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さよなら、世界。  作者: 不知火 初子
1章 コンニチハ、世界
3/31

【2】はじまりを求める者、はじまりを与える者、はじまりを担う者




『そもそも、どうしてそんな呼び方が定着したの?』



 悪魔と契約した事例がどうあれ、誰かが抗議を上げても良さそうな内容だ。


 さらっと千単位の年数が出てきたことには触れず、非を唱えるものはいないのかと訊ねた。

 すると彼は、また難しい顔をして俯く。



「それは、この世界の在り方が原因かな。さっきも言った通り、この世界での地位は魔力の強弱で決まるけれど、生まれ持った《ちから》だけで決められるわけじゃあない。多くの人たちは必死に己の向上を目指し、そうして自分の地位を築いてきたという誇りを持っているから、縦や横の地位的差別も少ないんだ。だからこそ……なのかも知れないけれど、はじめから諦めてしまう親やその人物に好感を持てないんだろうね」



 それでは、あまりにも報われない。


 親の自己主張のせいで嫌われることが、どれだけ遣り切れない気持ちを抱かせるか。

 まだ自立のしようもない子ども時分では、当然強く拒否できるはずもないだろう。

 自我が発達する前の時期でなんて尚更だ。



『でもそうなると、そういう人たちが悪い事をした時、いちばん疑われたりするんじゃない?』



 表向きには弊害がなくとも、裏でそういった差別が横行していないとは限らない。

 彼らを嫌悪する人が国を管理する立場につけば、適当な理由をつけて罰することくらい雑作もないだろうから。


 そんな世界を好きになれるほど、私は自分の生を諦めていない。



「それはないよ。魔人や魔法使いが悪事を働いた場合でも、ちゃんと罰するし。やってない事実を他人に押しつけるような事態を見過ごすほど、上で動く人たちは馬鹿じゃないからね。ま、罪を犯しても地位が下がらない制度を見るに、あながち賢い人たちとも言えないけれど」



 クスッと笑った彼の口調には、僅かな嘲笑が滲んだ。



「それに対等の地位でないと不便もあるからね」


『例えば?』


「主に罪を犯したものを捕らえる時、かな」



 そりゃそうか。

 上位のものを捕らえるのに、下位のものでは歯が立たない。反対に下位のものを上位のものが捕らえようとすれば、強制力がありすぎるのだ。


 説明し終えた彼の表情に、もう険しさはなくなっていた。



『あ。でも、神様だったらみんなを平等に律してくれるんじゃないの?』



 私は特別どこかの宗教に入っていたり、特定の崇める神がいるわけじゃない。だけど自分の中で神様という存在は、全知全能で厳しくも優しい、博愛主義の代表みたいな印象なのだ。


 まあ、私自身は無神論者だけど。

 それでも誰かの生活や精神衛生を支えるのなら、そういう存在がこの世界にもいるのなら、地位も能力も関係なしに正しさは正しく、間違いは間違いとしての分別も付けやすいのではないだろうか。


 自分は神を信じないが、他人が神を信じることについて異論はない。


 そう思い聞いてみたのだが――――、



「かみ、さま……?」


『そう。神様』



 彼からの反応は微妙だった。


 神ないし信仰する対象がいない世界など聞いたことがない私は、どう説明したら良いのか真剣に悩む。それはもう、脳の中心が発光するのではと思うほどに。



『例えば自然のものを使う時に感謝したり、お願いしたりする相手……みたいな、水を守っていたり、土地を守っていたりするモノとか……』


「精霊のことかな。それならいるけれど、君のいうかみさまではないと思うよ?」



 咄嗟に出てきたのがそんな説明では、彼もこちらが何を言いたいのか分からないだろう。


 私としても精霊に対する感想はファンタジーの物語そのままに、光闇火風水土金それぞれを司る印象しか持っておらず、互いに釈然としない気持ちを抱えて暫く沈黙してしまった。


 そんな時、何を思ったか彼が呟く。



「あ。でも、大始祖様はいるよ」


『大始祖様?』


「そう。この世界の始まりと同時に生まれた人」



 自分の口の中がカラカラに乾いていく。


 彼のいう、この世界と同時に生まれた――――ということは、つまり他の自然のままに生きる命を宿すものたちをすっ飛ばして、人類が先に誕生せしめたと考えていいのだろうか。



『じゃあ、この世界の人たちはみんな、その人の子孫なの?』



 初めての人間であり、始めの親でもあり、創まりの生命体として存在しているのだろうか。

 その呼称から、あまり子育てに積極的な印象は持てないのだけれど。


 すると彼は首を横に振った。



「俺らの先祖はまた別にいるんだ。大始祖様はみんなの概念から顕現しているから子孫はいないよ。まあ、どこからどう見ても、ただの人間なんだけれどね」



 最後に軽く笑い飛ばす彼の言葉に、私は苦笑を向けることしか出来なかった。


 ぜんっぜん理解が追い付かない。彼の言う通りなら、彼らの先祖は一体どうやって、この地を見つけ拠点として成立させてきたのだろうか。



「大始祖様のことや先祖たちの成り立ちは、大始祖様に会った時にでも聞くと良いよ」



 隣でうんうん呻りそうな顔をする私に、彼はそう言う。

 これもある規定を越えるかもしれない、という忠告なのかと考えると、ここで過ごすには想像していたより肩身が狭い。


 気にはなるが、深追いはやめておくことにした。



「ほら、もうすぐ街だよ」



 私はわずか気落ちしたが、彼の明るい声に顔をあげる。

 しかし、そこには何も見えない。


 不思議に思い口を閉じていたが、周囲の景色が突然その配色を変えた。無理やりにでも表現するならば、それはプツッ――という遮断と切り替えが同時に行われた感覚に近い。



『え……景色が……』



 自分たちが歩いていたのは、緑と色とりどりの花がひしめく自然豊かな場所だったはず。


 地続きで進んだ足元は様々な彩りの煉瓦で整備された道に変わり、足音や触れる感覚も草や土ではなく、コツコツと軽快な調子を奏でた。


 空は大小様々の不揃いな形の家の連なりに切り取られ、通る風も土気や湿気を帯びてはいない。代わりにどこからか、焼きたてのパンのような香りや洗濯物を乾燥させているような石鹸と太陽の匂いが漂う。


 全ての感覚を凌駕する光景に驚いて動けずにいると、先を歩く彼が背後にそびえる荘厳な建造物を指さした。



「あれを見て?」


『……もしかして、ここを通ってきたの?』


「そうだよ」



 振り返った先、視界いっぱいに広がる大きな石造りの門は雲を突き抜けそうなほど高く、全体を見ようと精一杯後ろに傾けた首筋が少し痛む。


 残念ながら雲は出ていないので高さを推測することは出来ないけど、その建物の上部では薄い靄が発生していて向こう側に見える空がうねる。


 縦長建造物の中心部の奥に見えるのは隣街で、君が通ったはずの景色はこちらからは見えないのだと傍らの男が言った。



『この下を通ってきたんだ……』



 今しがた自分が体験したことを噛み締めるように、立ち尽くして門を眺める。



「不思議?」



 こちらを窺う彼に、上を向いたまま静かに頷く。



「君には緑園が見えていたね」



 それに関しても素直にこくりと頷くと、彼も同じように頷いた。



「俺も仕組みは知らないんだ。他の世界から迷い込んだ人間とこちら側の人間が無意識のうちに接触してしまわないよう、大始祖様が膜みたいなものを張っているらしい。中から外は見えないし、外からも中は見えないようになっている」


『へえ』


「人によってはその存在に気付かないし、嫌な雰囲気を覚えて気持ち悪くなるらしいけれど。君はそんな風には見えないから、特殊な例なのかもね。まあ、普通はこの門すら認知できないんだけれどね」



 そう言われても、あまりピンとこない。私はただ景色を楽しんでいただけだ。というより違和感すら覚えないほど、危機管理能力の低い自分に危うさを感じる。


 しかし、これから大始祖様に会えるのだ。私のような何の取り柄もない者が普通に会える程度の存在なのかとも思ったが、密かに期待で胸がいっぱいだった。



 自分が憧れた生き物たちが住む世界。

 本当は繋がっているらしい、だけど別の世界。


 一体どんな世界なんだろう。

 どういう暮らしなんだろう。


 好奇心が溢れ出るのを、止める気にはならなかった。




 ここはスヒリス街でね、――――というところから、彼によるこの世界の説明が始まる。


 スヒリス街は主に貴族たちが住み、彼らの華やかで淑やかな商いが盛んらしい。



「自分達の趣味で作った物、それから庭園で育てた花や作物を売っているから、値段も凄くお手頃なんだ。まあ金銭面に恵まれた環境だから、生活のためにお金を稼ぐ必要がないせいだろうけれどね」


『そうなんだ』



 確かに、見る限りでも店の名が書かれた看板は扉や窓に吊された小さな木材のみで、大々的に宣伝している様子はどこにもない。

 店内の様子も賑やかさはなく、華美でありながら落ち着きを放っている。


 一階部分が店仕様で、二階、三階部分は住居のような構造をしていた。



「あ。あれ見える?」



 トントン、と肩を軽く小突かれ視線をあげると、遠い遠い先にそびえる白亜の城砦が見える。

 彼はその建物を指さして「あれが、大始祖様の住む城だよ」と言った。


 やはり街中で一際目立つ豪奢な建物として城が存在するのは、どこも共通認識らしい。



『あそこ、どうやって行くの?』



 爪の先に隠れるほど遠い場所にある洋風の白い建物は、快晴の下で眩く屹立しているためか陽炎の中にあるみたいに輪郭が朧気だ。


 どれだけ見積もっても長い道のりになりそうで、相手に悟らせないよう疲労感が増した顔に疑問を貼り付けた。

 私の声に反応して、彼が足下を指さす。



『ん?』


 何も考えず俯けば、そこに在るのはただの石畳。


 あれ?

 でも、こんな無造作に苔が生えたりしていただろうか?

 貴族たちが――趣味とはいえ――商いをする生活区域に、デザイン性に乏しい苔の生やし方はしないと思うのだ。


 首を傾げていると、その地続きで一マスずつ間隔を空けて苔が生えているのを見つけた。

 それを目視できる限り順に追うと、視線のさき真っ直ぐに例の真っ白な城が建っている。



『この苔の生えた石畳を辿れば、行けるの?』


「そうだよ。ただ、距離だけはどうにもならないから、ここから先はまた俺の手を掴んでもらっていい?」



 今更それは用心が過ぎる気がしたが、答えなんて既に決まっている。


 私は何も言わず一度だけ相手と視線を交えてから、手元すら見ずに彼の手を掴んだ。




 ◆◆◆◆




 ちょっと聞いているの⁉︎ どうして何も言わないの! わたしがこれだけ悩んでいるのに!

 ――――ちゃんと聞いているし分かっているよ。俺だってどうしたら良いか分からないんだ。仕事だってあるし……。


 そうやって……いつも逃げて。

 ――――君も疲れてるんだ。もう寝よう。


 なんで協力してくれないの⁉︎

 ――――……協力って何すれば良いんだよ?! 早く帰って来いって言うのか⁉︎ 毎日魘されてるのを聞くたび強引に起こして、《現実を見ろ》って言えばいいのか⁉︎


 だって‼️ ……だって、どうしたら良いの……? あの子、今でも望んでいるのよ。わたしたちから離れて、どこかへ行こうとしてるの。……嫌よ。わたしの子だもの! どこへも行かせないわ!

 ――――分かったから落ち着け。俺ももっと考えるから。あの子には、……未景には、自分の意思で強くこの世界を生きて欲しいんだ。


 おかあさん……おとうさん……。

 わたし……、――――。



 ◆◆◆◆




『……あれ、私……。――――ここ……どこ?』



 ふと目が覚めてしまった。

 感覚的に、ここは自分が知っている空間ではない。

 なのに、自分はベッドで横になっている。


 私……眠っていたの……?


 どういう状況か分からず戸惑っていると、突如この空間に声が響いた。



「ほっほっほ。起きたかのう? ここは儂の部屋。じゃが、まだ起きるには早い。もう暫し眠っているがよい」



 抵抗する間もなく顔付近に何かを翳され、妙な空気に包まれる感覚とともに強い眠気に襲われる。



 いま起きたばかりなんだけど……。


 そう思いながらも、自分の意思に反して瞼は閉じてしまった。






 ――……パサッ。


『……?』



 微かな衣擦れに意識が浮上する。

 瞼を開けると、自分が寝ているベッドの端で彼が顔を伏せて眠っていた。


 その肩には薄い布がかけられ、その音に気付いたのだと覚醒しきらない頭で考える。

 眠る相手の姿が少し寒そうに見えて、それまで自身が被っていた毛布を掛けようと起き上がった。



「その布には――」



 また響いてきた声に、驚きで体を硬直させる。

 声の源は、先程と違い近くにいるみたいだ。


 だけど、まだ誰もが寝静まったばかりの時間帯で部屋の中は暗く、その正体までは掴めない。

 唯一の灯りである月光も、照らしてくれるのは枕元とこちらの顔だけだった。


 私から自身の姿が見えないことに、相手は一切の配慮も見せず勝手に話を進める。



「その布には、そなたの世界で言うところの魔法がかけてある。そなたが寒い思いをする必要はない。それに、そやつは風邪なぞ引いたりするほど、マヌケではないからのう」



 へえ。凄いな。


 言葉を聞いて、感嘆の息が漏れる。

 本当に何でも出来るんだ。



「何でもは出来ぬな。人の築く技術は万能ではないからのう」



 見ることも出来ない声は、私が無意識のうちに抱いた感想にも応えた。

 頭の中を読まれている気分だわ。



「ふむ。その捉え方はちと惜しい」



 違和感に少し眉を顰めると、また返事をしてくる。



「読んでおるのではない。目視しておるのじゃ。違和を感じるだけでも充分に稀なことじゃがの。普通は嫌悪しか感じ得ぬ者が殆どじゃ。さすが、その男が連れてきた人間じゃわい」



 覗かれているような感覚に陥り、背筋から首の裏にかけてがむず痒く、軽く身震いして眉間に思いっきり皺を寄せた。



『……誰?』



 姿の見えない相手に問いかけるも、本当に部屋の中にいるのかすら怪しい。

 しかし声はわずかな間も空けず、すぐ返ってきた。



「――――姿が見えなければ、その者は存在していないことになるのかのう? 果たして、それだけで嫌悪する理由になるのじゃろうか。視覚や聴覚からの情報だけで認識たり得るほど、その身が持ちうる感覚は絶対的な信用に足ると、そなたは思うておるか? 儂はそなたには、どう見えているのじゃろうのう?」



 見透かされた気分だ。

 私が声をどう感じているのか、声の相手をどう捉えているのか向こうは分かっているらしい。


 これは解くのに苦労しそうな問題に聞こえるが、人によっては簡単に答えを出せる場合もあるだろう。

 私は難しく考えてしまって、死ぬまで答えを出せそうにないけど。



 要するに相手が《誰》であるかは、問題提起に足らないということだ。


 それでも私としては、一方的に見られている状態の今、良い気分ではなくなっている。

 こちらも姿を見てやろうかと、意気込んでベッドから立ち上がった。



「まあ、そう急くでない。奇異な娘よ。明日になれば、自ずと知るだろうて」



 正体不明の声はそう言い残し、この部屋に再び静寂が訪れる。


 向こうからは見えていたはずなので、こうなることを予想していなかったわけではない。けれどあくまでも今晩中に姿を明かす気はない相手の態度に、不安定なベッドの上で膝立ちしたまま。

 まるで肩透かしを食らった気分だ。


 まあ、ここに居ないだろう相手をこれ以上探しても意味はない。

 声が言っていた通りなら明日には分かるらしいし、もう諦めて朝日が昇るのを寝て待つことにした。


 だけど二度目の覚醒とあって、さすがに眠気は姿を消したようだ。

 どうせなら、もう一度睡魔を促進させてくれたら良かったのに。と思いつつ、言っても栓のないことなので横になるだけに留め、ベッドのマットレスを枕にする男の後頭部を眺めた。





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