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第三章(3)

 帰ってくるなり、怒鳴り声が聞こえた。うちの隊を散々挑発しまくっている声だった。

 よくあるねたみ辛みの類ばかりだが、同時に既にダリーがロイドを殴ったことまで知られているのか、それすらも言ってきている。

 なんか、あれから姿を見せないロイドが、言いふらしたんじゃないかという気が、ザックスにはしてきた。


「あれがそうか?」


 念のため聞いたが、呆れるように伝令で来た部下は一つ頷くだけだった。


「出来る限りあんなバカ放っておきたいんだが。あれ自分で自分の首締めてるだけじゃねぇか」

「だが、あれお偉いさんのご子息様かなんかだろ? しかもそれが隊長だ。周りが止めるわけもない。つーことはあれだ、ロイドが言ったようにボコりゃいいんだろ? 俺一人で十分だ」


 ダリーが車から降りて、足下にシケモクを捨て、踏みつぶした。

 直後、一瞬で自分の周辺の空気が変わったような気がした。張り詰めた、戦場の空気だった。


 発信源は、すぐ分かった。ダリーだ。召還に集中しているのか、瞳を閉じているが、その感情の高ぶりは、こちらにも伝わってきている。

 右腕が、ジャケット越しにも分かるほど、青白く発光し始めた。周囲の空気が、少しずつ、重くなっている。

 それを察したのか、罵倒も鳴り止み、バウンドロットがこちらの方に機首を向けた。


 そして、ダリーの目が開いた瞬間、ダリーがふっと消え、ダリーのいた場所に、先程のエイジスが、また青白い螺旋を描きながら、形作られた。

 ウェスパーが、ヘッドセットを手に取り、端末を開くと、ダリーの顔が映った。背景にはコクピットが見える。

 召還は、無事に成功したようだ。


「ダリー、聞こえるか?」


 あぁと、ダリーが呟く。


「コンソールの横に球状の操縦桿がある。それに触れ。後はそれに触れ続けていると同時に考え続けろ。お前の考え一つ一つが機体を動かす」


 エイジスとM.W.S.の操縦方法が全く違うと言う事は、軍に入ってすぐに教えられたが、何度考えても自分のイメージそのままに機体が動くというシステムを考えた奴は、ある意味狂っていたのだろうという気もした。

 自分の考えをダイレクトに機体にフィードバックするシステムは、何か邪心が働いて味方を撃ってしまうといった事態も起きかねない。


 それに、精神力というよく分からない物をエネルギー源の一つにしているから、イーグになったら精神鍛錬が相当重要になると言っていた友人がいた。だが、並みの人間だったら、相当消耗するらしく、そいつは三ヶ月でイーグをやめた。実際、最初に乗ったとき相当緊張したらしく、一週間で五キロも体重を落としていた。

 だが、モニター越しのダリーはどうだ。初めてのエイジスだというのに、けろりとしている。新型機を与えられて浮かれている、という様子でもない。緊張もしているようには見えない。


 そして、ゆっくりと、エイジスが歩き出した。

 その姿を、後ろから見ても、美しいとザックスは思った。人に限りなく近い形をした機体が新規に開発されたのは、いつ以来だったのか。

 一度ウェスパーと酒を交わしたときに散々ウェスパーが「今の機体は人とかけ離れすぎだ」と嘆いていた理由が、今になって分かった気がした。なるほど、バウンドロットが兵器然としすぎていてM.W.S.の辿ってきた道と逆行しているように見える。


 ダリーのエイジスが、バウンドロットに向けて「掛かってこい」と言わんばかりに、右手の人差し指を動かして挑発した。

 よほどそれが神経を逆撫でしたのか、バウンドロットの青い巨体が突っ込んできた。モニター上のダリーは、また、例によって例のように、不敵に笑うだけだ。

 ダリーのエイジスが疾駆する。


 とんと、軽く大地を蹴り上げ、速度を上げた。

 ダリーのエイジスがバウンドロットとの距離を一気に詰めるやいなや、バウンドロットの真後ろを取っていた。そして、前後反転しながら拳を振りかぶり、見事な右ストレートをバウンドロットの後頭部に決めた。

 一瞬にして頭部を砕いたその直後、左手でバウンドロットの僅かに残っていた首を押さえつけて、右手でバウンドロットの腕を引きちぎる。


 人工筋肉が引きちぎれる音が鈍く響き、同時に人工筋肉の循環冷却液が血のように基地のアスファルトを赤く染めていく。

 そして、そのまま何の躊躇いもなく、トドメと言わんばかりに、バウンドロットの背部を蹴り上げた。

 轟音を立てて、バウンドロットが地面に突っ伏したその様を、ただ、ザックスは唖然と眺めていた。


 このエイジスは、中量級でありながらあの重装甲のバウンドロットを手玉に取るほどの機動性とパワーを持っている。

 恐らく、これがフラグシップ機だとしても、これのコストダウン版が、そう遠くないうちに出るだろう。

 ウェスパーの予測通り、重装甲重火力の時代は、終わりを告げるのだと、ザックスは確信した。

 いくら強力な武器でも当たらなければ意味がないのだ。


『おい、ウェスパー』


 びくりと、ウェスパーの体が跳ね上がった。

 唖然としていた状態から、現実に引き替えされたのだろう。今までに、こんな反応をしたウェスパーを、自分は見たことがなかった。


『今の格闘戦で、データは取れたか?』

「あ、あぁ、十分だな。もっとも、まだ足りないデータもあるから、それについては後でまた取ろう。ただ、今のでかなりのフェイズはクリア出来た。実験部隊の初戦には、ちょうどいいだろ、ザックス」

「まぁな。ど派手にやったもんだよ、まったく」


 バウンドロットのコクピットから隊長と思われる人間が、部下に無理矢理引っ張り出されていた。隊長とか言う奴は、伸びていても分かるほど、見るからに貧弱な面構えをしていた。

 親の七光り、とかいう奴だろう。

 じっと、こちらを第八混成部隊の連中が見ている。


「なんだ? まだ何かあるのか?」


 ザックスが一度にらみを利かすと、一人、こちらに近寄ってきた。

 見る限りでは、若手の将校だ。正直あの伸びて今担架で運ばれた隊長より、余程良くできていると思えた。そういうのは、面と目を見れば大抵分かる。


「我が隊長が、ご迷惑をおかけ致しました。私は、第八混成部隊の副隊長をしております、フィリップ・コンテ中尉であります。我が隊長の犯した愚行、ここに陳謝致します、ザックス・ハートリー大尉」


 頭を、フィリップは下げた。礼儀正しさも兼ね備えている。悪い人材ではない。


「お前さん、なんでまたあんなのに付き従う? 見る限り、よほどお前の方が優秀に見えるが」

「元々、コンテ中尉が隊長になる予定だったんです。ところが、急な人員変更とかで、あんなのが隊長になって……」


 一人、また隊員が出てきた。その後も、何人も出てくるが、口々に現隊長への愚痴ばかりがこぼれていく。

 現隊長は相当嫌われているのだなと、ザックスは深く痛感した。

 こうはなりたくねぇなぁと、思いながら、第八混成部隊を調練に戻らせた。


 うちの部隊員からも、情報を集めようと思い、会議室を借りた。

 整備兵には、実験用に割り当てられたバウンドロットの整備にあたってもらっていると同時に、ダリーのエイジスの整備を命じた。だから、今は一部の主要メンバーしかいない。おかげで、大会議室を取ったというのに、席はだだ余りの状況だった。


「どう見る、ダリー」

「まぁ、タダのバカだろうが、ああいうのは面倒だ」

「事故でも起きてしまえばいい。そう、お考えですかな」


 ロイドの気配が、急に漂ってきた。

 悪寒が、背筋を走るのを、ザックスは感じる。全く今まで気配がなかった。だというのに、ロイドはその肥満な体つきで、いつの間にか部屋の中で席を一つ取って座っていたのだ。


「事故は、いつ起きても不思議ではありませんからな。人の命は儚く脆い。いつの間にか、死んだりしていても、おかしくないのです」


 淡々と、感情がないかのように、ロイドが語る。

 近いうちに、あの隊長は『事故』ると、ザックスの勘が告げた。だが、詮索は無用だろう。


「で、ダリー、どうだった、あの機体は」

「ハンマーフォール」

「は?」

「ハンマーフォールだ。あの機体の名称はそれがいい」

「なんでまたそんな名前なんだ?」

「いや、さっきバウンドロット蹴っ飛ばしたときに、ケリがおもっくそ当たった瞬間、バウンドロットが吹っ飛んだだろ。あれ見て、墜ちてゆく様を見たら、そう思っただけだ。ついでに、俺自身がハンマー使ってるから、ってのもあるがな」


 ダリーが、シケモクを灰皿に押しつける。表情は、ハンマーフォールに乗っていた頃とは違い、いつもの不機嫌そうな面構えだった。

 その後、なし崩し的に軍議になったと同時に、機体の駆動や、どのような実験要請がハンマーフォールに対して来ているかを、何度も確認するだけだった。


 陸軍第八混成部隊の隊長の一族がスパイ容疑で逮捕された末にその日のうちに処刑され、元第八混成部隊の連中が全員この部隊へ、陸軍から海軍へと配置転換されたのは、それから三日後のことだった。

 なんでも、隊長の車が事故にあい、その際に現場検証をした警察官が、隊長の車の後部座席から、敵との内通文章を発見したためにそのまま逮捕に繋がったらしい。本人は最後まで、知らないとしらを切っていた、とロイドは淡々と報告していた。


 仕組んだのかと、一瞬だけ思った。

 だが、間諜が死んだのだとだけしか、ザックスは思わないようにした。

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