪を反応させる
実際は②で高熱が出るとか、④で出来た沈殿を取り除くとか、⑤で温度を60℃に保つとかなんて作業があったりする。
魔法でやるので混ぜても手は疲れないし、温度調節も楽だけれども。
④と⑤でコケ溶液を使って水酸化カリウムが余っていないか確認もした。
何せ水酸化カリウム、タンパク質を溶かす劇薬だ。
残っていてはまずい。
とりあえずある程度混ぜて粘度が明らかに変わった時点で昼ご飯の時間。
あとは放置してある程度熟成させれば使える石鹸になるだろう。
お昼御飯はフライド恐竜と蔓芋サラダ、エビ入りスープ、パン。
パンと調味料以外は此処で捕れたもので作った節約メニューだ。
でも美愛が作るとやはり美味しい。
「石鹸は出来ました?」
「多分。ただ1日くらい置いて熟成させた方がいいかな」
美愛の様子はやっぱり普通と変わらない。
ならもう心配しなくて大丈夫だろうか。
彼女なりに何らかの結論を出したのだろうか。
「お昼からはどうしますか」
実はどうしようかと思っている。
醤油や味噌を仕込むのはまだ早い。
作るとアイテムボックスを占有してしまうから他の作業に支障を来す。
次に村に行く日の5~6日前にはじめれば充分だろう。
家の整備はひととおり終わっている。
もし作るなら寝室なり個室なりの増築だが、扉その他の材料を購入していない。
やるならその辺揃えてからになる。
かといって養殖場の方も特に急ぎの仕事はない。
最初の収穫まではあと2ヶ月は待った方がいいだろう。
増やすとしてもその結果を見てからだ。
なら今日は少し毛色の違った事をしよう。
ここへ来てからほとんどやっていない事を思い出す。
「今日は3人で釣りをしないか。刺身で食べられる大きな魚も釣れるしさ。この世界に来た当日にやって以来試していないけれど」
動物性タンパク質は爬虫類だけで充分まかなえる。
だから釣りをする必要性が無かったのだ。
しかし久しぶりに刺身を食べたい気がする。
息抜きを兼ねて3人でやるのも悪くないだろう。
「面白そうですね。私でも出来ますか?」
「簡単だから大丈夫だ。結愛と2人でやればいい」
「大きい魚、釣れる?」
「水路で獲るのよりは大きいのが捕れるぞ」
「やる!」
よしよし。
昼食後3人で外へ。
場所は水路の先、河口に近い方。
拠点前より浜が海側へ出っ張っていて、その分投げる距離が短くて済むからだ。
この世界に来た当日に使って以来そのままだった仕掛け付の竿を出す。
餌のオキアミ冷凍、バケツ、もう1組の竿も一緒だ。
でも待てよ、この仕掛けは切れそうで怖かったおぼえがある。
ならもっと太くて針の少ない仕掛けに変えよう。
餌は水路に行けばちょうどいい小エビが簡単に捕れる。
針が少ない方が結愛も安全だろうし。
「ちょっと待ってくれ。仕掛けを変える。その間に2人はそこの水路で小エビを掬ってきてくれないか。そんなにたくさんでなくていい。捕れたらこのバケツに入れて」
「わかった」
「わかりました」
偵察魔法では危険な生物は感じられない。
そもそもこの浜の河口から拠点付近は大型の爬虫類が出た事が無い。
そして美愛も偵察魔法や攻撃魔法を使える。
だから問題無いだろう。
小エビは水路にうじゃうじゃいるし。
バケツと玉網2つを持って2人は水路の方へ。
その間に僕は仕掛けを変える。
ウキと撒き餌カゴは前と同じだが、その下は針1本のシンプルな仕掛け。
なお今回の釣り針は餌をつけるタイプ。
水路で捕れる小エビがちょうどいいだろう。
竿をもう1本出して同じように仕掛けをつける。
準備が終わった頃、美愛達が戻ってきた。
「捕ってきた!」
「これくらいでいいでしょうか」
見ると結構いっぱい入っていた。
2~30匹くらいはいるだろうか。
「充分充分。それじゃこんな感じにエビの尻尾から針を通して」
尾羽をちぎり、出来るだけ背中側に針を通せば完成だ。
「こっちの餌はまた別なんですか」
美愛がカゴに入れたオキアミ冷凍を見て言う。
「こっちは魚を寄せるためのもの。無くなったらまた入れればいい。それじゃ投げ方を説明する」
他に釣り人がいないから横投げでいい。
投げる際にそっちに行かないよう、また投げる前は人がいないか確認するなんて事まで言ってレクチャー終了。
「それじゃ投げますね」
「頑張れ!」
なおこの頑張れは結愛が美愛に言ったもの。
さて、僕もやるとするか。
もう一つの仕掛けにオキアミと餌のエビをセットし軽く投げる。
この辺は海に向かって浜が少し突き出た地形。
20mも投げればそこそこ深い、魚のいる場所へ仕掛けが届く。
「あ、魚が寄ってきています」
美愛も偵察魔法で水中の様子が見える。
そして確かに魚が寄ってきている。
大きいのも小さいのも。
そしてひときわ大きいのが針のついたエビを飲み込んだ。
ウキがすっと消え竿が曲がる。
「かかりました! 結構重いです!」
今回は仕掛けの糸もそこそこ太い。
だから心配はいらないだろう。
「波で手前に寄った時にリールを巻けば近づく。どうしても駄目なら冷却魔法を魚に向けてかければいい。ただ海に対して使うと広範囲が冷える事で魔力を使うから最後の手段だ」
「わかりました」
「大きい?」
「ちょっと待ってね」
よしよし、それでは僕も自分の釣りを頑張ろう。




