悪鬼羅刹への叛旗
実家をごろごろしてたら、一通の手紙と支度金の入った布袋を渡されて家を追い出された。
私は職業適性という物が皆無で、一切非凡たる才能を持たない平凡人だった。裏を返せば、高望みしなければ何の変哲もない誰でも代わりの利く仕事に就けるという事だ。しかし、私のチンケなプライドはそれを良しとせず、何者にも代えられない何かになりたかった。
それは、私が平凡に生まれ育ったからではなく、いつの日か世間が悪いと自問自答している間に問題をすり替えてしまっていた。しかも分が悪い事に親はいずれ大成するであろう自慢の娘とそれを咎めなかった。
そして、それは家庭内寄生異物を生み出してしまった。
私の部屋を隔てる扉は鋼よりも硬い関所と化し、私の部屋は私だけの幸せを肥えさせる為だけの楽園と化し、親の財産をただひたすらに貪る正に悪鬼。
しかし、親の子を大成するであろうという途方に儚い夢は数か月で急激に風化するのであった。
その原因は―――――世間の目である。
ワシのせがれが、王国近衛騎士になりましてな。弓兵とはいえ道は究めるものですな。
だの。
アタクシの息子、剣士として才覚を伸ばしてましてよ。この前近くの遺跡を攻略しましてよ。
だの。
オイラの兄ちゃん魔法使いなんだ!まだ丙種しか扱えないけど、もうすぐ甲種もいけるってサ!
だの。
オレ最近、鍛冶屋の親方から暖簾分けしてもらってよぉ。城下街の端っこだけど自分の鍛冶屋開くんだ。
だの。
ワイ氏、特級錬金術師試験合格。しかし、休暇が求人よりも30日少なく辞退したい。
だの。
それで―――――お宅の娘さんはどこへお勤めで?
だの。
悪鬼羅刹×2の誕生である。
日々の小さなストレスの積み重ねと、溺愛と我儘を履き違えたという事実の戒めが凶悪な怪物を生み出し、鉄壁の城塞は脆く悪鬼羅刹♂の強烈なタックルによってブチ破られ、悪鬼羅刹♀によって家から放り出され今に至る。
「おかーさん!私どうしたらいいの!家に入れて!」
私は着の身着のままで家の扉を力強く叩いて懇願する。そう、拳の皮膚が剥がれる位………の気持ちで。
「その手紙の場所に行きなさい。そして、そこで働きなさい」
「えッ!?私、人見知りなんですけど…」
「…お母さんの遠縁の親戚筋がやってるからホラ、血族でしょう?なら大丈夫よ。アナタは出来る子だから」
滅茶苦茶だ。遠縁の親戚筋が血族ならこの世の人間皆兄弟。王も下手人もあったもんじゃない。
「あと、ちゃんとあちらには連絡してますからね。アナタが働いてないという連絡を貰ったらすぐさまアナタの魔導人形を処分します」
「はッ!!?ちょっ、魔道人形処分するとかワケわかんないッ!私があくせく集めたコレクションなんだよッ!!!」
「ボクがあくせく働いたお金で買ったコレクションだよね?」
玄関の扉越しに、優しい悪鬼羅刹♂の震える声がする。
「ぐ…ッッ…でも私がお小遣いとして貰ったお金だから別にいいじゃん!」
「…!そうだね。ママ。やっぱり入れてあげよう?」
「貴方!騙されてはダメ!ああやって上手く取り入ろうとしてるのッ!」
「でもぉ…」
「ようやく決心したんだから、ここで引いたら私たちとあの娘がますます駄目になるッッ!!!」
それは覚悟を決めた声だった。それは何物にも代え難き眩く輝く尊き黄金の精神の表れッッッ!!!
「ボクは決めたよミィちゃん。ミィちゃんが真人間になるまで待ってるから!」
「貴方っ…ぐすっ…良く言ったわッッ!」
私は何を聞かされているのだろうか。
「さあ行きなさい。今行きなさい。すぐ行きなさい。さっさと行きなさい。明日までにあちらから連絡が無ければ魔導人形は焼却処分です」
「頑張って!ミィちゃん!!」
もう駄目だ。何を言っても無駄だと悟った私は涙ながらに捨て台詞を吐いた。
「く、くそう!覚えてろよ~!!」
お母さ…悪鬼羅刹♀が庭に放り投げたサンダルを履き、いざ行かん!まだ見ぬ我が職場!愛する魔導人形を守る為!親…悪鬼羅刹×2をギャフンと言わせる為!そして世間を見返す為(仮)!
ちなみにこの騒動、御近所さんの井戸端会議の鉄板ネタとして未来永劫語り継がれるとはこの時の私も両親も知る由も無かった。
エタるのが前提のエテ公です。一年に一話書けたら幸いかと。