「カブトムシ狩り!」
「カブト虫狩り!」
「カブト虫を捕りに行く!!」
宣言する飛鳥。呆れるサクラ。
しかしカブトムシは金になる! 売れる!
だからサクラに拒否権などなかった!
本当にそれだけで済むのか?
***
豪華な晩御飯を食べ終え、温泉にも入り、まったりとしていたところ……。
一人だけ、張り切りだした人間がいた。
「カブト狩りやぁーっ!!」
元気いっぱい、飛鳥が高らかに宣言した。
「はぁ?」
露骨に嫌な顔をするサクラ。すでにサクラは浴衣を着替えて、いつもの髪と服に戻っている。
サクラは時計を見た。20時を少し過ぎている。今、外は綾宮家主催の花火大会の真っ最中で、サクラとJOLJUはコーラを飲みながらそれを楽しんでいた最中である。
「は?」
と、もう一度聞き返す。
そんなサクラを無視し、飛鳥は愛用のパーカーを羽織り、虫除けスプレーを全身に吹きかけている。
「だからカブト狩りや。カブト虫狩りにいくんや、今から!」
「何でこんな時間に?」
「アホかお前。ええか? カブト虫もクワガタ虫も夜行性やないか。今からいかんでどうするねん」
「お前は夏休みの小学生か! 何が悲しゅーて祭りで盛り上がってる中、カブト虫なんか獲りにいかないかんのじゃ! 大体お前そんなにカブム虫とか好きだったか!?」
「大好きやで」
と当たり前のように答える飛鳥。反論しようとしたサクラはすぐに気が付いた。
飛鳥はカブト虫もクワガタ虫も大好きである。理由は単純明快、どちらも東京では金になるからだ。
都内23区ではカブト虫とクワガタ虫もほとんど獲れないので、都内の子供たちの中にはカブト虫はショップで買うものだと思い込んでいる子供も多いのだ。
「お前は別にライブに参加してないから疲れてないし、夜目は利くし、眠らなくてもヘッチャラやん。セシルの演奏会にも興味ないし」
今、セシルは当初のスケジュール通り、村の有力者を集めた身内の宴会でヴァイオリン演奏を披露している。晴菜はそちらに顔を出しているし、ユージやエダ、拓もそちらに顔を出してお酒を飲んでいるはずだ。サクラはそういう日本的な宴会は苦手でここに残っているのである。
飛鳥はお酒が飲めない未成年なので宴会に興味がないから行っていないのだろうと思っていたが、どうやら本当の魂胆はカブト虫狩りにあったようだ。
「花火っていうたかて今日のは綾宮家主催のもので、大本番の町主催のヤツは最終日にドドンっとやるからその時楽しめばええんや!」
「今日でなくていいダロ! 何で今夜なんだ」
「明日、町主催のイベントでカブト虫狩り大会が予定されとるやないか! 貴重なカブト虫が獲り尽くされたらどうするねんっ! つまり、いいカブト虫を取るのは今夜しかない! ちゅーことや! むろん明日のための仕込みもやるからな!」
「オイラは準備オッケーだJO」
いつのまに移動したのか飛鳥の隣で麦わら帽子に虫篭を下げ虫取り網を装備したJOLJUが立っていた。確かにJOLJUの好きそうなイベントではある。
「ちなみにどこに獲りに行くのよ。近所?」
「町全体や!」
「……は……? え……まぢ?」
「まぢや! 時間有限! さっさと出かけるでぇー!!」
……どうやらサクラに拒否権はないらしい……。
……こうして、サクラと飛鳥とJOLJUはカブト虫狩りに出かけることになった。
***
綾宮天狗荘の4階の特別宴会場は50人ほどの町の名士が集まっていた。
セシルはいつものイブニングドレスに着替え、愛用のヴァイオリンを奏でていた。皆がその上品で繊細な旋律を心地よさげに聞き入っていた。私語をする者が誰もいないほど、皆、心ゆくまで音楽を楽しんでいた。
ユージ、拓、エダの三人も宴会に呼ばれ、この場で座っている。
「よかった、皆セシルの音楽を楽しんでくれて。日本の宴会って、結構皆騒がしいもの。ちょっと心配していたんだ」
微笑むエダ。
それを聞き、拓は苦笑した。
「セシルちゃんはやっぱり凄いな」
当然といえば当然である。天才音楽家セシル=シュタイナーの名前は日本でも有名で、テレビでもしょっちゅう取り上げられている。
「クラシックは静かに聴くのがマナーだからな」
ユージは言いながら日本酒をちびりちびりと飲んでいる。もう五合は空けていたが、全然酔っ払う気配はない。ユージは、日本人とは思えないほどの並外れた酒豪で、長い付き合いの拓やエダもユージが酔っ払った姿を見たことがない。
三人共晴れ着の浴衣ではなく、旅館の浴衣に着替えていた。そしてそれぞれの前に宴会用の豪華な山海の珍味と酒が並んでいた。未成年のエダだけは真面目に烏龍茶で楽しんでいる。演奏が終わればここにセシルの席もできる予定だ。
「サクラたちも来たらよかったのに」
残念そうにエダは呟く。
もちろんサクラと飛鳥も誘ったのだが、サクラは「大勢で宴会なんて柄じゃない」と断り、飛鳥とJOLJUも「アルコール飲めへんし、セシルの演奏も珍しくないからパス」と断った。
「あいつら今何してんだ? どっかの誰かと違って二人共そんなに温泉好きじゃないし」
「ゲームコーナーでゲーム……かな?」
「夜中まで帰ってこないだろ」
ユージは黙々と飲みながら呟くように言った。
「カブト虫を獲りに行くってJOLJUが言っていたからな」
「カブト虫……飛鳥ちゃんは相変わらず変なのが好きだね。セシルの音楽のほうがいいとおもうんだけど」
エダは9歳まで東京で育った日本育ちだが、カブト虫の魅力は全然分からない。少なくとも米国では日本ほどカブト虫は人気がないし、興味もない。もっとも、日本的な言葉でいえばエダはお嬢様育ちといってよく、エダの周りではカブト虫を飼って遊ぶ友人がいなかったからもある。
「金になるからな、カブト虫は。割と高値で売れる」
「ああ、そういう事か。ならこのあたりまで来れば沢山獲れるだろう。俺もガキの頃はよく山に獲りに行ったよ。ウチは市内だけどちょっと行けば少しは獲れたから」
「ユージは興味ないの?」
「ない」
ユージはそういうと、空になった銚子を奥に置き、新しい銚子を引き寄せた。
ユージは札幌の出身で、北海道にはカブト虫を獲って遊ぶ習慣はない。その無愛想な返答を見て、拓は苦笑し、ビールを一口飲み、エダのほうを向いた。
「カブト虫獲りは、あれはあれで楽しいんだよ。子供だけじゃなく大人も結構熱中するんだよ? 明日、この町でカブト虫獲り大会があるみたいだから、興味があるならエダちゃんも行って見たら? 東京じゃ中々味わえない、日本の伝統的なアウトドアな遊びだし」
「アウトドアなのか。そっか……折角日本に来たんだし、それもいいかも」
エダは色々想像して楽しそうに微笑む。何から何まで、エダには新鮮で楽しいようだ。
「本当は夜中に獲るんだけどな。こんな田舎だったら、そりゃわんさか獲れるだろう」
そう言いながら、拓はまた苦笑しビールを喉に流し込む。拓なりに昔の思い出を思い浮かべ楽しい気分になっているようだ。ユージだけは興なさげに黙々と地酒を楽しんでいた。
「カブトムシ狩り!」でした。
そう、カブトムシやクワガタは売れるのです。
ちなみに養殖できるカブトムシのほうが実は安く、クワガタのほうが高価です。
さて……この「黒天狗村」は日常系ではなく長編殺人事件というジャンルであるからして、ぼちぼち事件が起きる……まさにこの飛鳥の行動はその発端というべき! そう、ついに事件が始まります。
夏祭り、夜、カブトムシ狩りで山の中……いろいろセットは揃いました。
ユージたちは宴会中で動けない!
さて、何が起きるか!?
事件はこれからです。
これからも「黒天狗村」をよろしくお願いします。