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さよなら、世界。  作者: 不知火 初子
1章 コンニチハ、世界
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【4】大広間の調度品




 ここが食堂としても使われる大広間だと案内され、侍女兼騎士であるアリーシャが扉を開けてくれる。同性にレディファーストな扱いをされるのは、とても複雑な心境だ。


 誰かを従えたりするような行いに慣れることはないだろうな、などと独り言ち、私は大広間へ足を踏み入れた。



 目の前でアリーシャの柔らかそうな髪が揺れる。緩いクセっ毛のミルクティーベージュに導かれるまま奥へ進むと、心からホッとする感覚がある。


 たぶん、この部屋の特徴のせいだ。

 最奥の壁を占めるガラス窓は、この空間に朝日を通し部屋全体を淡く照らしている。


 ほか三方面の壁や床は不規則な並びで木質系素材が敷き詰められ、色は白に近い茶。木目調のソレはどこかのウッドハウスを思わせた。


 そして部屋の真ん中に鎮座する長方形のテーブルは、不規則な木目こそ同じだが手作り感溢れる多少の凹凸があり、色は壁や床と相対するような黒に近い茶だった。

 表面には光沢加工がしてあるのか、窓から射す陽に照らされキラキラと光る。



『なんだか素敵』



 そう。部屋はとても素敵だ。

 でも、何かがおかしい。


 洋装テーブルの上にはバケットやステーキ、パスタやサメひれスープに、同じく塩漬けにしたサメの卵という珍品が並べてある中、自宅でも見慣れた家庭料理の皿が混じっているのを見つけてしまった。


 違和感がありすぎる。

 せめて、どちらか一方にして欲しい。


 そして更に間違い探しは続き――――。



『椅子がない』



 体力の乏しい私に、空気椅子で食事しろと?


 もしくは食事で摂取したエネルギーを即座に消費させる、新手の消化法なのだろうか。


 しかし私の席は奥から二つ目の椅子のおかれた範囲内らしく、先に到着していた男が手招きしてくる。


 なぜ数分前に空の彼方へ飛んでいった彼が既にいるのかはさておき、招きに従い近付けば、男は立ち上がり椅子の背を引いてくれる。


 が、その動きは途中でとまり何事かと振り返ると、そばに控えていたアリーシャと彼が無言で競り合っている。そして、二人の手に潰される勢いで握られる椅子の背もたれは、わずかだがキシッ――――と音がした。



 ……ああ、早く座りたい。



 数分経っても落ち着かない二人の争いに、立ち呆ける私の足の裏が次第に熱を帯びてきた。いい加減ほかの席に行こうかと辺りを見回すと、扉が開き素朴な色のローブを纏った新しい人物が入ってくる。



「大切な客人が立ち呆けているではないか。君たちも早く座りなさい」



 どこか聞き覚えのある声をしているその人は、彼とアリーシャに呆れの一瞥を与えながらテーブルの奥、窓側にある幅の狭い場所に腰を下ろす。



「やあ、昨晩はよく眠れたかな? 奇異な娘よ」



 昨晩の声は、陽光を背負いにこやかに微笑む目前の人物だと、今この瞬間に判明した。



『はい。おかげさまで』



 もちろん良く寝てやりましたとも。

 月明かりが射す加減で視認はできなかったが、この声は間違いなく昨夜の問答相手だ。



「ほっほっ。それは良かった。そなたはこちらへの順応性が高いようじゃわい。普通なら不安に眠れない者もいると聞く。こちらに来た境遇からして奇異じゃからのう。そういうことも有り得ん話ではないが」


 また「ほっほっほ」と笑う姿に、恨めしい目を向ける。


 この老人口調の小綺麗なおじさんは、遠回しに私を図太いと言っているのだろうか。

 あと、さっきから背中越しに届く言い争う小声が止む様子はないのだが、私はいつまで立っていればいいのだろう?


まだ続くのなら、二人には椅子の背から手を離していただきたい。



『あの、二人とも! 座りたいたんだけど!』



 こういうのは勢いが大事だ。

 さっきに比べたら少し小さめの声だったが、後ろの二人は動きを止めた。


 これで漸く座れる。

 そうホッと胸を撫で下ろした時だ。



「ほらっ、彼女も座りたいってッ! 君もッ、席についたらどうだいッ! ごめん、少し待ってッ? 最上級の座り心地の椅子をッ、君に届けるからッ!」


「そちらこそッ、そこな穢らわしい椅子を早く処分して、食事を始めたらいかがですッ――? 大始祖様も、もう席にお着きですよッ――。申し訳ありません、主様――ッ。この邪念にまみれたオゾマシイッ物より、見事に手入れの行き届いた清潔な椅子をッ、わたくしがご用意致しておりますのでッ。もう暫しお待ちくださいッ――!」



 二人とも激しい抑揚をつけながら、終わりの見えない椅子取りゲームを繰り広げている。



「今日の二人はいつもより張りがあるのう。さあ、奇異な娘よ。儂が椅子を用意した故、こちらに座りなされ。騒音に挟まれては、食事も美味しく頂けまい」



 大始祖と呼ばれた老齢の男は、自分の左側へ視線を送る。


 言われるままにその背後を回って移動すると、ずっと何も置かれていなかった場所に椅子が出現した。色はテーブルと同系色で、座った感触は心地良い。



『ありがとう……。ところで、今のは何?』



 はじめから置かれていた三脚のうち、その一つには大始祖様と呼ばれた男が座る。大始祖様から見て右側には対となった二脚が揃って置かれてあり、うち一つにはロベルトという男が先程まで座っていた。


 そして余った三脚目は、いま正しくアリーシャとその彼で取り合っているところだ。


 しかし、テーブルの長さに反して不釣り合いな椅子の数より、突然現われた四脚目に私は興味を惹かれた。

 こちらの疑問に眉一つ動かさず、年老いた男はこちらを見て一度だけ笑みを浮かべる。



「この広間は様々な用途で使用しておる。会議室や雑談、会合それから審議。通常は今のように食堂じゃがな。広くて使える部屋がここしかないのじゃよ。ほっほっほ」


『この部屋で会議なんてしたら、何だか平和に話がまとまりそうね』



 食事はもちろん雑談の場にもなりそうだとは思ったが、会議にまで使うとは少し意外だ。



「なあに。このまま使うわけではないぞ。機会があれば見られるじゃろう、そのうちにな。会議の際は地域ごとの纏め人が集まる故、部屋もそれらしい装いに変えるのじゃ。そなたの世界で言うところの、魔法とやらを使ってのう」



 そう説明はしてくれるが、この優しい部屋がどう一変してしまうのか全く想像できない。



『だからって、どうして椅子だけ無いの?』


「そうじゃのう。……答えは単純じゃな。物は出せる。それが小さきものであれば有るほどに容易いのじゃよ」


『テーブルはいちいち変えにくいってこと?』



 表面を変えられる壁紙や天井、床はともかく、質量の大きいものは取り替えにくいということだろう。特に、この部屋のテーブルは広間の真ん中を陣取るほどに大きいから。



「それはちと惜しいかのう。椅子がないのは、会議に出席する者たちが皆、自分好みの椅子にしか座りたがらないからじゃ。腰が痛くなるだの、硬いだの、背もたれが背丈と合わぬだの文句ばかりでのう。儂はこの椅子を気に入っておるし、皆が座らずとも話し合いに支障なければ構わんのでな。――――じゃがのう……そのまま話を進めようとしたら、皆揃って自分好みの椅子を出してきよってな? 元有った儂のお気に入りの椅子を消しおったのじゃ。もちろん対価に、そやつらの大切なタカラモノを消したがのう」



 最後にまた、ほっほっほっ、と笑い食事を再開する老齢の男。



「……街の長たちが代々大切にしてきた家宝のことだよ」



 宝物と聞き単純に金品を想像したのだが、話の間に椅子取りの収着を迎えたらしい彼がわずかに肩を下げ近寄ってきて、詳細を小声で耳打ちしてくる。


 どうやら大始祖様は、大腹黒様らしい。


 きっと、その家宝を消した時も今と変わらない朗らかな笑みを浮かべていたはずだと考えると、この腹黒始祖様に考え無しの反発をするのはやめようと意識を改めた。



「大始祖様? そのような話をされては、主様がお困りではないですか。ロベルト様もいい加減、諦めて食事についてくださいませ」


「それはすまぬことをした。まあ、そういう輩もおるが、今では大人しくしておるよ」



 悠々と食事する大始祖様の逸話に顔を引き攣らせていると、アリーシャが横から告げた。


 当人はしかし微笑みを浮かべ、更に誠意の感じられない言葉を漏らす。


 それ絶対あんたに対する畏怖と、家宝を消し炭にされたショックのせいだって。

 ダブルパンチでクリーンヒットだったんだって。


 口には出さないけれど、そう確信めいたものがある。和やかな笑みを崩さずに、黙々と朝食を摂る大始祖様を横目で見た。

 そんな時、こちらに移動してきたアリーシャと彼の言い争う声が鼓膜を突く。



「いーや、引けないね! 俺と番の椅子に座らせよう作戦は、どこぞのメイドに粉砕されたからねッ! 希少品だったんだよ、あれッ――! せめて隣でご飯食べたいッ!」



 静かになったから停戦したと思いホッと胸を撫で下ろしていたのに、今度は私の隣に座る座らせないで再戦した二人。



「いーえ、ダメです。主様の隣を、あなたのような穢らわしい生き物で汚染されたくありません! それにアレ、採取違法素材の代物じゃあないですかッ! まったく――っ、あなたって人は度々懲りないですね――っ! 一度、牢屋に押し込んでさしあげますよ‼️」


「やれるものなら、どうぞーっ!」


「言いましたね! 今度という今度は逃しません!」



 視界の右側では、澄まし顔の大始祖様が静かにお茶を啜っている。



『はあ……』



 私は今世紀初のように、盛大な溜め息を吐いた。


 三大だか四大だかの人間的欲求に含まれる食事という行為が、私は好きではない。

 生きる為に必要だから摂取しているだけで、食事そのものに価値を見出したことはないのだ。なので、争う二つの声を無視するため食事に集中する、という芸当は出来そうになかった。


 朝からこの騒々しさは胸焼けものだわ……。

 明けっ広げに顰めっ面を晒していたようで、私の様子に気付いたアリーシャの意識がこちらへ向く。



「主様……先程からこちらの料理には手をつけておられませんが……お口に合いませんか?」



 分かり易くあっさりした味のものにしか箸をつけていないことに気付き、彼女は他の皿をすすめてくれる。が、正直言って濃い味付けがなされた料理の咀嚼は、私には苦行に等しい。


 調理過程だけでなく素材も含めその味が濃いと、どうしても味に飽きがきて少量しか摂取できなくなる。反対に薄味なら、飽きる前にお腹が満たされるので自然とそちらを好むのだ。


 そのことをそのまま伝えるのは何故か気が引けて、けれど返事に困り沈黙してしまった。



「いや、どれもこれも美味い。腕をあげたな、アリーシャ。じゃが、彼女はきっと薄味が好みなのじゃ。まだ若いからのう。他に惹かれるものがあるのじゃろう。儂には食事以外に、生きる楽しみはなくなってしもうたがのう」



 大始祖様の言葉に、アリーシャは納得した顔を見せる。私の気心を棘もなく代弁した腹黒祖様は食事を終え、言うだけ言ってしまうと広間を出て行った。



「まあ、そうだったのですね! では早速、今日の夕食から薄味のものを用意させます!」


『え。あ、うん。これ全部あなたが? ごめんなさい。食べることが出来なくて……』


「いえ、主様に非はありませんッ! 主様のお口に合わせた料理をお出しして喜んでいただくことこそ、わたくし達にとって至高なのですから。では早速、調理場の者にも伝えてきます」



 俯く私を気遣ったのか、勢いよく話して退室するアリーシャの背中にそれ以上何も言えなかった。

 落ち込むのは、自分じゃない。彼女や調理人たちであるのが正しい。


 アリーシャにはあとでちゃんと謝ろう。

 自身が取るべき行動を決め、静かに食事を終えた。






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