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第四章(2)

 作戦の開始を、告げた。

 レールガンのチャージを、三箇所で始めたのを、オペレーターが告げた。ウェスパーからも通信があるが、電力供給状況は良好らしい。その様子も、モニター出来ている。


 風天が、有効射程に入ってくる。しかし、まだ目的の地点には辿り着かない。航行速度は、比較的ゆっくりだ。警戒しながら航行している、といったところだろう。

 甲板には、華狼の主力M.W.S.である『六〇式歩行機動兵器「ベヒモス」』が五機、『六四式機械歩兵用円筒形薬莢型機関砲』を手に持って警戒している。


 緑の巨体が、頭部のモノアイを可動させ、周囲を見入っている。まるでその様が、ザックスには滑稽に思えた。

 この機体もまた、バウンドロットなどと同様に、大型のミサイルランチャーを背部に背負っている。武装や装甲に関してはバウンドロットよりも更に重装甲高火力を地でいっている。

 だが、それすらも今のザックスには木偶の坊に見えた。チャージが完了したとオペレーターが告げたのも、それとほぼ同時だった。


 東西にそびえ立つ岩山のポイントに、風天が差し掛かった瞬間、射撃を指示した。ほぼ同時に、フィリップが大声で『撃て』と言った。

 そして、ここから更に十キロ離れた三地点より放たれた三発の銃弾は、それぞれ秒速七千mという初速をたたき出し、その銃弾は、迎撃ミサイルを反応させることすらなく、いとも簡単に、風天の甲板に突き出ていたブリッジと、その上部に伸びていた広域レーダーを破壊した。


 その破壊されたレーダーの残骸がまた、甲板上に展開していたベヒモスに、雨のように降り注ぎ、その装甲を貫通した。それに合わさるかのように、風天が動かなくなった。座礁したらしい。

 それで、まずは作戦の第一段階が成功した。


「ダリー、部隊を起動させろ」


 そう指示した瞬間、ハンマーフォールのマインドジェネレーターが、甲高い雄叫びを上げ、悠然と、ハンマーフォールとバウンドロットを立ち上がらせた。

 ハンマーフォールの腕には、重火器は何も装備されていない。内蔵のガトリングガンのみだ。ただ、ウォーハンマーに似た装備を携え、それが両腕を塞いでいる。


 座礁した風天の下部前面射出口から、M.W.S.が展開し始める。風天の手前の渓谷に、魚鱗の陣で展開した。

 展開は、こちらが思うより早い。魚鱗の中核に、更に重装甲化したベヒモスが一機、いるのが確認出来た。緑一色のベヒモスの中で、異様に目立つ、橙色のベヒモス。恐らく、あれがバルトだろう。


 なるほど、よく出来た指揮官だ。グロースは、確認出来ていない。

 それを確認すると、ダリーが咆吼を上げた。思わず、ヘッドセットから耳を外すほど、甲高い声だった。


『突っ込むぞ』


 ダリーのその一声で、岩山から、一気にハンマーフォールとその旗下である軽量型バウンドロット九機が逆落としを仕掛けた。

 逆落としをする間に、ダリーを先頭にくさび形と蜂矢を組み合わせたような陣形を作り、一気に突っ込む。


 相手の魚鱗が、すぐに三段の衝軛の陣に変わった。蜂矢に対する、カウンターとなり得る陣形だ。

 このまま突っ込めば、衝軛は壁となるため、蜂矢の勢いは殺される。


『ところがぎっちょん!』


 ダリーがそう言うや否や、更に部隊と旗下を疾駆させ、側面に回り込んだ。同時に、ハンマーフォールの持っていたウォーハンマーに、スイッチが入ったことをモニターが告げた。赤い気炎がゆらりと、ハンマーに宿る。

 そして、敵陣形の側面と接触したその瞬間、持っていたハンマーを、ベヒモスに振るった。


 ハンマーが当たった瞬間、ハンマーがまとっていた赤の気炎が、ベヒモスの体にまるで滝のように流れ落ちていく。

 流れ込んだ気炎が、ベヒモスの関節やメインカメラなど、ありとあらゆるところから噴出し、人工筋肉を焼き尽くした末に、ベヒモスを四散させた。


 それを皮切りに、一気にダリーは蜂矢の陣形を保ったまま側面に突っ込んだ。

 隊が、割れていくのがよく分かった。同時に、先程のベヒモスと同じ現象が、五機、六機と続いていく。


 ハンマーフォールに与えられた実験兵装『レイジングリバー』の破壊力は、正直ザックスの想像を超えていた。

 ハンマーをただ殴打するための武器として扱うのではなく、当たった対象に対しハンマーがまとっていた気炎を流し込み、内部から破壊する。小型のマインドジェネレーターを仕込んだことによる、破壊力の増強が、この兵器を生み出した。

 もちろん、コストは莫大に掛かる。だが、外装をしっかり固めていても、内部から破壊出来れば、例え重装甲機だろうが瞬時に四散出来る。


 そして、何よりあの機動力だ。M.W.S.全体が重装化した故にどうしても陣形の変化も遅くなるし、何よりこちらの機動力が高いからか、相手の銃弾は一発たりとも当たっていない。モニタリングで、それは明らかだった。


 ダリーとその旗下は、衝軛の陣を二つに割っていた。すぐさま、バルトのベヒモスを中心にして、蜂矢に対抗するために魚鱗を組もうとしたが、組もうとした瞬間にまた二つに割る。

 自分達が早いのか、それとも敵が遅いのか、ザックスには分からなくなってきた。


 更にたたき割った瞬間に、残っていた三機の重装型バウンドロットが、岩山の上に出現し、設置されていた大型ミサイルを全弾、敵陣と座礁している風天めがけて放つ。

 そしてミサイルは、ある程度の高度に達するやいなや、弾頭が割れ、いくつものベアリング弾の雨を、敵陣や風天に降り注がせた。

 これもまた、実験兵装のM.W.S.用多弾頭ミサイルだ。

 それで、勝負が付いた。敵陣に、反応出来る機体はない。バルトの物と思われる、橙色のベヒモスも、沈黙している。


 降伏の信号が出されたのは、その直後だった。

 グロース・ニードレストが、自分達の指揮車両に直接、通信を繋いできた。


 モニターに、グロースの顔が映し出されたとき、ザックスは何処か、もの悲しさを感じた。

 五五歳とは思えないほど、頬はこけ、目尻に皺が寄り、白髪になったその姿は、もはやしなびた老人にしか見えなかった。

 服装も、病室着に似ている。やはり、大病というのは、本当だったのだろう。


「グロース・ニードレスト殿で、間違いありませんな」

『如何にも』


 静かに、その男は答えた。

 グロースの声は、モニター越しでも分かるほどの、覇気があった。同時に、諦念の感情も、見え隠れしていた。


「ベクトーア海軍第八混成歩兵中隊隊長のザックス・ハートリー大尉であります」

『若いな。いくつだ?』

「二八になります」

『なるほどな。通りで、勢いもあるわけだ。やはり、若いのには叶わぬな』


 ははと、力なく、グロースが笑う。それでまた、皺が目に寄った。それで、余計に老けて見えた。


「降伏、という形でよろしいですな、グロース殿」

『負けだよ、私のな。完敗だ。病室から指揮を出してみたが、やはり敵わぬな。だが、それもまた運命かもしれんな。お主達のような、次世代の若者が、これからの戦では大いに羽ばたくのであろうな。それを見ることが出来ただけ、私は本望だ』


 直後、グロースの目つきが変わった。病人とは思えぬほどの、気迫のこもった目だった。


『だが、私はお主達の捕虜になる気など、更々無い』


 直後、グロースは直刀を出し、刃を、首に当てた。


「死ぬおつもりですか?」

『元より、私の命はもう長くはない。捕虜となり、惨めに死ぬより、私はここでの戦死を選ぶ。それが、武の家系たる、我がニードレスト家の、誇りだ』


 目に、固い意志が見て取れた。死ぬことに悔いはない。そういう者の、目だった。


「何か、言い残すことは?」


 ふっと、グロースが笑った。何故か、その笑みを、ザックスは怖いと思った。モニター越しですら、背筋が凍り付いているのだ。実際に目の前に相対したとしたら、自分はどうなっていたのか、分かった物ではない。


『良いか若者よ。お主達は、刃だ。ただ、その刃ならば、常に意義を、意味を、志を考えるがよい。さらばだ、若き戦士よ』


 グロースが、自ら、自らの首をはねた。

 モニターが、鮮血に染まっている。

 それを見て、ザックスは全員に、黙祷と敬礼を指示した。


 全盛期のグロースと当たっていた場合、自分はどうなっていたのだろう。それが、ずっと頭から離れなかった。

 意味を考え続ける刃となれ。それが、グロースという最初にぶつかるには大きかった敵から教えられたことだった。


「全員に告げる。第八混成歩兵中隊はこれより、名を『ルーン・ブレイド』と改める。敵とはいえ、グロースに哀悼の意を示すと同時に、我らが刃たる意味を問い続けるための名だ」


 ルーンという言葉には、謎という意味があるという。

 常に考えること、それが出来る刃となること、それ故に付けたのが、ルーン・ブレイドという部隊名だった。

 安直であったかもしれないが、これくらいがちょうどいいのだと、ザックスは思った。


『了解したよ、「隊長」』


 ダリーが、真剣な顔でモニターに現れていた。その顔は、不思議と今までのダリーとは別人に思えるほど、気品に満ちていた。

 この男は、何者なのだろうと、一瞬だけ考えたが、すぐに状況の把握を行わせた。

 今は、敵陣ど真ん中なのだ。増援部隊が出る気配があるらしいので、全軍に撤退を命令した。

 レールガンも折りたたんで回収し、そのまま作戦通りに、指定された回収ポイントまで急いだ。


 敵とは一戦も交えず、そのまま用意されていた輸送機に、人員と装備を詰め込んで、華狼の大地を後にした。

 急に雨が降り出したのは、輸送機が全機発進した、少し後だった。

 窓越しに、華狼の大地が見える。


 何度でも、考え抜いてやるさ。


 そう、自分に言い聞かせ続けた。


 グロースの戦死と、重傷を負っていたバルトの正式な称号授与の報道が伝えられたのは、それから三日後のことだった。

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