エピローグ
エピローグ
AD三二七五年七月一五日午前五時二一分
いつの間にか、外に出ていた。日は、先程に比べると、少しだけ昇った程度に過ぎない。
しかし、晴れるだろうと、ウェスパーは思った。
ザックスは、重いため息を吐いている。
「色々と、重すぎたし、大きすぎたよ、あいつは」
「やはり、忘れられんか、ザックス」
「そうですな。多分俺は、あいつの幻影、一生追うんだろうと思いますよ、准将」
そうかとだけしか、ガーフィは言わなかった。
「お、ルナだ。では、失礼」
確かに、目先にルナが見えた。ガーフィが、ルナの方へとゆっくりと歩いて行く。
まだ、考えてみればルナは二十歳になったばかりだ。自分より、遙かに年下なのだ。
そんな人間に、重すぎる荷物を抱えさせていいのか、何度も悩んだ。ダリーの残したインパクトは、軍内ではそれだけ大きかった。
ロニキス自身も、悩んでいるというのもよく聞く。
「長かったな、七年は」
「長すぎたよ、俺には。多分、一生残るんだろうな、あの記憶だけは」
「そう簡単に、忘れられても困るだろう」
「そうだな、ウェスパー」
ザックスが、煙草を出して、吸った。
「なぁ、ウェスパー、あの噂、本当だったと思うか?」
「ダリーの、あれか」
ダリーは分からないことだらけの人間だったが、どうしても経歴だけはいつまでも分からなかった。だから墓場も、軍人の共同墓地に、入れるしかなかった。戦死を告げるべき相手も、誰もおらず、かなり困惑した覚えがある。
ただ一点だけ、妙な噂があった。
ダリーは、現会長の流れを汲む者、或いはクローンだという噂だった。
これに関しては、恐らく永久に分かることはあるまいと思っているが、あれだけの好待遇や、そこはかとなく漂っていた気品を見ると、なんとなくそれが事実なのではないか、と思ってしまうときもある。
「結局、分からずじまいだったな」
「過去のこと、何も言わなかったからな。だが、案外、本当だったのかも知れん」
「どういうことだ、ザックス」
「待遇の面もあるが、あいつ、常に何かに怒っていた。それが、自分の境遇や自分という存在定義に対して、だったとすれば、ということだ。ルナの奴が、昔相談に来たとき、その言葉を言っていた。存在定義がなんであるか、分からないとな」
ザックスが、ため息を吐いてから、煙草を携帯灰皿に捨てた。
「だが、俺にはそんなこと、どうでもいいと思っている。自分が何者か、自分の存在意義が何か、それを探し続けるのが人生ではないか、ということが、最近ようやく分かってきた気がする。ダリーが言い残した言葉の意味が、な。多分、俺もまだ探してるんだろうさ。お前はどうなんだ、ウェスパー」
呵々と、思わず笑った。
この男が人生の定義を述べるか。やはり、年を重ねると、そういうことを考えるようになる。
自分もまた、そうだった。
ただの整備兵か、それとも、そうではないのか。それはまだ分からないし、この世の中は分からないことだらけだ。
ただ、それを探求できるということを、考えさせるきっかけになった男は、いつまでも、不思議と胸に残り続けている。
遠くを見た。
ルナが、ガーフィと互いに得物を持って対峙していた。
ガーフィは槍を、ルナは、己の拳のみだった。
遠目からでも、互いに緊張感を持ちつつも、何処か楽しんでいるのだと、ウェスパーにも分かった。
「あいつら、拳で語り合ってるんだな」
「その語り合いの中で、意義を問うてるんだろうさ、ルナは。ああやって、ダリーの意志は生き続けてる。それで、十分じゃねぇか」
ザックスが、呵々と笑いながら、自分のバイクにまたがって、そのまま去っていった。
外は、晴天である。
再度、周囲を見渡した。
ゼロ・ストレイが、両刃刀を持ち、演舞を行っている。
思えば、不思議と、面白い人間ばかり、この部隊には集まっている。
ならば、奴がやったように、俺も俺の人生を楽しもう。
「ヘッド、紅神の最終メンテ、そろそろ入りますぜ」
「わーった。野郎共、とっかかるぞ!」
「応!」
整備兵の怒号が、自分の胸にも響く。
あいつみてぇに、いっちょ気張りながら、探してみよう。
そう思い、整備場へ走った。
(了)