第二章(2)
収容所に入るや否や、面会室にすぐに通された。
車で飛ばして一時間半、そこにある収容所には、主に軽犯罪や軍規違反を犯した者が一時的に収容されている。
そこでも、やはりダリーは噂になっているようだ。先程、ガーフィが話を通した時に看守が難色を示したところからして、割と厄介な存在と思われているのだろう。
車に乗っている最中にも、この男のことは色々と調べた。それに、収容所に入っている本当の理由も、既に調べが付いている。
確かにこれなら、ウェスパーもザックスも認めるのも、分からないではない。
しかし、著しく軍規に反するだけの、ただの素行不良兵士ならば、切り捨てるつもりだった。
いつの間にか、あの馬鹿げた構想に熱を入れている自分がいたことに、ガーフィは少なからず驚いていた。
昨日のうちに心を何度か整理したが、やはり、自分も最強という物を見てみたい。欲望に何かと忠実であると、たまに変な形で道が開けることもあるのだ。
「大佐、ダリーが来ましたよ」
衛兵に連れられ、ゆっくりした足取りで、男が一人、ガラス越しにある部屋から出てきて、自分の前に座った。
思わず、見た瞬間に背筋が凍った。まるでその瞳は、獅子のような鋭さを持っている。
素行不良と言うが、不思議な気品があるのだ。見ただけで圧倒される、何か。それを、ダリーは持っているように見えた。
収容所に入っても、髭は剃っていなかったのか、伸びっぱなしになっていた。見た目だけ見ると、確かに夜盗の類に見えなくもない。
「で、何しに来たンだ。ガーフィ・k・ホーヒュニング大佐自ら来るたぁな」
ぶっきらぼうに、ダリーが言った。
かなりぶしつけで不遜だが、悪くないなと、何故かガーフィには思えた。
「お前を笑いに来た、そういえばいいのか」
「なら、笑うだけ笑やいい」
「何かに、諦めているようにも見えるな、お前は」
「そうあんたが思うなら、俺はそういうもんなんだろ。で、要件はなんなんだ?」
無言で、ガーフィはダリーに部隊創設に関する指示書を渡した。
目を凄まじい早さで動かしながら、指示書を見ている。そして、指示書のページを進めるごとに、目の色が変わっていくのがよく分かった。
読み終えた段階で、一度だけダリーがため息を吐いた。
「俺がここに入って一ヶ月経ったが、その一ヶ月の間に、華狼かフェンリルが変わった動きをした。見る限り、余程の特殊部隊を相手にするための部隊、そういう部隊に見えるな」
ふむと、唸らざるを得なかった。洞察力に関しては確かになかなかの物がある。
「しかし、何処に対するカウンターだ、これは」
「シャドウナイツの、新規隊長に対する、だ」
「インドラの奴、くたばったのか?」
「いや、奴はまだ生きている。だが、奴を副官に据えるほどの度量を持った、妙な奴が現れた」
ガーフィはザックスに持ってこさせていたファイルを、ダリーに渡した。一日でなんとか調べ上げた限りの、ハイドラのデータが入っている。
大型の銃剣を受領したこと、機体はよりにもよってプロトタイプエイジス『XA-004蒼天』であること、そして、桁外れの度量があること。
戦略面に関しては、未知数な所がある。
「ハイドラ・フェイケル、か。なるほど、奇妙な奴だな」
「でだ、それを鑑みた上で、お前はこの設立案に対し何を思うか、聞かせてもらいたい」
また、ダリーの目が、一段と鋭くなった。
「この資料見たが、俺には『最強』であること以外何も問わないとも読めるな。つまり、俺のような素行不良だろうが、多少思想や性格に問題があろうが、使える奴は徹底して使い、死ぬときは死ね、生きるときは生きろ。そうとも見える」
「つまり、問題があっても戦闘能力だけしか追求する必要はない、と?」
「いや。俺はそれ以外にもまだ必要だと思っている。だから、ウェスパーがいるんだろ」
「俺も規格外かぁ?」
ウェスパーが、一度唸ったが、それを見て、ダリーが少し小馬鹿にしたようにため息を吐いた。
「あぁ、十分にな。だいたいお前だけだぞ、今のこの重装甲重火力が当たり前の時代に、俺のバウンドロットのフレームむき出しにするほど軽量化しやがったのは」
「バウンドロットは無駄が多すぎるんだよ、ダリー。だから削った。だいたいそのうち廃れるぞ、この重装甲重火力ブーム。もう三十年これが続いてるんだぜ。重武装化するのはいいが、おかげでM.W.S.は完璧な金食い虫だ。そろそろ俺は原点回帰のトレンドが来ると思ってる。開発局の知り合いも何人かそう言ってるが、ちっとも上は耳貸さねぇ。それで俺はチンケな補修部隊扱いだ」
確かに、ウェスパーの言う事は道理だった。
『BM-064バウンドロット』は、六四年にベクトーア機会開発部第七課が開発した新進気鋭のM.W.S.だ。トレンドである重装甲高火力も、備わっている。
だが、金食い虫というのも事実だ。重武装化故に弾薬費の高騰と武装補給の煩わしさは現場からも頻繁に届く。更に重装甲化したため、自然と重量が重くなり、人工筋肉に回す冷却用の循環液をとにかく大量に消耗する上、燃費が悪い。
まるで二〇世紀のアメ車だなと、なんとなくガーフィはいつも思っていた。
「な、ガーフィさんよ。こういうおもしれぇ事考える奴がこの国にはごまんといる。そいつらを使ってやると、意外に面白いこと、出来るかもしれねぇぞ」
「面白い事って、まさかお前、前に言ってた構想、やるつもりか?」
ザックスが、冷や汗を流すのを、ダリーはただ笑うだけだった。その笑い方も、何処か子供じみている。
なんというか、悪ガキを思わせるのだ。こういう純粋さと、貪欲なまでに戦を追求しようとする姿勢がある男を、こんな所でのさばらせておくのは、ばかばかしいと思えた。
「まぁ、その構想の話とかも聞きたいし、お前の見識の高さも十分分かった。ダリー・インプロブス『大尉』、お前は今日から俺の直属だ。既に会長から許可も取ってある、この部隊の戦闘隊長は、お前だ」
ダリーの目に、炎が滾った。
この目がザックスやウェスパーを魅了するのかもしれない。いや、自分も一瞬、吸い込まれそうになった。
この男は、間違いなく希代希に見る名将になることが出来ると、一瞬で悟った。
「よし。やったろうじゃねぇか。そういう面白そうなのを、俺はずっと待ってたんだよ。ついでに、シャバに出るってのも悪くねぇしなぁ」
ダリーが、軽快に笑い飛ばした。まさしくその顔も、悪ガキそのものだ。ただ、不思議な気品もある。
つかみ所のない、不思議な男だと、今更にガーフィは思った。