一方的で圧倒的 2
「進めぇ!!歩みを止めるなぁ!!」
鉄砲水を受けて尚、魔王軍の兵は数をほとんど変えず進軍を続けている。一軍の半数を失う攻撃を確かに受けたにも関わらず何故か。理由は、軍にいる魔法師にあった。
「………『降霊術・不死者』。」
怪しげな魔法陣の光が魔王軍の死者を包むと、土色に骨張った肌をしたゾンビ兵となった。頭を大きく揺らしながら、虚な目をして、再び歩みを進める。しかしこの者はもう、話す事は無い。飲食すらも必要の無い死した操り人形と化した。
かつて魔王軍に村を蹂躙された者がいた。その者は意識が途切れる直前、偶然にもその代の魔王サウロプス=ギガトルがその村人を見下ろしていた。最早これまでと村人は悟り、魔王に向けて口を開いた。
「何故………魔王、軍は………強い………。」
その消え入りそうな問いに、魔王はせめての慈悲と思ったのか、一言告げた。
「魔王軍は死を認めない。」
奇跡的に生き延びた村人は後程、魔王軍の事を聞かれる度にこの台詞と共に、決して触れてはならないと話したと言う。
後世に伝わるうちに、この台詞は魔王軍を語る上で必須の代名詞となった。
その実、魔法師の術によって蘇った兵士が蹂躙をすると言う形態にあった。「死を認めない」とは、「死しても尚兵士としてあり続ける」と言う事。
死と言う概念を握り潰し、嘲笑い、自然の摂理を無視する禁術・死霊術。それこそが魔王軍の最強たらしめる理由だった。
「予想通り、我が軍を潰しに来たか………。」
魔王軍最奥・魔王直轄軍。またの名を『鮮血剣軍』。簡易ながらも装飾豊かに施された椅子に座るのは、代替わりして間も無い魔王・アザルシアン=ボルケルス。
黒色の鎧が包むは、過酷を極める軍隊訓練を物語る肉体。無駄な脂肪の無いしなやかな、それでも強靭な筋肉がそこにあった。剛腕は岩を軽く砕き、剣を握れば敵の鎧すらも一刀両断にする。その肉体には古傷は数多く、時には生命の危機に陥った痕跡もある。それすらも彼は、類稀なる精神力で恐怖心を捩じ伏せ危機を潜り抜けた。鋭い目は、熟練の刀鍛冶が鍛え上げた刃の一閃を思わせる眼光を宿し、気迫は最早地を揺るがす錯覚を覚える。
魔法の腕も他とは格が違った。生来より魔法の適性のあった彼は、身体強化を最も得意としている、白兵戦のエキスパートであった。
当時魔王軍最強の軍人として名を馳せ、今はアザルシアンここにありと軍を進行させる魔王である。
しかしその手は、首筋を無意識に撫でていた。そこには一筋の、ゾッとする程深く致命傷になりかけた古傷が走っている。
「だがやっとだ………。やっとこの日が来たか………。待ち侘びたぞ………。」
アザルシアンは然程感情豊かでは無い。しかしこの時の彼は確かに、久しく忘れていた高揚感を覚えた。口角が知らず知らず上がる。その表情は、気迫を更に増大させていた。
彼が竜種に進軍した訳は、竜種の行いが理由では無い。たとえ人族を差し出して降伏したとしても、進軍を止める気は無かった。手紙の内容はあくまで建前だからだ。
真の進軍目的は、『復讐』。
魔王軍最強の軍人と評されるよりもずっと前、アザルシアンが魔王軍に入隊して初めて戦場に立った時。初陣は竜種との小さな衝突だった。当時はまだ一新兵だったアザルシアンは、他の同期と共に竜種の兵に向けて無我夢中で突撃を繰り返していた。周りには気心の知れた同期、負ける気がこの時まではしなかった。
一瞬の事だった。
虫の知らせとでも言うべき直感が彼を襲い、反射的に盾を掲げた。直後、強力な突風が同期達の胴を切り離した。アザルシアンの盾にも襲い掛かり、盾ごと吹き飛ばされた。
何が起きたのか、全く分からなかった。
飛ばされながらも同期達の悲鳴が耳を劈く。血が撒き散らされる。グチャグチャと音を立てているのは、切り離された同期達の臓物か。恐怖に顔が歪んだ同期の首が目の前で飛んだ。アザルシアンは大木に身体を強かに打ち付け、崩れ落ちた。同時に左首に激痛が走る。震える右手で摩ると、激痛が更に増して意識が途切れかけた。首を斬られかけたと感じたその時、巨大な羽音が悲鳴の中から聞こえた。
激痛で閉じた目を無理矢理こじ開ける。そこにいたのは、赤い夕日の中こちらに背を向けて飛び去って行く竜の姿。
それを最後に、彼の意識は途切れた。
その後身体が動かせる様になったと同時に、自身の身体を痛め付けるかの様に訓練に打ち込んだ。感情も殆ど出さず、ただひたすら酷使し、いつの日か恐怖心が麻痺してきた。そして数年後、彼は一軍を一人で殲滅出来る程に強くなり、そして数日前、彼は魔王の座に君臨した。
そんな彼の唯一つの目的こそ、この首筋の古傷と今は亡き同期二百人の無念を晴らす事だった。
「その首洗って待っていろ………災害竜………!」
復讐にその生命をかけた新たな魔王、それが彼『復讐軍人・アザルシアン=ボルケルス』である。




