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第三章(1)

AD三二六五年七月一八日


 メンバーの選定は、いつの間にかガーフィから委任された。

 ダリーが解放されてから、既に三日になる。その三日の間に、自室で出来る限りの人間をピックアップしては、メンバーとして使えるかどうかを選定する、その作業を繰り返した。


 ただし、問題があった。ダリーの構想が、あまりにも多岐にわたることだ。

 何をどうすれば自分と変わらない年齢であんな構想を生むことが出来るのか、聞いてみようと思って、いつまでも聞き出せない自分が、ザックスは少し情けなくなった。


 通常、部隊編成はM.W.S.やエイジス、指揮車両を随伴させる通常の戦闘部隊に、整備班で構成される。だが、ダリーは更に『この部隊のためだけに結成される工作、諜報部隊』をも組み込むというのだ。

 全ての情報を一元に集め、工作部隊も用いた作戦行動を行うことで迅速な行動を可能にする部隊、それがダリーの構想だった。


 戦闘部隊は、ザックスとダリーが中心になって選定した。ダリーの部下は、ダリー自らが招聘した。シミュレーション上でも十分な戦果を上げているだけあって、悪くない。中核として据えるには十分すぎるだろう。それもあり、今はダリーとその部下にも、パイロットの人選を行ってもらっている。

 整備班は、ウェスパーが約二〇〇人にも及ぶ現在の部下を全員引き連れてきた。全員がウェスパーの暴走族時代からの部下だったのだけは、対立していた身からすると、苦笑せざるを得なかった。

 完全にアウェーの気分だったが、驚くほどに練度が高い上に、機体に関してとにかく精通している。それに、特に自分と揉めようという気もなかったらしい。


 そこまでは問題ない。

 だが、工作部隊となると、こちらは専門外だ。こればかりは、ダリーと何度も相談したが、なかなかいい人材がいなかった。

 書類に目を通し続けて、三日が経った。気付けば、一睡もしていないことに気付いたのは、書類を一枚、落とした時だった。


「集中力、少し落ちるな、流石に三日は」

「興奮の方が俺の心の中で比率が大きかったから、気付かなかっただけだ、ダリー。そうか、三日か」


 ガーフィが自分とダリーとウェスパーを自宅に招いて夜通し酒を飲みながら編成プランを錬ってから、三日しか経っていなかったことに、少なからず驚いている自分がいた。

 ガーフィが、『先天性コンダクター』というよく分からない能力を持って生まれた『ルナ・ラナフィス』というディール・ラナフィス元外交長官の娘を養子に取ったという話は聞いていた。そのルナに偶然会ったが、見た限り、普通の少女だったのを覚えている。

 だが、同時に、地獄を見た人間以外に浮かべることの出来ない目をしていたこと、そして、ダリーが不思議と、ルナや、ガーフィの実子であるレムの頭を優しく撫でていたのが、今でも思い出される。

 あれから、たった三日しか経っていないのか。何故か、遠い日の出来事のように、ザックスには思えた。


 あぁと、呟くように言った後、ダリーがシケモクを吹かす。

 何故シケモクを好むのかは、どうしても分からない。新品の煙草では、何故かダメらしい。


 そして、手に持っている得物は身の丈に匹敵する柄と自分の顔の倍はあろうかという鉄球の付いたウォーハンマーと来た。それを持って素振りでもしてきたのだろう。少しだけ汗が出ていた。

 何処までも風変わりなスタイルを地でいく男だが、何故か、この男がヤケに浮世離れしているような、そんな気がしてきた。

 何故そう思うのかは、よく分からない。髭を解放されてから剃ったが、それでますますその感覚が強くなった。


「お前、なんでまたあんな変な噂流して、自分を悪い方へ向けたんだ?」

「あん?」

「投獄された理由だよ。孤児院支援のための物資横流しがホントの理由らしいな。そのクセになんでまた上官を殴ったって理由だけにしたんだ?」

「美談にしようとしたところで、物資の横流ししたのは事実だからな。そんな汚れた金だと孤児院の連中に知られてみろ。白い目で見られるのは奴らだ。汚ぇ金なんつーのは、今の企業国家の体制にとっちゃ致命傷一歩手前だ。ついでに上官はマジでタコ殴りにした。そうすりゃ、俺の悪名だけが無駄に広がり、あいつらは傷つかん。そういうことだ」


 臭いことをやる男だと、内心ザックスは苦笑した。

 ダリーという男は不器用らしい。それも酷く不器用だ。マフィアみたいな奴だなと、思うほかなかった。


「水くせぇな、お前」


 正直、感想もこれがいっぱいいっぱいだ。自分もまた、この男を計りかねている。

 大器であることは間違いないだろう。


 だが、何かが、この男を苛立たせている。普通の奴ならば、殴ったとしても、全治一ヶ月もの重傷は負わせない。

 自分の力に対する使い方が、分からないから苛立っているのだろうか。それとも、別の何かがあるのだろうか。


 聞きたくても、聞けなかった。ダリーも、ふんと鼻を鳴らして、顔を背けた。

 この話題はやめようと、ザックスは思った。地雷のような、予感もした。


「で、ダリーよ、どの程度進んだんだ? 戦闘人員の選定は」

「最強、というのは存外難しいもんだ。てめぇがピックアップした連中のうち、使えそうなのはせいぜい一〇人だな」

「大隊どころか中隊規模の数か。むしろお前の目に敵う人間がそれだけいることを誇るべき、か」

「まぁな。隊長がバカだったからロクに芽が出てこなかった奴も結構いる、ってのがよく分かったぜ。ま、これから調練やってそれで何処までついて行くか、だな」

「その一〇人のうち半分残れば十分、か?」

「いや、意外にしぶとく付いていきそうだから、それについちゃ心配はねぇ。それより、お前、さっき落とした書類拾っとけ」


 それもそうだと、苦笑しながら書類を取る。

 ロイド・ローヤーという士官の物だった。写真で見ても分かる、肥満体の士官である。年は三一と、自分達より僅かに上だった。

 健康管理もろくに出来ないのかと思いつつ、戦歴を見る。というか、なんでこんな奴が抽出されているのかも分からなかった。


 眉をひそめたのは、その戦歴を見た時だった。

 何も、ないのだ。そのクセに階級は少佐である。

 コネで入ったのかとも思ったが、何かそれにしては違和感があった。

 強いて言えば、目だ。写真越しでも分かる程、ダリーとは違った、底知れない狂気を持っている人間の目だった。


「ダリー、このロイドとか言う奴、お前知ってるか?」


 ザックスが書類を渡すと、また目まぐるしい早さで目を動かしながら書類を見た。ダリーのクセの一つなのだろうと、ザックスは思った。


「誰だよ、このデブのおっさん。つか、階級とか色々と怪しすぎるだろ。スパイかこいつ」


 スパイと言われて、何かが、頭で繋がった。

 戦歴がないのではなく、『書けない』のだとすれば。

 ひょっとしたら、諜報部か何かの人間なのかも知れないし、ガーフィがこれを意図的に入れた、という可能性もある。

 念のため連絡を取ろうと思っていた矢先に、ちょうどそのガーフィから連絡が入った。


「大佐ですか。まだ部隊編成は途中ですぜ?」

『編成作業は出来る限り急いでもらいたいが、それ前に会長から餞別があるそうだ。なんでも、試作機らしい』


 早速実働データを採れ、ということなのだろう。機械開発部第六課の工房に、ウェスパー、ダリーと共に来るように、とだけ、ガーフィが言った。

 要件はそれだけだったようで、すぐに通信は切れた。


「思ったより早かったかな、ダリー」

「むしろ、これくらい早いほうがちょうどいい。俺は退屈で退屈で仕方がねぇ状態だったからな。俺は戦がやりてぇんだよ、最強を率いた上での戦なんてよぉ、最高でたまんねぇだろ?」


 ダリーの目に、不敵な狂気が纏わり付いていた。

 戦をやるために生まれた男なのだろう。自分達とはまた随分違った狂気を、この男は持っている。

 だが、それに惹かれる。面白いなと、いつの間にか思えてきた。


 ひょっとしたら、このロイドとか言う奴も、そういう奴なのかも知れない。

 そう思い、資料を拾ってから、第六課へ向かった。眠かったから、運転はウェスパーに頼んで、ジープで移動した。


 しかし、三日寝ていないからなのか、それとも普段乗らない後部座席に座ったからか、景色が、異様に殺風景に思えた。

 そこら中に配備されたバウンドロット。正直、あまり優雅とは言えないその姿が、そうさせるのだろうか。運転席に乗っている時には、そんなこと感じたこともなかったのを、今になって思い出す。

 麻痺っているのだろうとだけは、少し寝ぼけた頭で分かった。

 第六課に着くや否や、何故かガーフィが正門前で待っていた。


「遅いぞ、お前ら」

「大将自ら出迎えたぁ、なかなに重要な物、っぽいな」

「あんなもの見せられれば、興奮もする」


 ほぅとだけ、ダリーが呟いた。

 言われた格納庫に行くと、昼だというのに、真っ暗だった。

 ん、と唸った直後、後頭部を、軽い衝撃が襲い、意識が遠のいた。


 そして気付くと、薄明かりの部屋にいた。広さは、十畳ほど。どうやら、応接室らしい。ウェスパーも、ダリーもいた。

 どうやら、自分が一番、目が覚めるのが遅かったらしい。ダリーは、不機嫌そうにシケモクを吹かし、ウェスパーはM.W.S.の広報雑誌を読みふけっていた。


「遅いぞ、お前目が覚めるの」

「ここ、何処だ」

「第六課の応接室だ、ザックス。ガーフィのおっさんが、何かやったらしい」


 はぁと、ダリーがため息を吐いた直後、ガーフィが、扉から入ってきた。


「すまんな。あれの能力、知ってもらいたかったのでな」


 一瞬、この野郎をぶん殴ろうかという衝動に駆られたが、流石にそれは人としてまずい気がしたので、必死に拳を押さえ込んだ。


「誰ですか、俺達をどついたの。だいたい何が目的なんです」

「お前、ロイド・ローヤーに目を付けただろう」


 ん、と一瞬だけ唸った。

 なんでそんなことを知っているのか、どうも分からない。或いは、自分が持ってきた資料でも見たのか。


「あの資料は、ガーフィ大佐の指示通りに、私が仕込んだだけですよ、わざと落としやすいように、少しだけ履歴書に細工を施させていただきましたが」


 急に、声がした。部屋の上部に設置されたスピーカーからの声ではなく、扉の向こうから、声がした。


「おう、入れ」


 ガーフィが言うと、ゆっくりと、男が部屋に入ってきた。

 肥満体、と言う言葉が物の見事に当てはまる男だった。写真で見るより、余程太っている。

 だが、同時に写真以上の狂気を、瞳に宿していた。

 これが、ロイド・ローヤーかと、ザックスは背筋に走る悪寒に耐えながら、その瞳を見た。


 しかし、何故か知らないが、頬にガーゼを付けている。怪我でもしたようだが、肥満体の顔面にも関わらず、腫れ上がっているのがよく分かるほどだった。なかなか豪快な鉄拳でも喰らったのだろう。


「少し、能力を見せろと、ガーフィ大佐に言われましてな。ですので、一度だけ、後頭部のツボを突いて眠らせました。しかし、ザックス殿は寝過ぎですよ。あれから二日経ちましたよ、余程お疲れだったのですね」


 ロイドは笑いながら言うが、思わず、我が耳を疑った。

 二日も経った。ということは、自分はここに二日も寝ていたのか。

 そう思うと、俺はいったい何をやっているのだと、恥じ入る気持ちになった。


「ダリー殿もウェスパー殿も、あなたより三時間三十五分、早く起きられました。私の想定通りでしたが、いやはや、ダリー殿は起きて原因を知るやいなや、私に鉄拳ですからね。あれはなかなか効きました」


 あぁ、ダリーが不機嫌な理由と、頬のガーゼはそれが原因かと、すぐに納得した。

 ロイドは、人に怒りを与える、天才なのだろう。確かに、飄々としているが、それが怖いと思えた。


「ですが、ダリー殿の鉄拳のおかげで、この部隊には悪評が立ちました。鼻つまみ者の集まりにして気性の荒い荒くれ集団、最低でもこんな所です」

「その原因作ったのはお前だろうが、半分」


 ダリーが、シケモクを灰皿に思いっきりたたきつけるように押しつけた。


「それが狙いですよ。この部隊、端から見れば派遣されれば『左遷』を意味する。そう思わせればいいのです。普通にやっている兵士は、行きたがらない場所にする。そうすれば、利権目的で入ってくる奴も減りますからね。もっとも、内部に敵も増えますが、そんなものは実力を持って黙らせればいい、そうでしょう? 最強が歪むというのは、軍全体にも悪影響を及ぼしますからね」


 確かに、この部隊は『実験部隊』としても使用されるのであれば、それは即ち潤沢な予算が回ってくることを意味する。それを目当てにした外部での利権闘争が起きる可能性は、十分に考えられた。

 それで自分達が被害を被ったら、目も当てられない。いつだって上層部の判断に振り回されるのは、現場なのだ。


「なるほどな。そのことを話すために、あんたはあんな格納庫で俺達を気絶させた。よく第六課の連中を騙せたな」

「気配を消す程度、造作もありませんし、目撃者も誰もいません。この程度出来なければ、闇の世界では生きていけないのですよ、ザックス・ハートリー殿」


 また、ロイドが不敵に笑った。

 この男の掌の上に、自分達は完全に置かれたも同然だ。だが、だからこそこいつを使いこなしてみたいと、心底思った。面白そうだという感情は、いつだって重要なのだ。


「面白い。いいだろう。ロイド、あんたの腕を認める。俺達の部隊の工作班、担えるか」

「それを待っていましたよ。私もまた、最強を見てみたいのです。いや、最強であり、最狂であり、最凶である、そんな集団を私は見たい」


 この男は、影なのだと、握手を交わしながらザックスは思った。影は、光が強ければ強いだけ、力を強める。

 ならば、自分達光が、強ければいい。

 いや、強くなくては、飲まれると、直感が告げた。


「で、ガーフィ大佐、まさかとは思いますが、俺達を呼び寄せた試作機の話、あれは嘘ですか?」


 ウェスパーが、思い出したように口を開き、同時に読みふけっていた雑誌を閉じた。

 この男はこの男で、多分機械にしか興味がない。それは何年も暴走族で戦い続けていた頃から、よく知っている。


「いや、それは本当だ。どちらにせよ、見せようと思っていた。一昨日向かった格納庫に行け、既に用意はしてある」


 ガーフィが立ち上がると、それに自分達も続いた。

 ガーフィは会議があるらしく、会議室に入ってしまった。仕方ないので、四人で向かっている最中に、ふと、ロイドの気配がないことにザックスは気付いた。

『気配を消す程度、造作もない』と言ったのは、本当らしい。


 とんでもない爆弾を抱え込んだのではないかと、内心不安になったが、それを、ダリー達の前では、見せたくなかった。

 自分は長なのだ。長ならば、堂々としていなければ、下が荒れる。

 どっしりと構えていれば、自然と部下は付いてくる。古来の戦でも、様々な大将が、そうだった。


 俺は、既に将なのだ。


 そう思いながら、廊下を歩いた。

 怪訝そうな面構えをした人間など、無視した。

 それでいいのだと、自分に言い聞かせた。

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