「誘拐事件勃発!?」
「誘拐事件勃発!?」
カブトムシ狩りに饗するあまり山で迷うサクラと飛鳥。
すると謎の一団が。
よく見ると武装はしているし誰か誘拐しているではないか!
サクラと飛鳥、救出に動くが相手も本気で応戦してくる!
こうして事件は始まった!
***
「大量や~!! うははははっ!!」
山の中で、飛鳥の高笑いが響く。
50センチくらいありそうな大きな特製の虫篭の中に、大量のカブト虫やクワガタ虫が入っていた。
「花火大会、盛大だな……あたしは花火見ながらのんびりジュース飲んでるんでも良かったんだけどね~」
花火は遙か南の空……カブト虫を獲るため、つくづく遠くまで来たもんだ……と感心していいやら呆れていいやら……というのがサクラの心情である。
そう、サクラたちは随分遠くまで来たのだ。というのも、飛鳥の考えたカブト虫狩りは森の中を行くのではなく、蛍光灯に集まるカブト虫を捕獲する作戦だったからだ。カブト虫は蛍光灯に集まる習性がある事を飛鳥は知っていて、町にある蛍光灯を片っ端から回っていたのである。森の中をさまようより効率がいい。都市部と違い田舎の蛍光灯は目立つから、次のポイントを見つけるのは簡単、光に向かって突き進めばいい。勿論徒歩ではない。飛鳥はメイド・イン・JOLJU製のコンパクト折り畳み電動自転車を持って来ていて、それをフル活用していた。電動自転車というが、形が電動自転車の形になっているだけで漕がなくても時速50キロまで出せる、ほとんどバイクなのである。ちなみにサクラは時速40キロで飛んでついていくのでやはり速い。
「このペースでどこまでいくわけ? 気付いたら日本海……ってオチはないだろーな?」
「それはそれで面白い試みやないカイ? 爆走万歳っ!」
「そういうのはせめて原付でもいいから免許取ってから言え」
「後二三箇所回って、それから帰ればええやろ」
もう飛鳥は次に行く気で、山の方にポツリとある蛍光灯を指差した。ざっと2キロくらいはありそうだ。
まぁこの時間でこんな山中なら、怪しい電動自転車が爆走していても少女が空を飛んでいても気付かれることはないだろうから別に構わないのだが。
それから二箇所回って、さらに10匹ほどカブト虫を捕まえた。もう虫篭は一杯だ。
「アンタ、こんなに獲ってどうすんの?」
呆れながらサクラは呟く。何せ50センチ×30×40センチはある大きな虫篭、もう何匹入っているか分からないほどウジャウジャといるカブト虫だ。このまま旅館に置いておくのか? 曲りなりにも商品用なのだから、その間の世話も必要である。
しかし、そのあたりの計画もばっちりだ。
「じゃあ、風禅のじっちゃんと仕分けしてくるJO!」
JOLJUはそう言って自分の身長ほどある虫篭を背負ったかと思うと、一瞬で姿を消した。
「JOLJUがテレポートでそのまま東京の爺ちゃんに届ける! 爺ちゃんも待機していて、梱包して明日には出荷や! 産地直送、大儲けっ!!」
「成程な……そういう計画力はさすがというか、なんというか……」
どうしてこの行動力が勉強に活かせないのだろう……と、サクラはいつも思う。勉強だけでなく、飛鳥の行動力や発想は、もっと正しい方向に使えば全然人生が変わるんじゃないか、と思うのだが、それを言っても本人は変わらないので口にしない。
ということで、ようやく帰路につくことになった。
しかし問題がないわけではない。というより、大きな問題が二人の前に横たわっていた。
「ここ……どこなんやろーな」
「迷ったンかいっ!!」
「ただひたすら光を求めて走り回ったからな……。もうここがどこかさっぱりワカラン。まぁアレやな! 花火を目印にテキトーに進んでたら、そのうちわかるやろ。田舎やから道は単純やし」
「いう事はもっともだけど……花火、滅茶苦茶遠いンだが」
まだここからでも打ち上げ花火は見える。見えるが、僅かに見えるくらいで、そこに至るまでは真っ暗な山……道なんかほとんど見えない。しかし飛鳥の言うとおり、田舎でそんなに道が交差しているわけではないから迷わないかもしれない。
……と、考えたサクラも、飛鳥とJOLJUのノー天気に毒されすぎたのかもしれない。
僅か10分後……二人は完全に山の中の道で迷っていた。どうやら山間に入り込んでしまったらしく花火は見えず、遠く南のほうで微かに音だけが聞こえてくるだけだ。
「このまま森で伝説の高額クワガタ、オオクワガタを探せ! っていう天の啓示やろーか」
「早く帰れっていう啓示だ! 目印の花火が終わったら本格的に迷うゾ!」
サクラ一人ならさっさと空を飛んでいけば帰れるのだが、いくら飛鳥でもこのままほって帰るわけにはいかない。
「あ……なんか水の音。川に近くにあるんやないか?」
確かに沢の音がする。そう遠くはない。
そういえばこの町には白芥川という川が流れている事を思い出した。川沿いに行けば、綾宮天狗荘近くまで辿り付く事が出来るのではないか? 山道を勘で進んで迷った二人は、ついつい川のほうを進んでしまった。時に舗装されていない道を勘で進んでいた二人だったが、幸運にも大きな山道に出ることが出来た。サクラの記憶では初めてきた場所で道のすぐ傍に沢があり、川に並ぶように山道ができているようだ。傾斜も下りで、町の中心に向かっている……ような気がする。
「ま、こういう冒険があるのも田舎の醍醐味!」
何事も楽しむ、それが飛鳥だ。田舎の冒険もこれはこれで都会にはない遊びだ。
そう飛鳥が言った時だった。不意に何かの気配に気付いたサクラは足を止め、前を歩く飛鳥の服を強く掴むと強引に物陰に飛び込んだ。
「何するんや!?」
「人の気配だ!」
言いながらサクラは道を外れ、大きな木の陰に身の潜めた。釣られて飛鳥も同じように木の陰に入る。
その直後……下からぞろぞろといくつもの人の影が見えた。
「なんや? こんな時間に山の中で何してるんや? カブト虫狩りか? 丁度いいやん、帰り道聞こう」
「連中、変よ。誰もライトを持ってないし、無言なのよ!?」
声を落としつつサクラは断言した。
それだけではない。連中から強い殺気を感じ取っている。その雰囲気も尋常ではない。
歩いてくるのは10人くらいの大人の集団ようだ。全員和服で、手には槍や刀、鉈や斧などを手にしている。何人かは猟銃を携えていた。そして全員、天狗のお面を被っている。どう考えたって、誰が見ても異常な集団だと分かる。
しかし……この連中はどこにいくのか……もう山の中しかない場所のはずだ。
サクラと飛鳥は木の陰で身を潜めている。山中の大木の陰は完全に闇で、道の方からサクラたちはまず見えない。
やがて連中が二人のすぐ傍まで来て、気付くことなく山を登っていく。近くにきて初めて気付いた。何語か分からないが、全員何かブツブツと唱えているようだ。
その時、サクラと飛鳥は一団の中に一つ、背の低い人間が混じっていることに気付いた。背からすると、十代前半の子供のようだが、その姿が異常だった。子供は布でぐるぐる巻きの簀巻きのような状態で、縄で厳重に縛られ、引っ張られながら歩いている。
嫌な汗が、サクラと飛鳥の背中を流れた。
「これ……祭りの演出……やろか?」
「知らん。あたしには誘拐して殺そうとしているようにしか見えないけど?」
「そやな。……そうにしか見えん」
飛鳥の表情もさっきまでと違い緊張が漲っている。
「どうしよ……見なかった事にするか、いつもみたいにやるか」
そう言いながら、飛鳥はそっとコンパクト電動自転車をその場に置いた。それを見てサクラはやれやれ、と溜息をつく。
答えはもう出ていた。助けるしかない!
次の瞬間、二人は木の陰から同時に飛び出した。
「てぃやぁぁぁーーっ!!」
飛鳥は突然ライトを点け、その集団を照らす。突然横合いから出現した光に全員が仰天した。その隙に、サクラは子供を引いていた大人に向かって強烈な飛び蹴りを食らわした。
突然の襲撃に、一団はパニックを起こした。完全に虚をついた攻撃だった。強烈なライトが乱れ飛び、襲撃者がどこにいるのか、何人いるのか皆目検討がつかない中、<非認識化>を最高レベルまで引き上げたサクラが、暗闇の中闇に紛れて姿勢を低くした状態で近くにいる大人たちをところ構わず蹴り倒したりタックルで攻撃したりする。この大混乱の中でサクラの攻撃は全く予期できず姿も見えず、何人の襲撃なのかさっぱり分からない。まさか少女二人の奇襲だとは夢にも思っていないだろう。
「何者やーっ!! 何人きとるんやっ!! 綾宮の手下かぁーっ!!」
「ライトをつけろや!! 戦争やっ!!」
「殺せ!! ぶっ殺したれっ!」
罵声が飛び交い混乱は頂点に達しようとしている。だがサクラたちも潮時を心得ているし、作戦もある。長期戦が不利な事はサクラも飛鳥も十分承知だ。いつのまにかライトはサクラの手に渡っていた。それを使って一団を照らしながら、攻撃から一転、サクラは山を猛ダッシュで走る。当然、一団の興味は去っていくライトに集中する。その隙に、暗闇に紛れた飛鳥がドサクサに紛れて誘拐されていた子供のロープを掴み、混乱を利用して森の中に逃げ込んだ。一団がその事に気づいた時は、誘拐していた子供は闇に消え、囮のサクラのライトは50mも下に移動していた。
その時だった。
銃声が響き、散弾がサクラの足元で弾けた。すぐさまライトを道の真ん中に捨て、道の横のある木の陰に飛び込んだ。
銃まで使ってくるということは間違いない。連中は本気だ。対象だけでなく、目撃者まで抹殺する気だ。ただの誘拐でもリンチでもなさそうだ。
「そっちがその気ならこっちもトコトンまでやってやるわいっ」
サクラは腰に付けた四次元ポーチから愛用のS&W M13・FBIスペシャルを取り出すと、まず上空に向けて一発。続いて一団に向けて3発発砲した。
だがその程度で怯む連中ではなかった。二連式の散弾銃が容赦なく火を噴いた。しかし完全に<非認識化>を使っている姿の見えないサクラに当たる筈がない。
サクラは続いて2発、連中の足元に発砲する。さすがここは日本、当てると拙い……という理性がサクラには働いているから警告で済ませている。
しかし、どうやらそうもいっていられないような状況になりつつある。
連中の殺気は本物だ。
逃げようにもサクラたちにはここがどこか分からない。
こうして、サクラが猛烈に危惧した通り、やっぱり事件は起きてしまった。だが今はこの場を乗り切らなければならない。
「誘拐事件勃発!?」でした。
ようやく事件が始まりました。
なんだかよくわからない、謎の一団の誘拐事件。
しかも大勢で山奥で、しかもなんだか儀式ほい?
とにかくサクラたち参戦です。
しかしいくらサクラとはいえ日本で「ただ怪しい一団」を殺すわけにもいかないし、サクラ自身の射撃の腕はそんなに大したものではありません。こいつは玩具として銃を持っているだけで戦闘のプロではありません。
ただサクラが銃撃戦を始めてしまったので、戦闘は本格化してしまいます。
問題はここがどこかわからない山の中。
村にはユージたちがいるが、どうなるのか?
そしてこの誘拐劇はそもそも何なのか?
ついに事件の始まりです。
これからも「黒天狗村」をよろしくお願いします。