act 5
「それにしてもこの庭は奇妙にも感じるよな。表面は白く薄化粧してるものもあるけど、冬場でも緑の葉がつく植物が集められてるんだもんな」
「神官の趣味……ではなく、神殿にとって必要なものが植えられているので、冬でもと言いますか、一年中変わらずに花や葉や果実が採取可能な植物に偏っているのはあるみたいですよ」
オリヴィエ殿下とセリュメの話に耳を傾けて、土に木の棒で書いていた魔術式を途中までで切り上げて、左右に消すとそのまま勢いよく立ち上がる。
「そうだ。スノボの件、どうする? 今の俺達じゃ華麗なトリックなんて決められないし、まともに滑れるかもあやしい」
「板を職人に作らせているんだろ? まずはそれが出来上がってからと思っていたんだけど、もう出来たのか?」
「うん。今の俺に合わせた板が出来上がったよ。あとはヘルメットをどうするかでなやんでる」
もとの自分でも技を決められたかどうかは何とも言えないけど、今の自分でも普通に滑るくらいなら練習次第でどうにかなるんじゃないかと思ってる。願わくば、で、ありたい。
「鎧の兜じゃかわりにもならないよな。でも、俺達が広めようとしてるのは、安全面の魔術が使用可で推奨のスノボだろ? そこまで心配はいらないんじゃないか?」
「魔術の質問題がまた出てくる予感」
「だとすれば、また一部の魔術師が忙しくなる展開かあ」
「命に関わることだから、多分妥協しないと思うんだよな。人によるだろうけどさ」
「スノボはいずれこちらの世界でも自然な流れとして誕生する予定なので、神としては口を挟みませんが、出来れば輸入はさけて頂きたいのが本音です。でも一つ言うのであれば、安全面の魔術は更なる詰めが必要ではないでしょうか」
「まあ、そうなるよなー」
冬の山と言えば、で動き出したスノボプロジェクトだけど、実を結ぶのはまだ先になりそうだ。
一言呟いて何かを考え出したオリヴィエ殿下を見て、もう一度彼の隣に腰かける。
ナザリハインド山脈もロノス山脈も入山料を取って環境を整えているし、今までスノボはなかったけれどスキーはあったこのルーゼファートの歴史に、我がクレスレード領の数あるスキー場は今日も通常通り営業して、何でもない一ページを残しているはずだ。
このルーゼファートでは魔術が使える。その分、魔術を使うかどうか、その前に使えるかどうかで人は選択を迫られる。
時と場合により、使用が定められている場合もあるけど、そんな時は評判の良い魔術師に依頼が殺到することがあったりもする。
そんな中で、魔術が使える場合は使用可能な限界を見極めつつ、最大限に使うのが一般的ではある。
また、初歩的な魔術であれば、人に頼まず自分自身でかける場合が多いが、そこでも魔術の質の問題が持ち上がる。人から依頼を受ける魔術師は総じて魔術の質が高く、安全度が高いのは勿論のこと、依頼に合わせたカスタマイズや痒い所に手が届くサポート魔術が用いられていたりするからだ。
たとえスタートラインは同じでも、大きな差がつくことになる。
「個人的に楽しむだけなら簡単なんだけどな」
「そうもいかないだろ。俺なんか王太子だし、ユリウスはクレスレード公爵家の一人息子だし。国外ならいざ知らず、国内じゃ注目されるのが普通な運命」
「そう、なんだよなあ……」
王族と高位貴族。行動には影響力があって、大きな責任が伴う。下手な事はやっちゃいけないよなあと思う反面、貴族だから出来る事も少しずつ分かってきているから誘惑がないわけでもなくて、でも今世はまだ五歳だから両親の元でセーブはされている。
あと十年もすればやりたいことも変わってくるだろうから、今多少の煩わしさがあってもそこは我慢。
「どちらにせよ、滑ってから決めるしかないか。俺に安全面の魔術をかけてくれる魔術師は、クレスレード魔術師団の団長だから心配はいらないだろうけど、まずは見てもらわないと対策も取れないもんな」
「今の俺達じゃ、危険な面を伝え切れるかどうか」
「幼児のたどたどしい滑りじゃなあ……」
前世で経験があるとはいえ、今世では初めてで、誰も経験がない中で披露するのは流石に荷が重いかもしれない。
「俺もユリウスが頼んだ職人に頼んで板作ってもらうから少し待ってて下サイ」
「なんでカタコトになるんだよ。期待してますよ」
俺が笑いながら言うと、オリヴィエ殿下が腕を軽くあげたので、その手をがしっと掴んでハイタッチをする。
初滑りには両親やクレスレード魔術師団の団長が立ち合うことになってるけど、オリヴィエ殿下もそこに加わるとなれば、もはや国のイベントといっても過言ではないかもしれない。
「ちゃんと広められるといいな」
「それは俺達次第だな。大人の手本もあると良いんだけどなあ」
「大人の手本か、そうだなあ。あと、必要な道具の流通も大事だよな。広まりを見せてからで良いと思うけど。まずは貴族の間で流行ってくれたらなあとは思うけど、貴族の間だけで収束したら本来の意図から外れちゃうしなあ」