ヴェロキの戦闘
ファントム・ナイトがいる場所は、城の隣に建てられたコロシアムの控え室だった。
「大丈夫か、ヴェロキ?」
「まあな、大丈夫だ。」
心配そうな声を出すシロントに、普通を装って答えるヴェロキ。その時、ティタノも声を掛ける。
「ほ、本当に!?」
「大丈夫だって、安心しろ。」
一方クロノは、一切喋らなかった。
ドロース国王が出した証明方法は、実際にヴェロキだけで戦闘してみせよと言う事だ。対戦相手は聞かされていない。
「ヴェロキ殿、準備が整いました。こちらへどうぞ。」
扉を開けて、兵士が現れた。
「よし、行くか。」
スッとヴェロキが立ち上がる。
「頑張れよ。」
「気を付けてね。」
「ああ。」
すると、クロノがいきなりヴェロキの首に飛び付いた。
「なっ、クロノ!?」
「………死なないでね。」
真っ赤な顔のクロノ。そのクロノの頭を、ヴェロキが軽く撫でる。そして、
「………ああ、俺は死なないよ。行ってくる。」
「うん、………行ってらっしゃい。」
………シロントとティタノは後に、この甘ったるいこの光景を新婚夫婦だと話した。そして、キスをしなかった事に物凄く違和感を覚えたと言った途端に、クロノが暴れだしたのだが、それは別の話である。
ヴェロキは、コロシアムの中央に進んできた。その途端に、観客席から歓声が上がった。
反対側には、二本足の竜がいた。
一目見ただけで、ヴェロキには個体名が分かった。
「ワイバーンかよ………。」
二本足のワイバーン。前足こそ無いものの、機動力はドラゴンを上回る竜である。
『我に恥を掻かせた愚か者よ!ここが貴様の墓場だ!!そのワイバーンによって、死ぬがよいわ!!!』
拡張された、ドロース国王の声が響いた。
途端にまた、歓声が上がった。
ルールは基本無い。どちらかが死ぬまで戦うのだ。
単純明快なルールは、ヴェロキにとって嫌いじゃなかった。
「グロロロロ………。」
唸り声を上げるワイバーン。その前でヴェロキは、不気味に微笑んだ。
「さて、やりますか………。隠していた武器があるって知ったら、アイツら怒るかな………?」
おもむろに懐から、長さ五十センチの四折りの鋼鉄製の棒を取り出した。その先には、片刃の刀身が付いていた。
ヴェロキは、それを伸ばした。前世の記憶がある者は、この武器を『薙刀』と言うだろう。
刃を含めて、長さ約二メートル三十センチ。
それをヴェロキは左右に軽く薙いで、柄尻をドンッと地面に突いた。
「何あれ………。」
「………知らないし、見た事も無いよ。」
「………ヴェロキ。」
クロノ達は、ヴェロキの武器に呆然としていた。
三人は、観客席から見ている。周りはうるさい程歓声が上がっているが、三人の耳には入っていない。
「何にせよ、あれでワイバーンに勝てるのか?」
そう、三人の心配はこの一点だけだった。
クロノは無意識に、両手を胸の前で組んだ。そして願う。
(お願い!死なないでヴェロキ!!)
風切り音の中、ワイバーンの足の鉤爪がヴェロキに襲い掛かる。それを紙一重で躱しながら、リーチのある薙刀で斬る。
しかし、ワイバーンの硬い鱗によって、刀身が弾かれる。
カウンターが来たとしても、ヴェロキの「ラプラス」の力で先を読み、またしても躱した。
ワイバーンは一撃も当てられずに、ヴェロキは決定打が入らずに、時間だけが過ぎた。
「チッ………。」
中々決定打にならない事に、ヴェロキは苛立った。
ヴェロキの攻撃の殆どは、カウンターである。それ故、大した威力は持っていない。
「なら、一か八かだ………。」
そう言ってヴェロキは、再び懐に右手を入れた。そこから、カチリと言う金属音がした。
何度目か分からない、ワイバーンの鉤爪の攻撃が来た。それを再びヴェロキは、紙一重で躱わした時、
「はっ!!」
薙刀を棒高跳びの要領で地面に突き、ワイバーンの背に着地した。
「何!?」
ドロース国王はふんぞり返っていた肥満の体を起こし、自分の目を擦った。
「ヴェロキ!」
「やった!」
シロントとティタノは、ヴェロキの行動を瞬時に理解していた為、着地した途端に歓声を上げた。
その隣のクロノは、何も言わず、ヴェロキの事だけを見ていた。
「ここなら、攻撃も出来ないだろ!?」
ヴェロキはワイバーンの後頭部に向かって、取手の着いた金属棒を突き付けた。それは、地球の文明において、強力な火器である、「拳銃」であった。
ーーードオォォン!!
轟く音が大気を震わせた途端、ワイバーンの体がグラリと傾き、そのまま頭から墜落した。
ヴェロキはワイバーンが墜落する直前に離脱し、怪我の一つも負わなかった。その手には、黒光りする拳銃が握られていた。
砂煙の中、後頭部を撃ち抜かれたワイバーンの死骸が姿を見せた直後、今日一番の歓声が上がった。