ヴェロキの邂逅 1
「***、この書類明後日まで完成させろ。」
「え………、あ、はい。」
そう言った途端、目の前に書類の山が積まれた。
彼のデスクの天板が、この書類でとうとう見えなくなった。
「………はぁ。」
鬼の様な上司に気付かれない様に、彼は小さく溜め息を吐いた。
彼が勤めている会社は、所謂ブラック企業だった。残業で0時を過ぎたとしても、残業手当が出なかった。土日祝日も仕事は当たり前、暴力が無い代わりに罵詈雑言の嵐。
過労死寸前で辞める人が続出、実際に過労死をしても、会社の権力で揉み消すと言う、史上稀に見る最悪な企業だった。
(何でこの会社に入ったんだろう………。)
彼の後悔は、何十回も心の中で呟かれ、渦巻いていた。
「はぁ、………終わった!」
伸びをしながら辺りを見渡すも、誰もいない。時計を見ると、針は全て頂点をとっくに過ぎて、もうすぐ1時になるところだった。
こんな時間なら、コンビニ寄って弁当を買うしかない。
彼はパソコンの電源を落とし、使い古した鞄を持って会社を後にした。
終電はとっくに逃している為、歩きで家に帰る。その道中でコンビニに寄るつもりで曲がり角を曲がった時、
「キャアアッ!!」
絹を裂いた様な女性の叫び声が、曲がり角の先にあるコンビニからした。
何事かと慌てて駆け付けると、覆面姿の強盗がいた。その手には、鉈が握られている。
駐車場で女性が腰を抜かしているところを見ると、先程の叫び声は、この女性が発したものだろう。
「大丈夫ですか!?」
彼はその女性に駆け寄る。
「い、いきなり強盗が入ってきて、………怖くなって、出て来たの。」
女性の顔は青冷めていた。彼は、女性の震える肩に手を置き、
「今すぐ、警察に連絡して下さい!俺はここで貴女を守りますから!」
その時、
「テメェ、警察に電話すんじゃ無ぇよ!」
店内にいたはずの強盗が、外に出て来た。
「は、早く連絡を!」
「はいっ!」
女性は慌てて鞄からスマホを取り出し、番号を押す。
「おい、止めろ!」
強盗は女性に駆け寄った。
(このままじゃ、女性が殺させてしまう。)
そう思った彼は、強盗を後ろから羽交い締めにした。
「クソッ、放せ!」
暴れる強盗に彼は、ただ必死に抑えた。しかし、
「あっ!」
何の拍子か、拘束した腕が振りほどかれてしまった。
(マズい!)
そう思った瞬間、強盗は振り返り、
………鉈を彼の頭に振り下ろした。
うっすら見える、赤く点滅するライト。
そこには、警察に保護されながら歩く女性の影があった。
(ああ、………無事に守れたんだな。)
彼の意識は、これを最後に消えた………。