「神楽舞い始まる!」
「神楽舞い始まる!」
ついに祭りの前祭一番の目玉、神楽舞!
サクラたちもそれを楽しむ。
が、
妙な反応をするJOLJU。
そして妙な気配を感じ取るサクラとユージ。
これはいったい何だ?
***
8月11日 18時15分。
陽が傾き、薄暮が辺りを包み込み、空には星がいくつも輝き始める。
そこに、響く鼓の音と蜩の鳴き声と提灯の明かり、人々の賑やかな声が、祭りを彩っていた。
「もう始まってるぞ! 早く行くで!」
皆を先導していた飛鳥が振り返り声を上げる。
「神楽舞か……あたし、初めて観るから楽しみなんだ♪」と楽しそうにはしゃぐエダ。
「私もです! 西洋の巫女舞とはやはり違うんですか?」と同じくはしゃぐセシル。
「知らん。あたしも初めてじゃ」と、ぶっきらぼうに答えるサクラ。
三人の外国人美少女が艶やかで美しい浴衣姿で歩いている……他の人間が見れば、別の祭りが始まりそうな光景なのだが、周囲の人間がこの目立つ少女たちに気付くことはなかった。エダとセシルの腕にはJOLJU特製の<非認識化>のブレスレットがあり、サクラは自分の能力で<非認識化>を使っているから、三人の存在を周囲が気付くことはない。周囲には「ただ浴衣姿の女の子たち」としか見えていないのだ。そして、三人の後ろを歩く黒甚平姿のユージと濃紺色の浴衣姿の拓の腕にもブレスレットがしっかり付けられている。付けていないのは飛鳥だけだ。が、飛鳥は音楽ライブのときはドデカいお面を被っていたし、服装も皆と違いどこにでもいる若者の格好なので気付く人間はいない。
すでに舞台の上では、笛や太鼓を吹く巫女が音楽を奏でていた。
これが大天狗祭り前祭りの本番である。多くの町民が舞台を取り囲むように密集し、その外側には観光客が溢れていた。とても割りこんでは入れる状態ではなかったが、晴菜が皆のために一番前の特等席を人数分用意してくれていたので、皆は周りの邪魔にならないよう静かにそこに移動した。できるだけ多くの人に見てもらうために、前の方は地面に座るようになっている。もちろん地べたではなく、ブルーシートに座布団が用意されていた。それでもギリギリ座れるくらいの余裕しかない。ということで、少しでも楽に座れるようにとJOLJUだけはユージの頭の上に乗っかり観ることになった。
皆が揃って座ったとき、晴菜が振り返る。
「今度は皆が楽しんでいってね。ああ、あまり大声の私語は厳禁だから気をつけて」
「了解や~」
全員静かに座り終えた時、笛と太鼓の音は激しくなった。
それと同時に、舞台奥の渡り廊下から、大きな天狗の仮面を被り、小さな鈴が無数についた大きな神具を持った、白く長い髪の小柄な巫女が姿を現した。巫女は、鈴を鳴らし、舞いを踊りながら舞台の中央に向かって歩いてくる。
これからが、黒酉神社神楽舞の演舞本番である。
笛や太鼓の音に合わせて、長い付け髪を振り鈴を鳴らしながら演舞を始める。動きは静かで激しさはないが、その動きに無駄も澱みもなく神韻としたもので、照明代わりの松明の明かりに照らされ神々しく美しい。
やがて、巫女は祝詞を歌い始めた。声は小さく、意味はよく分からないが、低くて美しい声だった。
「JO?」
と首を傾げたのはJOLJUだった。
僅かにユージとサクラが気付いたくらいで周りは気付かなかった。
太鼓や笛の音はテンポを上がる。そして、神主と思われる初老の神主が、太刀と小さな木の箱を三つほど抱え、舞台中央にやってくると、舞を踊る巫女の前に恭しく木の箱を置き、太刀を巫女に手渡した。
「天命なり」
巫女がそう叫ぶと、笛と太鼓はさらに激しく鳴り響く。そして巫女は恭しく手にしていた神具を床に置くと、被っていた大天狗の面を脱いだ。そこに現れたのは、まだ十代前半と思われる、中性的な綺麗な顔立ちを持った少年だった。巫女ではなく男舞いだ。
笛と太鼓がピタリと止む。少年は、被っていた大天狗面を一番左の箱の上に置くと、太刀を構え、真ん中の箱に振り下ろす。そして続いて素早く右の箱にも太刀を降ろした。砕けた箱からは、紙が舞い上がった。少年を舞った紙に恭しく一例し、紙に太刀を突き刺しそれをそっと掴み上げた。そしてその紙を読み上げる。
「恵み非常に大なり! 供犠満足! 奉げぇ!! ソの数、春夏秋冬なり~!!」
その瞬間……見ていた町人たちの間から、大きなどよめきと嘆息が聞こえた。予想以上に大きな声に、サクラたちも少し驚く。周囲を見ると、驚いている様子はなく、どこか落胆しているような……どこか哀しげな雰囲気があった。
その後また一舞いがあり、大天狗神楽舞は終わった。
こうして、大天狗祭りの前祭りは終わった。
***
帰路につく一同。綾宮天狗荘までの1.2キロを全員が連なって歩く。
「終わったね。なんだか凄かったね」
終始楽しそうなエダ。
「神楽舞って、巫女舞と聞いていたんですが、少年でしたね」
満足そうにはしゃぐセシル。
それを聞いて、拓が説明する。
「男が巫女の真似をする祭事もあるんだよ。京都だからな。稚児さんがやる祭りもあるしね。祇園祭なんかは少年の稚児が祭事のメインだし」
「あの子、黒酉神社の跡取りで、ナツ君っていうんだ。私の母方の従兄弟になるんだけど、この日のために半年以上猛練習していたんだよ」
晴菜が喜々としながら説明した。
「ということはあの少年もこの町の名家の子なん? 晴菜さん」
「うん。北崎家は代々大天狗祭りを司るこの町の五大名家の一つよ」
「五大名家! ええな! いかにも田舎の風習ってカンジがして!」
「それ褒めてないJO」
こうして賑わう皆の後ろを、サクラとユージの二人が会話に加わることなく歩いていた。
サクラは無言で、周りを時々見渡して歩いていた。
「買い食いはほどほどにしとけよ。露店は明日も出るし、晩飯は旅館で用意されているからな。ま、旅館の豪華な飯より露店がいいなら好きにしたらいい」
「そういうんじゃないけど……」
サクラは目線を前に戻した。
「何だろう……なんか……なんかちょっとしっくりこない」
祭りが終わってから……場の雰囲気がどこか重苦しく変わった気がする。
全体が、ではない。
ポツポツと、部分的だがそういう雰囲気があったような気がする。
そのサクラの呟きを、ユージは否定しなかった。
ユージもその妙な気配に気付いていた。
殺気……というほど強い意志ではなく、何か悲痛な哀しみのような気配だった。ユージはその雰囲気をよく知っている。救急医療の場で、手も足もでず患者の死が確定した時に家族たちが醸し出す、己の非力さと悔しさ、悲痛と哀しみと不幸になんとか耐えようとしている、心の慟哭が乱れ舞う悲劇の雰囲気……。
あの神楽舞に何か不吉な意味があったのだろうか?
いや、全体的には盛り上がっていたし、演舞のとき出た卦も<恵み大>と出て、良い吉兆で締めくくられていたではないか。
サクラは考える。
が、分からない。
そもそもあの祭りはああいう雰囲気で終わるのだ、といわれればそういうものなのかもしれない。そのくらい曖昧な雰囲気で、絶対に何かあるのかと聞かれれば自信はない。それはユージも同じで、明確な何かがあるわけではなかった。
「そういえば……神楽舞の祝詞の時だけど、JOLJUが一瞬変な反応しなかった?」
「したな」
「あの祝詞、日本語じゃないよね? 日本の古語でもないようだし、どの世界の言葉でもないようだけど、意味は何なんだろ?」
サクラは母国語同然完璧に喋れる言語が23言語、普通に喋れて理解できる言語を入れれば50以上。知識としてなら100以上は理解できる。その中には古代中国語も日本の古典も含まれているが、あれはさっぱり分からなかった。
「意味はメチャクチャだ、とJOLJUは言っていた」
その事はユージも気になったので、終わって早々JOLJUを捕まえて聞いていたが、あの言葉自体何の意味もないという。晴菜に聞いてみると、古くから伝わった言葉で彼女たちもあの言葉の意味は分からないという事だった。
「昔の天狗の言葉なんだろうな。天狗が出たというのがホラじゃなきゃ、その正体は異国人か何かだろう。妖怪だったとしても、独自の言語を持っているだろう。何かしら言語が存在したのであれば、JOLJUがまるで知らないはずがないし分からないはずがない」
「妖怪の言葉、ねぇ……」
神や妖怪の存在を全く信じていないサクラは首を捻った。
しかし、仮にそうだとしてもJOLJUなら一言聞けば理解してしまう。ああみえても知力測定不能の異星の元神様で、全宇宙の全言語を知っている。あの祝詞だけで何かしら天狗の正体に気付いたのではないか、とサクラは思った。
そういうことであればJOLJUは語りたがらない。
信仰や宗教に関わる発言を極力しないというのがJOLJUのマイ・ルールだ。それでも、その存在が一般的に考えて人を害するものであればそれとなく忠告してくれる。そうしなかったということは、天狗様はそんなに悪い存在ではないということか……。
「そういう謎解きは飛鳥と二人でやれ。俺は事件さえ起きなきゃそれでいいんだ」
そういうとユージは黙った。
ユージが危惧するような事件の匂いはない……と思う。それに、ユージの言うとおり天狗の謎解きは飛鳥を入れてやってみるのもいい暇つぶしになる、とサクラは思った。
「神楽舞い始まる!」でした。
というこど祭り最初の山場が終わったわけですが……何か奇妙な気がするサクラです。
つまりこれこそ事件の予感! 今回の謎の全ての始まりは、実はこの神楽舞!
そう、この瞬間から村の忌まわしい闇の習慣が動き出していたのです!
しかもそれはじき判明します!
ついに始まる事件編!
さて、祭りが終わって夜……飛鳥が言い出したとんでもないこととは!?
ようやく「黒い天使」らしくなってきます!
これからも「黒天狗村」をよろしくお願いします。