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第一章

AD三二六五年七月一四日


 暑さが、なかなか厳しい日だった。陽が、かっと差し込んできている。

 調練場のアスファルトに、足を踏ん張らせた。槍を、一度構える。刀身に、気を一度だけ込めた。


 相手が、咆吼を上げた。いい気構えだと、ガーフィには思えた。

 向かってきた。しかし、直線的な動きだった。すぐに、刃先がぶつかった瞬間に槍をはじいた後、踏み込んで石突きで鳩尾を叩く。

 相手が、どうと、地面に伏した。既に、白目をむいている。


 それを確認した後、次の相手を呼んだ。これを、二百人ほど相手にして、朝から延々と繰り返している。さっき伸びた兵士も、運んだ先で水をふっかけて目を覚まさせた。その後、一人一人に反省点を教え、次までの課題にする。

 雨が降ろうが風が吹こうが、これを繰り返し続けた。夜間に抜き打ちでやったこともある。


 流石にこれだけ連続してやり続けると、闘気が目に充ち満ちてきている。

 出来ることなら、末端の全ての兵士を、こういった目にしたいというのが、ガーフィの率直な欲望だった。


 血のローレシアで、ディール・ラナフィス外務長官、即ち自分の従兄弟が死に、大詰めを迎えていた華狼との和平交渉は瓦解した。そして、議会も陸軍のタカ派を抑えきれず、戦争の長期化が避けられなくなった。

 これでは中生代の日本が第二次大戦だかいう昔の戦争で敗れたのと同じではないかと思ってしまう。

 それを考えたくないから、こうしてデスクワークを大してせずに、調練を行っているのかも知れない。


 特使が来たのは、更に三人、突き倒した直後だった。

 会長からの呼び出しだった。軍課課長のサインまである。


 槍を置いて、解散を命じた。全員が、礼をした後、それぞれの調練に戻っていく。

 この調子ならば、いい兵士に育つだろうと、ガーフィは思った。


 基地を出た後、すぐに本社ビルに向かった。自家用車で、いつも向かう。ガソリンエンジンの音を聞くだけで、何処か、別の高揚というか、安らぎが生まれる。そうすると、自然と頭がまた冴えるのだ。機械をいじっているときに、いつもこういう感覚になる。

 だが、どういうわけか娘のレムも、同じような趣味を持ち始めている。妻を亡くしてから、男手一つで育てたようなものだったからか、女の子らしい趣味には、まったくと言っていいほど興味を示さなくなった。

 まぁ、趣味はどうとでもなる。娘の、好きなことをやらせるべきなのだ。


 この前引き取った、ディールの娘であった、ルナもまた然りだ。格闘術にのめり込んでいるようだが、同時に読書が好きなようで、色々な本を読む。

 ただ、自分の部屋で軍学書を読んでいたときだけは、どうしようか真剣に悩んだ。


 そうこう考えているうちに、いつの間にか本社ビルに着いていた。

 フィリム第二駐屯地から僅か五分足らず。近いことは近いが、走らせながら考えをまとめるには向かないなと、苦笑して車を止めた。


 護衛の兵士が二名、横に付いた。エレベーターに入った後、暗証番号を入力し、静脈認証をやった上で、上階にある会長室へと向かう。

 会長室の扉をノックして、部屋に入った。部屋は広いが、これ自体、半分会議室も兼ねている。緊急時には、ここに役員が集まることになっている。自分も、何度か呼ばれたことがあった。


 しかし、前に来たときよりも、また一層、ヨシュア・レイヤー・ヴィルヘルト・リッテンマイヤー会長は憔悴し、小さくなっている気がした。部屋が広いから、余計に小さく見えるのだろうと、ガーフィは無理矢理自分を説得する。

 疲れているのだろうと、正直同情した。華狼との講和交渉は全て白紙に戻り、協議の再開すらままならないのだ。そして、この人間の肩には、六億人もの社員の命が掛かっている。


 自分はあくまでも戦場のことだけに気を配ればいいが、会長は更に民政から何から何まで、全て考え抜かねばならない。

 重いのだろうと、自分は漠然と思うだけでしかないのを、いつも恥じる。


「ガーフィ・k・ホーヒュニング大佐、命令により出頭致しました」

「良く来たな。座りたまえ」


 では、と一度だけ礼をしてから、横目に付いた長椅子に座る。ヨシュアもまた、自分の対岸の椅子に座った。


「会長、今日は、どのようなご用件で?」

「君に、聞きたいことがあってな。この戦争、どう思う?」

「きな臭い、というのが第一印象です。今更フェンリルが介入してくる理由が、まるで掴めません」

「華狼と我々との戦で双方が疲弊したところを叩く、という漁夫の利ではない、と?」

「それだったら、もっと泥沼の展開になった段階で参戦すればいい。双方とも、まだ戦力にはかなり余裕があるのに参戦してくるとは、まるで戦争をより混乱させようとしているとしか、私には見えないのです」

「なるほどな。やはり、君に頼むのが正解かも知れないな」


 会長が、ふっと笑った後、書類をガーフィに渡した。

 結構詳細にまとめられた部隊編成案だった。民政の才が際立つかと思えば、存外こういう軍才もあるのかと、少しだけ感心した。

 書類を拝見したが、一瞬だけ感心した自分を恥じた。書いてあることが、無茶苦茶だった。


「設立方針、とかく最強であれ、ですか。下手したらこれ、戦力の一極集中招きかねませんが」

「ガーフィ大佐、我が国は、人口の数だけで換算すると、三大企業国家の中で最も少ないことは知っておろう」

「はい」

「どうしても、人口による国力の差は避けがたい。しかし、中には多少思想に問題があったとしても、使える人間はごまんといる」

「まさか、この部隊をそういう人間だけで固めると?」

「察しがいいな。そして、徹底的に使う代わりに厚遇する」

「つまり、雇用に心配はない。こういう連中でも我々は見捨てない。そういうことをやるためのプロパガンダ用の寄り合い所帯ですか」

「もっとも、それは半分だ」

「半分?」

「ガーフィ大佐、その設立方針だがな、私は、本気なのだ」


 何故か、子供のように会長が笑った。

 この笑みは、割とこの会長が部下に無理難題を強いようとしているときの笑みだと、ガーフィはよく知っている。

 よく、生前にディールが


「無理難題をふっかけるときに限って、あの人は笑うんだ」


と酒を飲みながら笑っていたのを、未だに思い出すからだ。


「最強の部隊を設立させたい。その方針は分かりました。しかし、何故そういう発想に至ったのか、その経緯をお聞かせ願いたい」


 ふむ、と、顎を一度撫でた後、タブレット端末を会長がいじり、ある写真を見せてきた。

 左半身に入れ墨が入った、男の写真だった。

 だが、片目が明らかに人間のそれではない。赤く、そして瞳孔はよく見ると、獣のそれだ。

 しかし、もう片方の目は、ダークブラウンの澄んだ目だった。何処か、怖さもあるが、不思議な印象も持つ、奇妙な男だ。


 何故か、何の関係もないはずなのに、目の輝きが、ルナのそれに似ていた。

 いや、ディールの、いや、今は自分の娘だが、しかしルナはこんなに荒んではいないぞと、一度頭を振って否定しようとしたが、何故か頭から離れなかった。


「この男は?」

「ハイドラ・フェイケル。本名かは不明だ。経歴不詳、年齢は三二というが、これも公称。しかし、信じられないかも知れないが、この男が、つい三日前に、シャドウナイツの隊長になった。インドラと一騎打ちをして、その末に破ったそうだ。そして、インドラはこの男の副官になったが、既にシャドウナイツはハイドラの基にまとまりつつあるという情報まで、私の耳には入ってきている」


 バカなと、思わず呟いていた。シャドウナイツの隊長であったインドラ・オークランドは、確かに初老に達してはいたが、剣技においては達人とすら称されていたし、第一無敗だった。

 間者からもその情報が入っていたから、フェンリルが宣戦布告をしたときに対インドラをどうするかまで考えていたのに、それすらも破った男が現れたのか。

 経歴が不詳なのがどうも気に掛かるが、あのインドラすら副官として支えようと考えているのだとすれば、相当シャドウナイツが強化されることになる。


「会長、この最強としたい部隊、対シャドウナイツも側面にあると?」

「それだけではないぞ。華狼の方も、数名、厄介な武将が現れ始めた。スパーテイン・ニードレスト、知っているか?」

「存じております。初陣の話を聞いたとき、十八には思えない決断をすると、正直感心しました」


 七年前、初陣で相手が籠城した時、父親であるグロースの部隊に撤退した振りをさせ、敵に追撃させた後、がら空きになった本陣を僅か五機で奇襲して陥落、その末にそこから一気にスパーテインが追撃をして最後方にいた大将を討ち取った。

 初めて聞いたときは、なかなかの将が出てきたと、敵ながら感心したのを覚えている。

 確かに、その時から既にかなりの年月が経っている。齢は、二五になっているはずだ。


「それだけではないぞ。信じがたい話だが、凄まじい将がもう一人いる。あの会長の嫡男だ」

「ザウアー、でしたか。聞く話では、あのスパーテインも相当信頼しているとか」

「ああ。あれだけ冷遇され続けていたニードレスト家がカーティス家と再びくっつくのは、はっきり言って厄介なことこの上ない。出来ればあの両家を離間させたかったが、ザウアーが恐ろしく出来る男だからな。二六とまだ若いが、怖いぞ。暗殺もやろうとしたが、返り討ちにあった」


 会長の口ぶりからすると、恐らく会長の子飼いの間諜集団がいるのだろう。それが仕掛けていた策を、そのザウアー一人のせいで上手く動かせていないのだとすれば、厄介な男だと言えた。

 出来れば華狼には今のバカな会長のままでいてほしいが、かつて家を存続させるためバカな親を殺して当主となった王は多いのだ。ザウアーがその手を使わないとも限らない。


「それで、この計画、ですか。全ての面において危機的状況を打破できて、それを基に全ての部隊の士気を上げ、反撃の機会をうかがう。そういったところがコンセプト、ですな」

「正解だ、大佐。頭が痛くなるであろうことは、こちらも分かっているつもりだが、頼む。それに、大佐の直轄の方が、何かと融通も利くだろう。私の直轄にするより余程マシだ」


 こう言われると断れないのが自分の辛いところだった。

 海軍と空軍はこの会長になってから極端に強化されたこともあるし、予算配分もかなり増えた。借りがある状態では断りにくい。

 ため息を吐いた後、書類の設立申請書類を再度見る。


 隊長だけは、既に決まっているようだったが、それ以外は任せるとも書いてあった。更には、『例え囚人でも魅力的な人材がいれば釈放して構わない』という許可証まで付いてきている。

 如何様にもやれというのが、会長の条件なのだろう。


 申請書に、サインをした。会長室を出た後、そのままエレベーターに乗り、愛車に乗った。

 何故か、意外と清々しい気分でいる、自分がいた。


 最強という物は、存在などしない。それはわかりきっている。だが、もし、最強に限りなく近い存在が、自分の旗下にいるとすれば。

 そして、それが戦で楔を打つような存在となれば。


 そういうのに魅せられる人間は、意外と多いのだ。この前演習に参加していたロニキス・アンダーソン少佐も、そう言っていた。

 三八才、自分より二個上で、指揮管理能力は非凡な物を持っていると思っている。

 あれを誘うのも手だろうかと思ったが、あれは自分なんかより遙かに堅物だ。やめた方が無難だろう。規格外の連中を相手にするなど、胃に穴が空くのが目に見えている。

 やはり、こういう規格外の連中を集めるには、規格外の奴にやらせるのが、一番いいのだろう。


 渡されたファイルを開き、隊長の名前をもう一度見た。

 ザックス・ハートリー大尉とだけしか、書いていなかったが、それで十分だった。あの男が規格外の人間であることは、戦術理論を教え込んだ自分がよく知っている。

 流石に一万人規模の暴走族の頭やっていただけあって、意外にしたたかでありながら剛胆な作戦も立案しているし、部下の面倒見が結構いい。


 しかし、素行が悪い。その点に会長は目を付けたのだろう。いい判断だと言えた。

 車を、外に出した。

 気付けば外は既に夕日に包まれている。

 なんとなく、夕日を見ると、二年前に死んだ妻を思い出す。葬式も、そんな中でやったのだ。


「そうか。あれから、二年も経ったんだな、リーア」


 自分は、その二年でえらく老けた。

 だが、レムは、その二年で成長した。明るい子に育ってくれそうだった。姉となったルナとも、仲が非常にいい。最初から姉妹だったのではないかと思うほどにだ。

 そんなルナが、今日で十歳になる。本来だったら、ディールや、実兄であったカイと迎えていたであろう、誕生日だ。


 新たな家での再度の門出には、ちょうどいいのかな、などと思いつつ、車をケーキ屋とおもちゃ屋に急がせた。

 あの子は、何を喜ぶだろう。そんなことを、車の中で考えた。

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