漫画『1518! イチゴーイチハチ!』を読み返して気付いたある恐ろしさ。
※最初に断っておきますが、この話ははっきり言って『1518!』の本編とは全く関係ありません。
先日、本棚の整理をしていたら相田裕氏の『1518! イチゴーイチハチ!』が出てきました。懐かしくなって読みふけってしまったのですが、読んでいる途中でビックコミックスピリッツ連載中から気になっていた記述がそのまま掲載されているのを発見しました。
コミックスの5巻の話です。この巻に掲載されている第40話に川越の花火大会の話があります。夜空を彩る花火の下、不器用な主人公たちがお互いの気持ちを正直に伝え合うという、もどかしくも大変心温まるエピソードが掲載されており、美しい情景描写と相まって必見の回です。
いろいろな人たちに御覧にいただきたいすばらしい話なのですが、気になっていたのは、そこではありません。
私が気になったのは、会場となっている川越市にある伊佐沼についてです。
この話の一コマに、伊佐沼について、『伊佐沼~関東第2の自然沼~』と記載されているのです。
実は、ウィキペディアやいくつかの観光案内に同様の記述がありますし、以前(※『1518!』連載中。現在は記載なし)は、川越市のHPにも記載されていた記憶があります。下記はウィキペディアの記述(※抜粋)です。
『伊佐沼は、埼玉県川越市の東部に位置し、南北が約1300mおよび東西が約300mほどの沼。自然沼としては埼玉県内最大、関東地方でも印旛沼に次ぐ広さである。』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
これを見て私と同じように、「あれっ?」と思った人は何人ぐらいいるでしょうか。
ちなみに、関東1位の印旛沼と、2位とされている伊佐沼のデータは以下のようになります。
(所 在) (成因) (面積) (最大水深)
印旛沼 千葉県 その他 9.43k㎡ 2.5m
伊佐沼 埼玉県 河跡 0.35k㎡ -
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本の湖沼一覧 より
ずいぶんと差があるのがわかると思います。
さて、ここでお時間のある方は、関東地方の地図を開くか、上記、ウィキペディア『日本の湖沼一覧』をご覧ください。
関東地方にも地図に載るような湖沼がいくつかあります。中禅寺湖や芦ノ湖、霞ヶ浦といった例外はありますが、面白いことに多数を占めるのは「沼」と名が付く湖沼です。
ところで、あなたの開いた地図で伊佐沼は見つかりましたか?他の沼は見つかるのに伊佐沼は見つからないという人もいたと思います。
それもそのはず。ウィキペディア『日本の湖沼一覧』大きさ順に並べてみると……
(所 在) (成因) (面積) (最大水深)
1印旛沼 千葉県 その他 9.43k㎡ 2.5m
2涸沼 茨城県 海跡 9.30k㎡ 6.5m
3手賀沼 千葉県 その他 4.02k㎡ 3.8m
4牛久沼 茨城県 その他 3.55k㎡ 3.0m
5菅生沼 茨城県 その他 2.30k㎡ 2.0m
6尾瀬沼 福島県・群馬県 火山 1.81k㎡ 9.5m
7大沼 群馬県 火山 0.88k㎡ 16.5m
8菅沼 群馬県 火山 0.85k㎡ 67.0m
9丸沼 群馬県 火山 0.45k㎡ 47.0m
10伊佐沼 埼玉県 河跡 0.35k㎡ -
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本の湖沼一覧 より
伊佐沼は関東で10位ではないですか!(※ちなみに埼玉県では1位でした。)
しかも、どの沼も由来を見る限り人工の沼ではなさそうです(※埋め立て等によって湖水が狭くなったことを問題視する人もいるかもしれませんが、そもそも伊佐沼や印旛沼も埋め立てや干拓によって半分以下の面積になっているので、それを問題視すればブーメランのように返ってきてしまいます)。
同じウィキペディア内の記述なのに矛盾があるのは変です。
さて、「自然沼で関東2位」というのは、一体どこから出てきたのでしょうか?
沼の定義には諸説あり、絶対これは正しいというものはないようですが、一つの目安に水深5m以内というものがあるようです。5m以上の水深をもつ湖沼は沼ではないと仮定して、水深5m以上の湖沼を「沼」の範疇から除外してみましょう。
すると下記のようになりました。
(所 在) (成因) (面積) (最大水深)
1印旛沼 千葉県 その他 9.43k㎡ 2.5m
2手賀沼 千葉県 その他 4.02k㎡ 3.8m
3牛久沼 茨城県 その他 3.55k㎡ 3.0m
4菅生沼 茨城県 その他 2.30k㎡ 2.0m
5伊佐沼 埼玉県 河跡 0.35k㎡ -
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本の湖沼一覧 より
一気に5位まで上がりました!
でも、ちょっと待ってください。名称を無視して水深で選り分けたということは、「沼」と付かない水深5 m 以内の湖沼を「沼」の範疇に入れないのは不公平というものです。
と、いうことで、リストに「沼」と名前の付いていない水深5 m 以内の湖沼を加えてみましょう。(注1)
すると下記のようになります。
(所 在) (成因) (面積) (最大水深)
1印旛沼 千葉県 その他 9.43k㎡ 2.5m
2手賀沼 千葉県 その他 4.02k㎡ 3.8m
3牛久沼 茨城県 その他 3.55k㎡ 3.0m
4菅生沼 茨城県 その他 2.30k㎡ 2.0m
5与田浦 千葉県 海跡 1.23k㎡ 1.2m
6神之池 茨城県 0.44k㎡ 3.5m
7伊佐沼 埼玉県 河跡 0.35k㎡ -
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本の湖沼一覧 より
残念!7位に落ちてしまいました。
困りました。どうすれば2位になるのでしょうか。
こういうのはいかがでしょう。
『北浦や外浪逆浦は霞ヶ浦の一部と見なされている(本当!)。与田浦もほとんど勾配のない水路でつながっているから「霞ヶ浦」の一部だ』
地図を御覧いただくとわかりますが、与田浦は与田浦川という川で外浪逆浦とつながっており、外浪逆浦は常陸利根川で霞ヶ浦と、鰐川で北浦とつながっています。湖沼の成因や近隣の河川の状況を鑑みると、与田浦から霞ヶ浦(北浦・外浪逆浦を含む)に一方的に水が流れ下っていることは考えにくい状況です。つまり、両者は密接につながっていると考えることは可能ではないでしょうか。
また、印旛沼をみていただくとわかりますが、印旛沼は干拓によって西印旛沼と北印旛沼に分かれており、中央排水路(干拓の痕跡)と印旛捷水路(運河)という2本の水路で結ばれています。霞ヶ浦・与田浦周辺も利根川東遷により干拓が進んだエリアです。干拓で分かれた2つの印旛沼を一体にして扱っているのですから、霞ヶ浦と与田浦を一緒にしても良いのではないでしょうか。
霞ヶ浦は最大水深7.1m。水深が5m以上ですから「沼」ではないと考えられます。それの一部ということは、与田浦も「沼」ではないということになります。
これで堂々と与田浦を「沼」から除外できました!
(所 在) (成因) (面積) (最大水深)
1印旛沼 千葉県 その他 9.43k㎡ 2.5m
2手賀沼 千葉県 その他 4.02k㎡ 3.8m
3牛久沼 茨城県 その他 3.55k㎡ 3.0m
4菅生沼 茨城県 その他 2.30k㎡ 2.0m
5神之池 茨城県 0.44k㎡ 3.5m
6伊佐沼 埼玉県 河跡 0.35k㎡ -
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本の湖沼一覧 より
6位に上がりました! でも、2位は遠いです。
あ、良いことを考えました! こういうのはどうでしょう。
『茨城県は東北地方』
(所 在) (成因) (面積) (最大水深)
1印旛沼 千葉県 その他 9.43k㎡ 2.5m
2手賀沼 千葉県 その他 4.02k㎡ 3.8m
3伊佐沼 埼玉県 河跡 0.35k㎡ -
※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』日本の湖沼一覧 より
やりました。これで、これで3位ですよ。3位!
あと一歩まで来ました。でも、ここまででしょう。
残念(?)ながら、私には手賀沼を排除する方法が思いつきません。
『茨城県は東北地方』(笑)などという無茶苦茶な理由を付けて茨城県の湖沼を排除したんだからできないはずがないと思われる方も多いでしょう。しかし、『関東地方でも印旛沼に次ぐ広さ』という表現があるため、印旛沼と伊佐沼に共通していて、手賀沼とは共通しない条件を考えなければいけません。果たしてそんなものがあるでしょうか?(※印旛沼と手賀沼の共通点ならいくつも考えつくんですけどね。)
①・手賀沼は干拓されて狭くなっている
→ 印旛沼、伊佐沼も半分以下になっています。
②・手賀沼は護岸工事がされているので自然沼ではない。
→ 印旛沼、伊佐沼も護岸工事はしてあるでしょう?
③・手賀沼は北千葉導水路で水路代わりにされている。
→ 印旛沼も東京湾に水を流せるように水路(新川~花見川)が掘られています。
④・手賀沼と印旛沼は同じ沼
→ いやいやいや、ちょっと離れすぎでしょう。縄文時代ならともかく。
このように『関東地方でも印旛沼に次ぐ広さ』という記述による縛りがある以上、2位にするのはちょっと厳しそうです。ただし、その表現を無視すれば1位することはできそうです(笑)。
たとえばこういうので。
『霞ヶ浦も印旛沼も手賀沼も昔は「香取海」の一部だったし、今も水路がつながっているから一緒の湖沼』
先ほど少し触れましたが、縄文時代には今の千葉と茨城の県境付近には、霞ヶ浦、北浦から印旛沼、手賀沼までが一続きになった「香取海」という大きな内海が存在していたそうです。その後の寒冷化による海退と、鬼怒川を中心とした河川による土砂の堆積で徐々に陸地が広がり、利根川の東遷と浅間山噴火による土砂堆積、そして干拓事業によって現在は完全に切り分けられてしまいました。が、ルーツは一緒。それに、今でも利根川水系の一部です。これはもう一つの湖沼と考えることにしましょう。そうしましょう。そうすれば、前にも触れた霞ヶ浦の水深が適用されるので、印旛沼も手賀沼もリストから外れます。これで伊佐沼が関東1位やったぁ!!
え? だめですか!?
しかたありません。では、こういうのはいかがでしょう。
『千葉県は利根川と江戸川で日本から切り離されている離島。だから関東ではない』
これで伊佐沼が関東1位になりました。よかったですね!
茨城県の関係の人も千葉県の関係の人も怒らないでください。
ここまで読んでこられたみなさんにはわかっていらっしゃるとは思いますが、当然冗談です。すみませんでした。
いろいろとふざけたことを書いてしまいましたが、まじめな話に戻します。
これらの結果からわかることは、どういう条件を付けるにしても『伊佐沼が関東2位の広さの沼だ』はあり得ないということです(私の知らない「関東地方」の「自然」の「沼」等に関する条件があって、それを適用しているのなら話は別です)。
こんなことは、ちょっと考えればおかしいと気付き、ちょっと書籍で調べればすぐに間違いだとわかるはずなのに、あたかもそれが真実であるかのようにネット上に情報が垂れ流されています。
何でそのようになったのかはわかりません。おそらくは誰かが思い込みや伝聞で書いた記事をもとにウィキペディアの記事が執筆され、それを色々な人々が次々と引用して今に至っているのではないかと思われます。
川越市のHPから『関東2位』の文言が消えているところを見ると、川越市の担当の方は賢明にもお気づきになったのでしょう。ウィキペディアの方もどなたか賢明な方がご修正いただけないものかと切に願います。(注2)
ウィキペディアは誰にでも編集が可能です。いろいろな人が編集に関われるため、これまでの百科事典等ではとても触れることができなかったような専門的であったりマイナーだったりする事項でも調べることが可能になっています。反面、誰でも編集できるため、一方的な主義主張や個人的な感想に類する内容が含まれている可能性もあります。
確かに最近は文中に『(要出典)』等の注意書きも増えてきましたので、信頼性に欠ける情報をある程度選別できるようになってきていますが、この伊佐沼のページにある『関東地方でも印旛沼に次ぐ広さ』の記述に関しては、根拠がわかる出典が無いにもかかわらず、注意書きは見られませんでした(令和3年8月11日現在)。
たくさんの人の手が入っていてネット情報の中では比較的まともなレベルにあるウィキペディアですら、明らかに疑問符の付くような情報が平気で書かれています。そう、むやみに信じることは危険なレベルなのです。しかし、残念なことに、おそらくそれをソースにして、真実かどうか定かでは無いような情報が世に拡散されてしまっているのです。
今回、伊佐沼のことを取り上げましたが、正直、伊佐沼の広さが何位だろうと、その地域に関係する人たち以外にはどうでも良い(失礼!)ことです。ただ、ネットの情報の中にはどうでもよいでは済まされないようなものもたくさんあります。
自分で理解するためだけならネットの情報を利用することは手軽で便利で大変結構なことです。しかし、その情報を他人に拡散してよいかは、厳重に吟味してから行っていただきたいと思います。自分がよかれと思って気軽にした行動が、誤りを真実として人に信じ込ませたり、悪事の片棒を担ぐいだりすることになる可能性もあるのですから。
※2021/8/22Wikipediaを修正しました。以下の不忍池、洗足池に関する文章は、それ以前のデータに基づいた内容です。
注1
ちなみに、ウィキペディアの『日本の湖沼一覧』リストを見て「不忍池や洗足池って意外と大きいんだね。でも何で筆者は順位に入れてないんだろう?」と思った方はいらっしゃいませんか?
なぜ入っていないかわかりますか?
理由は『東京は東京であって関東じゃない。』から。
例えば選抜高校野球大会の出場校を決める秋の野球大会は、関東大会と東京都大会がなぜか別に実施されます。なお、関東大会には山梨県が入っていますので、山梨を入れなきゃだめだろうという人がいるかもしれませんが、ご安心ください。山梨の伊佐沼よりも大きい湖沼は全部「湖」と付くうえに、水深も10m以上ありますので「沼」の範疇から外れます。だから入れなかったのです……
ごめんなさい。ウソです。ただ単にウィキペディアのリストのデータが間違っているからです(それぞれのページでは正しいデータが記載されています)。不忍池の面積は1.1k㎡ではなく0.11k㎡、洗足池は0.41k㎡ではなく0.041k㎡です。
注2
こう書くと「ウィキペディアは誰でも編集ができるんだからおまえがしろよ!」と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。ごもっともです。しかし、私にはそれはできません。なぜかというと、括弧書きで『私の知らない「関東地方」の「自然」の「沼」等に関する条件があって、それを適用しているのなら話は別です』と述べましたが、もしかすると私が知らないだけで、伊佐沼が関東2位の広さであるという確たる理由があるかもしれないからです(私には根拠は全く思いつきませんが)。そして、私は湖沼の専門家でも何でもありません。どんなに怪しいと思ったとしても、私がもっている材料だけで訂正を行うなど、おこがましくてできたものではありません。
ちなみに、私はこの日本の湖沼一覧(関東)のリストの中に挙げられた沼のうちでは、茨城県の菅生沼が一番好きです。理由は、結構な広さなのに浅くて、葦なんかの水草が大量に繁茂していて、これぞ「自然の沼っ!」って感じがするからです。
コロナ騒ぎが治まったら、是非みなさん菅生沼を訪れてみてください。茨城県自然博物館なんかと併せて回ると十分に一日楽しめますよ。