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第二章(1)

AD三二六五年七月一五日


 昨日と打って変わって、少し涼しくなった。

 だが、自分の体は、滾っている。だからか、今日も暑いと感じる。

 寒いと言った奴には、バケツで思いっきり冷や水をぶっかけた。戦略やそれに伴った戦術もまた重要だが、所詮は人間だ。


 意外に、人間という生き物は不思議な物で、最後の最後で妙な力を出したりする。もちろん、それが戦局を変えることは、余程のことがない限りないが、しかし、意外とこれが生死を分ける。イーグは、なおさらそれが重要になる。

 だからこそ、体だけでなく、精神もまた鍛えよ。ザックス・ハートリーが、ずっと掲げていた言葉だった。


 教導隊に配備され、戦術や戦略理論を教えつつ、新兵をしごきまくれと軍課に入った直後に言われ、フィリム第七演習場に来て三年が経った。最初、自分が教導隊に配備されるとは思わなかった。どうやら一万人規模の暴走族の頭やっていた経歴かららしい。

 いい加減だと呆れたのを、今でも覚えている。


 もっとも、自分はパイロットを鍛えるが、あくまでもそれは運動面や戦略、戦術に関することに止めていた。

 何しろ、自分にはM.W.S.に対する耐性がまったくないのだ。あの縦揺れに耐えられず酔ったことで、試験に落とされた。指揮車両などの車ならばなんともなかったが、何故かM.W.S.だけはダメだった。


 伝令の兵士が走ってきたのは、トラックを全部の兵士が三十周走りきった後だった。

 なんでも、海軍の長であるガーフィ・k・ホーヒュニングが呼んでいるというのだ。


 何度か会ったことがあるが、呼ばれるほど何か悪いことをやったかと言われると、身に覚えがない。

 だいたい何故陸軍の自分が海軍の人間に呼ばれなければならないのか、それが分からない。

 クビになったらクビになったで、何か別の職業を考えるしかないだろう。バイクショップをこの際経営し出すのも、悪くないかも知れない。


 しかし、ガーフィがいるという部屋に入ると、見知った暑苦しい面の男が、もう一人いた。

 何故か、ウェスパー・ホーネットが椅子に座って何かをガーフィと話していた。


 この男とは五年前に自分達の傘下だった暴走族を解散させられてから、決着がずっと先延ばしになっていた。

 だが、私闘はするべきではない。今は、同じ軍人なのだ。

 それに、ウェスパーは既に整備部隊の中でも、一目置かれる、いや、下手したら自分よりも遙かに名が知れている男になっている。実際、自分もたまに感心することがある。

 しかし、この男もガーフィに呼ばれるというのは珍しい。


「ザックス・ハートリー大尉、ご命令により出頭致しました」

「おう、よく来たな。早速で悪いが、これを見ろ」


 言うなり、ガーフィは持っていた資料を渡した。早く読んでみろと、ガーフィの目が言っている。

 急かされたこともあって、書類を流し読みしたが、読んだだけで、少し目眩がした。

 最強の部隊を作成する。本当にそれしか書いていない、といってもいいくらいの大雑把な内容だった。

 そのクセ何故か自分が指揮を執ることになっている。事前通知も無しでなんだこれはと、思わず資料をすりつぶしそうになった。


「大佐、これ、どう考えてもこれ戦力の一極集中招いて終わりの気がしますが。しかもなんでこれに会長のサインまであるんです?」

「会長が作ったプランだからな。そりゃあるに決まってるだろ」


 ガーフィが、苦笑しながら言った。半分ヤケクソになっている気がした。目が笑っていない。


「で、なんで俺が隊長なんです?」

「規格外、だからだろうな。実際、俺はお前のことを昔から知っているが、正直暴走族とはいえ、一万を超える連中の統制をしっかり取っていたというのは並大抵の物じゃないぞ」

「昔のことですよ、族のヘッドだったのは。ここにいるウェスパーも同様です」


 ふんと、ウェスパーが呆れながらこちらを見て、そのまままた視線をガーフィに戻した。


「まぁな。だが、正直、俺はこの部隊の編成はありじゃないかと思っている」

「そう思う理由を、お聞かせ願いたい」

「分かったよ、大尉」


 ガーフィが、もう一個の資料を見せながら、順々に状況を説明していく。

 流石に海軍をまとめているだけのことはある。恐ろしいほど明確でわかりやすい説明だった。

 同時に、確かに必要とされる理由も、よく分かった。ハイドラなる人物のことも気になる。


「そんだけ状況が目まぐるしく変わった、それで規格外連中が必要になって、まず声が掛かったのが俺とウェスパー、ってわけですか」

「そういうことだ」

「でも俺M.W.S.乗れませんよ。酔うから。あの縦揺れがまずいんです」

「だからだ、俺はお前とは別に戦闘隊長を据えようと思った。そこでだ、お前達規格外の人間なら、そういう人間が簡単に見つかるかと思ってな」


 規格外の人間と言われても、正直あまり嬉しくない。というか下手したらこれは左遷というか、厄介払いじゃないのかという気すらしてきた。

 だいたいそんな簡単に規格外の人間など見つかって溜まるものかとも思う。そんな人間ばかりだったら、今頃会社は潰れているだろう。


「規格外、って意味なら、あいつ、しかいねぇな」


 ウェスパーが、呟くように言った。


「あいつ?」

「一人いるだろうが。俺らと同じ年齢で、マジ物の規格外が」


 ウェスパーに言われて、ハッとした。確かに、あの男は間違いなくその要件を満たしている。

 だが、あれは相当危険な男でもある。扱いを一歩誤れば、こちらが喰われる。


「『狂犬』、か」

「狂犬? もしや、ダリー・インプロブス二等兵か」


 一つ、ザックスが頷いた。

 恐らく、ベクトーア創設以降、あれ程扱いに困る男もおるまいと、ザックスは常々思っていた。


 能力は確かに桁外れだ。指揮もこの七年間無敗かつ死傷者なしを通している。撃破スコアも個人でM.W.S.二〇〇機は破壊している。その上ある種のカリスマ性もある。

 戦闘面に関しては、もはや神がかっていると言ってもいい。


 だが、性格が破天荒すぎた。何かに、常に怒っているような、そんな印象を、ザックスは抱いている。そのせいか、異様に荒いし、素行に関しては元暴走族のヘッドである自分達ですら愕然とするほど悪い。

 正悪が見事に混在する男、だから皆から『狂犬』と呼ばれ忌み嫌われているのも、よく知っている。


 この間は、上官を部下と一緒にリンチして大尉から二等兵に格下げという酷い降格人事に合い、今は収容所で抑留生活を送っているという噂だけは耳に届いていた。


「奴しか、その最強という点においては、条件を満たせないでしょうね」

「なら、決まりだろう。会いに行くぞ。ザックス、ウェスパー、そいつの所まで案内しろ」


 ガーフィが資料を手早くまとめて、椅子から立ち上がった。

 自分達にやらせればいいものを、ガーフィは率先してやる。

 変わった司令官だと、呆れながら見ている、自分がいた。

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