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第四章(1)

AD三二六五年一〇月六日


 地図を、眺めていた。卓の代わりに切り倒した巨木に地図を置く。

 そして、一個ずつ、情報を集約させながらその地図に印を付ける。

 それを、ザックスはずっと繰り返していた。


 三日前、この部隊に初めて、外征の任務が与えられた。内容はと言うと、この部隊のみで、数日後にこの渓谷付近を通る華狼艦隊を壊滅させろ、というのだ。だからこんな森で一日前から作戦を考えている。

 この森を少し抜けたところに、渓谷があり、そこを華狼の艦隊が通るらしい。実際、それは工作部隊に調べさせたが、事実だった。


 華狼の領域に侵入して既に一日が経過したが、幸い偵察隊にも見つかった様子はない。

『海軍第八混成歩兵中隊』と呼ばれるようになったこの部隊初めての任務だからか、少しだけ神経質になっているところもあった。斥候も、頻繁に出している。何か変わったところが斥候から報告があれば、そこに印を付ける。それを、繰り返していた。もっとも、直接観測する整備兵と、表だって活動出来ない諜報部しかいないのに、歩兵の名が部隊に付いていることに苛立っているのかもしれないとも、なんとはなしに思っている。


 艦隊の規模は工作部隊に偵察させたところ、華狼の陸上空母『風天』級一隻と、随伴する形でM.W.S.が二大隊。


 それに対しあてがわれた兵力は、新型試験用武装をあてがわれたハンマーフォールを中心に、カスタマイズされたバウンドロットが十二機。しかも、そのうち三機は通常装備型だが、九機はウェスパーが前にダリーのバウンドロットに施した改造を更に煮詰めた形となった軽量装甲を装備している。肩に装備されていた大型ミサイルも、軽量タイプには付けていない。それもあり、武装は『MG-63』四五ミリ重機関砲が一門と、標準で付いているヒートナイフ二本のみとした。


 そして、それ以外に実験用兵器である、レールガンが三機。レールガン専用のバウンドロットも、三機付いている。しかし、このバウンドロットはレールガンの電力かつ照準用だ。OSに僅かばかりの改造をくわえただけの機体であるため、戦闘能力はないといっていい。

 なんでもこんな事をやる理由は、第八課が新型空中戦艦である『エクスカリバー級』なるものの予算を申請したらしく、それの標準兵装火器として、主砲にレールガンを設置するらしい。

 だからその破壊力を実戦で試してこいと言うのだ。


 実験部隊だからか、それとも、悪評故か、無茶苦茶な任務を押しつけられたと、内心苛立っている。気付けば、新品の煙草を吹かして、少しだけストレスを解消することの繰り返しになっていた。そうでもしなければやってられない。


 ロイドの気配が突然したのは、工作部隊の諜報班からの報告があった直後だった。

 しかし、あれから三ヶ月経ったというのに、一向にロイドは痩せる気配がない。どういう体の構造しているのか、一度健康診断で見てもらった方がいいのではと何度か思ったのを思い出した。


「探り、入れました。指揮を執るのは、『鳳雛(ほうすう)』です」


 げ、と思わず声に出してしまった。

 グロース・ニードレスト。中央からは遠ざけられているとは言え、仮にも『鳳雛』の称号を持つ、華狼屈指の猛者だ。

 それに、グロースがいるならば、その副官にして現在の筆頭候補であるバルト・ハーターもセットで付いてくると思って間違いない。


 もっとも、グロースについては、今は年齢もあり、最前線からも遠ざかっている。確か、五五だったはずだ。

 そんなジジイに、負けたくはないと、ザックスは思うと同時に、ロイドから報告のあったポイントを、地図に書き込む。


 ん、と、呟いていた。

 一応、一点で繋がったが、コースがどうも不自然だ。

 確かにこのコースだと近郊には大規模な補給基地がある。しかし、同時にそこにはアルチェミスツ家の次代当主と呼ばれるジェイス・アルチェミスツが入り浸っている医療用のナノマシン研究所の設置された街がある。


「ロイド。グロースのジジイ、まさか病か」

「はい。それも、結構重篤です。周辺に強引に隠そうとしてますし、息子達にも全く伝えていないそうですが、かなりの量の血を吐いたのを、うちの部下が確認しました」

「だとすりゃ、このルートも納得か」


 ダリーが、シケモクを吹かしながら卓の上の地図を見始めた。


「奴は、戦場で死にたいんだな。それも艦隊一個犠牲にして」

「まぁ、そうとも取れるでしょうが、油断は出来ませんな」

「まぁな。で、ザックス、作戦は決まったか」

「ああ。それだけの情報があれば十分だ。街に入る前に、艦を仕留め、グロースの首を取るぞ」


 基地に入られたらこちらの負けだ。そして、基地から増援が来ることの出来る位置で戦っても負けだ。

 風天級はごくありふれた空母の形状に似ているが、イージスシステムも搭載されているためかなり防衛能力に優れた陸上空母でもある。


 だが、イージスシステムの要の一つである大型対空レーダーはその性質上ブリッジの上に設置されている。つまり、場合によっては破壊を十分に狙える、ということだ。

 それに、更にもう一つの要である迎撃ミサイルシステムも、レールガンによる狙撃ならば全く反応出来ない。何せ跳んでくるのは初速が秒速七千mの弾丸なのだ。


 使える弾は電力量を考えると、三門のレールガンそれぞれ一発ずつがいいところだと、ウェスパーから報告があった。

 つまり、三点から一斉に狙撃し、ブリッジをレールガンで破壊する。


 ただ、狙撃可能な場所は、酷く限定されている。

 一箇所だけ、どうしても通らなければならない狭い場所がある。まるで喉仏のように、東西に岩山が展開している場所があるのだ。

 そこだけは、空母の下部側面に設置されたM.W.S.の射出口の解放が出来ない。そのためM.W.S.は上部甲板及び下部前面の射出口からのみ、出撃が可能になる。

 他のルートを通ってもいいだろうが、あまりにも遠回りになるので非現実的だ。


 出る口が少なくなれば後はこちらのものだ。幸い、こちらにはその対M.W.S.用の切り札に出来る武装が、ハンマーフォールに装備されている。ついこの間完成した、ダリー設計の最新鋭兵器だ。

 ただ、実験兵器でもある。それも平行してデータを取る必要があるだろう。


 狙撃班のフィリップから通信が入ったのはそんな時だ。


『ザックス隊長、フィリップです。配置につきました。俺の一声で、三点から一斉射出来ます』

「チャンスは一回だけかつ、僅か五秒だが、大丈夫か?」

『当ててみせますよ。そうでなければ、ここでは生き残れそうにありませんからね』

「よく分かってるじゃねぇか、フィリップ。わーってると思うが、外したらてめぇの顔面、最初のロイドの比じゃねぇくらいタコ殴りにすっからな」


 ダリーが割って入ると、フィリップの顔が強ばったのが画面越しでも分かった。

 笑いながら言っているが、多分、ダリーのことだから本気でフィリップが外したら殺すくらいやるだろう。もっとも、その時には多分自分達も生きていないだろうが。


 しかし、フィリップも三ヶ月前に比べてだいぶ砕けたなと、通信を聞いて心底思う。昔は、自分のことを俺という人間になるとは、思えなかった。

 それに、フィリップを中心にした元陸軍第八混成大隊の連中は、思ったより使える奴が多かった。


 整備班や補給班など総勢八十名を試験に掛けたが、それでも一五名は残った。そのうち、パイロットが三名いたのも大きかった。だから、確かにこの部隊の中には第八混成部隊の息吹も残っている。

 しかし、元々第八混成部隊は隊長が隊長だっただけに『七光りのろくでなし』とまで陰口を言われ続けていた部隊だ。そんな部隊を吸収しても、この部隊の悪評が取り除けるはずがないのに気付いたのは、吸収した後になってからだったのを思いだして、思わず苦笑した。


『隊長、笑うって事は、意外に余裕だとお考えですかな?』

「いや、お前の生真面目さが逆に俺には心地よかっただけだ」


 一瞬だけ、フィリップが怪訝そうな面構えを見せてから、通信を切った。

 十五キロ先で戦艦の機影を捉えたと連絡があったのは、それから三時間ほど経ってのことだった。


 ザックスはスポーツドリンクを少し口に入れた後、ヘッドセットを付けた。

 戦が、始まるのだ。緊張していないと言うと嘘になるが、この部隊で負けるはずがないとも、同時に思う。


「ウェスパー、レールガンの調子は?」

『当初の予定通り、一門に付き一発の発射がせいぜいだな。電力供給は今のところ揺らぎもない。安定してるぞ』

「データ取り最優先で頼むぞ。一応うちらは実験部隊だからな。フィリップ、狙撃準備は」

『さっきも言った通り問題ありませんよ、隊長』

「ならばいい」


 自分もまた、近くに止まっている装甲車のような形状をした指揮車両に入る。

 指揮車両自体には、戦闘能力はないし、特別なチューンナップはしていない。ただ、人材はベクトーアの中でもトップクラスの人員を導入した。

 狭い車内のそこかしこに設置された計器類とモニターにも、光がともっている。その中では既にオペレーターの怒号にも似た声が響き渡っている。

 そして、全員が熱に浮かれたような、そんな目をしていた。


『おい、ザックス。狙撃終了後の指揮、俺に一任でいいんだな?』


 恐らく、今通信してきたダリーが、この熱気の伝搬の元だろう。そして、自分も多分、このオペレーターとそう大して変わらない目をしているのだろうと、なんとなくザックスは思った。


「構わんさ。現場の判断に任せた方が何かと乱戦はいいだろ」

『まぁな。それに、でけぇ戦がようやくやれんだ。とびっきりの戦って奴がやれんだ。最強って奴の幕開けは、ど派手にやろうじゃねぇか』


 ダリーが、いつも通りに不敵に笑った。その笑みも、不気味にはいつの頃からか感じなくなった。

 魅入られたのだと、ザックスは思った。

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