第三章(2)
また、二日前に倒された格納庫に足を運んだ。今度もまた、少し暗い。
しかし、陽はまだ昇り始めたばかりだった。それが暗くさせている原因の一つだろうと、ウェスパーは思った。
しかし、何故か、この薄暗い倉庫のその先に何か底知れない物がある、という予感がさっきからずっとしている。
正直、今の主力機であるバウンドロットは、気品に欠けるところがある。機械的な要素が出過ぎなのだ。
本来、M.W.S.やエイジスは、人間型であるが故に、兵器としての独自性を持っていた。しかし、このままバウンドロットのような機体ばかりでは、またM.W.S.が開発される前に勃発した第三次世界大戦、通称『最後の現代兵器戦争』まで逆戻りしてしまう。
それを、見過ごすことは出来なかった。
だから、ダリーが使っていたバウンドロットも現場で出来る限り軽量化した。
フレームをむき出しにすることで、本来の人型兵器が持ち合わせるべき機動性、及び汎用性を強化した。当然、武装は弱くなったが、威力が大きければ当たるのかと言われると、それは絶対に違うと、ウェスパーには確信があった。
ただ、バランスが悪すぎた。所詮、自分はタダの現場整備員に過ぎないから、元々重量級に対応しているフレームを内蔵した機体に対し、軽量型の装甲を被せたのは、今考えても無茶苦茶だったと思うのだ。
もっとも、自分はその現場単位で出来る改修が楽しくて仕方がなかった。限られたフィールドで最大限のことを成す、そこで見いだされる達成感は、暴走族時代からそうだが、格別の物があった。
おかげでダリー専用のバウンドロットは、だいぶ人型に近づいたが、こっぴどく上から怒られた。
「ったく、まさかとは思うが、またバウンドロットみたいな無粋な機体じゃねぇだろうな」
「ガーフィの大将が驚くべき物って言ってただろ、ウェスパー。ま、見てみようや」
何故か、ザックスが異様に堂々としている。少し、覚悟を決めた奴の目をしていた。
そうでなければ、正直下からすれば困る。
三日目でようやく貫禄が付いたかと思った直後、目の前に飛び込んできた光景に、思わず目を見開いた。
目の前で、機体が生成されていく。青白い螺旋を描きながら、足、胴体、腕、そして頭が、巨大な人型兵器が、何もない場所から作られていく。
召還、という奴なのだろう。
そして、その召還された機体は、人のようにも見えた。いや、限りなく人に近い、というべきか。
バウンドロットとは明らかに一線を画した、人に近い巨人。それが、目の前に確かにあった。
頭は、ベクトーアの標準仕様であるゴーグル型のカメラアイだが、バウンドロットと違い、重武装化も重装甲化もされていない。近年希に見る、M.W.S.本来が持ち合わせていた人型ともいうべき姿だった。
「こ、この機体は……?!」
「驚きましたか、皆様」
ツナギを着た技術者が、得意満面の顔で後ろからやってきた。しかし、老齢にさしかかっているのが一目で分かる程、顔には深い皺が刻まれていた。ツナギより、白衣の方が似合うだろうと、一瞬だけウェスパーは思った。
「失礼。私はアイザック・アルマシーと申します。機械開発部第六課の課長をしております」
「今度新設される実験部隊の隊長をやらせていただきます、ザックス・ハートリー大尉です」
「同所属部隊戦闘隊長、ダリー・インプロブス大尉だ」
「同じく、同部隊整備班班長、ウェスパー・ホーネット技術中尉ッス」
「ほぅ、威勢があってよろしい。いい部下を備えましたな、ガーフィ大佐」
「なんの。彼らの真価が問われるのは、これからですよ、アイザック課長。この機体が我々の実験機第一号と聞くと、俺とて興奮は抑えきれません。これ程人型に近い機体、よく作られましたな」
「型式コードYBA-06-T65041。我々第六課が、課の運命をかけて開発させていただきました。もっとも、代償も大きすぎましたがね」
「代償?」
「予算ですよ、ウェスパー中尉。こいつは、フレームもマインドジェネレーターも、OSに至るまで全て採算度外視の試作品の固まりです。おかげで二機の予算をたった一機で喰っちゃいました。まったく、バースト社は値段さえ除けばいい仕事をしてくれました。Burst-65-YMG-3、っていうのが型番になります。出力が最前線で活躍しているBA-02-Aに搭載された同バースト社の八倍強はあります、完全な試作品です」
「八倍だと?! そんな出力、通常のOSやフレームでカバー出来る訳ねぇじゃねぇか!」
「だから言ったでしょう。OSもフレームも試作品だと。フレームもその出力に耐えきるように改良に改良を重ねました、この機体の専用品です。OSは、プロトタイプ用を改良して積んであります」
「プロトタイプエイジスの物を?! 何処でそんな物手に入れたンスか?!」
「二十年前まで、この国にはプロトタイプエイジスがあったのです。が、流石に千年も経った奴でしたし、元から劣化が激しかった。それで二十年前に解体したのです。OSはそこから回収させていただきました。解体作業に携わった土産として、ね。いつかこいつを積み込む機体を作りたいと思っていたのですが、いやはや、私の一生の間にそんな機体が出来上がるとは、思いもしませんでしたよ」
「つまり、こいつぁ現代のプロトタイプエイジス、ってことか、ジジイ」
「そういうことです、ダリー大尉。更に、全体を軽量化しましたから、関節に回す電力消費量も減っています。作戦行動可能時間も、通常のエイジスとほとんど遜色ありません。まさに、原点回帰を計った機体、と言えるでしょう」
それだと、思わず声に出していた。
周囲がぎょっとして見つめてくるが、知ったことではない。
「原点回帰か。ようやく俺が求めていた奴が来たようだな。そして、何よりいい機体だ。佇まいが立派でいいな、こいつ」
「あぁ、ウェスパーって名前を聞いて、ひょっとしたらと思っていましたが、あなたでしたか。バウンドロットを軽量化したのは。半分無茶でしたが、でも総合的な性能は向上したとうかがいました。よく現場レベルでそこまでやりましたな」
「現場であるからこそ、見えてくる問題もあるんですよ、課長殿」
にっと、ウェスパーはただ笑った。
「しかし、こいつの名前、いつまでも型番ってわけにもいかねぇだろ。どうすんだ、それ?」
「正式名称は、慣例通りイーグに付けていただきましょう。ダリー大尉、あなたの機体ですから、あなたが名前を付けてください」
むぅと、ダリーが腕を組みながら、上を向いた。この男は、割と頻繁に考えるときにこれをやる。
なんでだろうかと、聞こうとしたタイミングで、急に伝令が肩で息をしながら入ってきた。面を見てみると、ダリーの直属の部下の一人だった。
「隊長! 陸軍第八混成部隊の隊長が、うちらの調練を挑発! バウンドロットまで出して来てスピーカーを最大限の音量にして罵倒しまくってます! おかげで双方とも一色触発です!」
「ほっとくわけには?」
「相手方は隊長自らやってます。止めるわけありません」
「M.W.S.、っつったな?」
ダリーが、呟くように言った直後、その目を見て、背筋に悪寒が走るのを、ウェスパーは感じた。
表情は全く動いていないが、その目は、笑っている。狂気を、隠そうともしない目だった。
戦が好きだと、ダリーは言った。喧嘩でも何でも、この男には戦なのだ。戦闘本能という物が異常に発達した、ある意味もっとも人間らしい人間、それがダリーという男なのだと、今になってウェスパーは感じ取った。
「おい、ウェスパー、こいつを持ってくぞ」
後ろに控えている試作機を、ダリーが指さした。
「まさかお前、バウンドロットをこいつで破壊すると?」
「それ以外に何があんだ? これで引き下がったら相手は余計つけあがるだけだ。元からあいつらロクな戦果あげてねぇくせに、隊長の親がお偉いさんだからか、声だけは無駄にうるせぇ。ま、演習中の事故ってのは、つきものだろ?」
また、ダリーが不敵に笑った。
あの時のロイドと、同じ目をしている。ザックスもまた、止める気はないらしい。
ならば、自分はそれに従うだけだ。上がこう態度を決めたなら、軍人なら従うのが道理だろう。
それに、ただの整備班長に過ぎない自分は、事に口出しをするべきではない。例え裏で『事故』が起ころうと、それは自分にはさして関わりないことだと、割り切ればいいのだ。
死は、突然起きたりもする。
「しかし、マニュアルも無しにぶっつけ本番かよ?」
「だからだろうが。戦場はな、どんな状況でも起こりえるんだよ。例え武器がなくてもよ。それに、もしこいつがバウンドロット如きに負けるんだったら、このジジイが大嘘つきって事だから、ま、いいとこ晒し首ってとこだな」
また、ダリーが不敵に笑うが、それはアイザックもまた同様だった。
「買いかぶっておいでですかな、ダリー大尉。私の自信作が、あの程度の機体に負けるはずがありません。ウェスパー中尉、マニュアルを渡します。基地に着くまでの数分でセットアップ頼みます。KLにデータ流し込めばいいだけですから」
気楽に言ってくれると、KLを液体状にした物が入っている無針注射器とKLセットアップ用の小型コンピューターをアイザックから受け取りながらウェスパーは心の奥底で毒づいた。
その後、アイザックが一度指を鳴らすと、ウェスパーの目の前にいたはずの巨人が、姿を粉雪のように消した。召還解除。何度見ても不思議でしょうがないと思う。
固体だった物が突然気体になり、あろうことか重量まで〇になる。質量保存の法則を完全に瓦解させたこのレヴィナスだが、分かっていることは正直少ない。
今のエイジスを構築しているのはレヴィナスのデッドコピー品であるKLだが、その仕組みや起源、何故レヴィナスを打ち込んだ人間である『イーグ』は通常の人間を凌駕する力を得ることが出来るのか、そもそもこれが何であるのかすら、未だに分かっていない。
ただ単純に、レヴィナスを今の技術でそのままコピーしただけだ。だから何が起きるか分からないという不安もある。
もっとも、整備士である自分がそんなこと言い出したら、パイロットにいらない心配をかけるだけだ。
だが、このダリーという男は、多分自分が止めたとしても、レヴィナスを体にぶち込むだろうと、廊下を歩きながら端末を見つつ、ウェスパーは思った。
端末にマニュアルをインストールし、車に乗るまでの間に必要最小限の部分だけ読みふけった。
エイジスのセットアップはあまりやったことがないが、それほどM.W.S.とは違わないなと言うのが、率直な感想だった。
むしろ、かなり簡略化されている上、KLの状態を通して、端末からエイジスのデータを読み込んでも、一応のチューニングは済んでいた。実戦に出ても、これといって問題はないだろう。
車に乗った瞬間に、後部座席に乗ったダリーが、ウェスパーの持っていた無針注射器をぶんどった。そしてジャケットを片袖だけ脱ぎ、案の定、ためらうことなく、右の上腕に無針注射器を打ち込む。
特に、何もダリーは変わっていなかった。ただ、無針注射器をどけた瞬間に、幾何学的な文様が、右上腕に浮き出ただけだ。
「イーグになった感想はどうだ、ダリー?」
ザックスが、先程応接室でダリーが吸っていたシケモクを渡した。
ダリーがいつものように、火を付け、吸い、紫煙をけだるそうに吐く。
「別に、何も変わらねぇな。シケモクの不味さも、何も、変わりゃしねぇ」
相変わらず、不機嫌そうにシケモクを吹かす姿は、いつものダリーだった。
ただ、何故か、変わらないと言ったときに、異様にダリーが失望したように見えた。
何故なのだろうと考えるのは、後にしよう。今は、うちの部隊がまずいのだ。
「ちょっと飛ばすぜ、しっかり捕まってろよ」
一気に、アクセルを踏み込む。けたたましいエンジン音と、ガソリンの燃える微かな臭い。
たまには、バイク以外に乗るのも悪くないなと思った。