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神代光希 2

初めての文化祭が終わって、数日。

準備期間とか当日は皆結構浮かれてたし、俺も楽しかった。


ふと、姉ちゃんの元気がないな。と思った。

初めは、文化祭の準備とか忙しかったし、気が抜けたのかと思ったから、そんなに気にしてなかった。

けど、何かを考えてるのか、ボーッとしてることが多くなった。


「ちょっ、姉ちゃん零れてる!」

「へ? …あれ?」


マグカップから紅茶を溢れさせたり。


「姉ちゃん! 火! 火!」

「ん、ぅわあっ!」


フライパンを空炒りして煙を充満させたり。


「……いつまでやってんの?」

「ん? あれ?」


延々と花壇に水撒きしたり。


小さな失敗だったけど、姉ちゃんにしてはうっかりが過ぎるというか、違和感がしたから、亮太兄に報告しておいた。

姉ちゃんのことに関しては、母さんや父さんより亮太兄の方が解ってるし。

母さんに言っても、きっと亮太兄に任せると思うしね。


姉ちゃんは亮太兄に丸投げしておいて。

俺は部活帰りに早苗ちゃんの家に向かう。


「こんにちは、早苗ちゃん」

「光希君、いらっしゃい」


夏に一度、俺の前で泣いたからか、早苗ちゃんは俺に対しては感情を隠さなくなった。

というか、気軽に愚痴とか不安を言ってくれるようになった。

まぁ、ほとんど他愛ない話をして終わる日の方が多いけど、それでも、少しでも早苗ちゃんの気持ちが楽になるなら良い。


「おばさんは?」

「今日は閉店までお店にいるって。店長が買い付け? の日だって言ってたわ」

「おばさんも、元気になったみたいだね」


夏に倒れた後、おばさんは今までの仕事を全部‐三ヶ所掛け持ちで働いていたらしい‐辞めた。

早苗ちゃんちの一階の貸し店舗の店長さんが、事情を知って、ならうちで働かない? と誘ってくれたらしい。

出勤に五分と掛からないし、昼や夕方は家に気軽に戻れる。店長さんも、始めたばかりで店員が居なくて、仕入れなんかの時に店を閉めないといけなかったのが、任せられると喜んでいた。


しばらくは店長さんと二人で回していたけど、今では一日店を任せられる時もあるらしいし、案外接客業も楽しいと、良くなった顔色で笑っていた。


「聞いて光希君、最近ね、」


早苗ちゃんは、僕が促さなくても自分から一日の出来事を話し出す。

良いことも、悪いことも。


早苗ちゃんの家庭…というか、お父さんのことは、はっきりと聞いたわけではないし、詳しくも聞いてないけど、何となく理解している。


真っ黒に塗り潰された絵の前で泣きじゃくった早苗ちゃんの言葉は聞き取りづらかったけれど、もう二度と会えないんだということだけは判った。

おばさんも、俺が何となくだけど把握していることを知ってる。

だからか、おばさんは俺と早苗ちゃんが一緒にいると、ちょっと安心したような顔をする。


「早苗ちゃん、たまにはかな姉を怒らないと。かな姉きっとまた同じことするよ?」

「いやだって、かなちゃん本当に楽しそうだったし」

「かな姉が楽しくても、その、しのちゃんさん? が怪我しちゃうよ。かな姉結構馬鹿力なんだから」

「あ~……分かった、かなちゃんに光希君が呆れてたって言っておく」

「俺の名前出すの?」

「かなちゃんには、光希君か桑崎君の名前が一番効く」


キリッとした表情で意味の解らないことを言わないで欲しいね。

あぁでも、かな姉に亮太兄の呆れ顔が効くのは解るなぁ。


他愛ない会話。

でも、早苗ちゃんの手は俺の袖口を握ったまま離れない。

無意識にでも頼られているのが判る。

不安や悲しみを抱えている早苗ちゃんには悪いけど、頼って、縋ってくれるのが嬉しい。

早苗ちゃんを支えられているかはまだ解らないけど、少しでも早苗ちゃんの心が晴れるなら、俺はずっと傍にいるし、どんな話だって全部聞く。早苗ちゃんを否定しない。


「ただいま~」

「「おかえりなさい」」


ガチャリ、とドアが開き、おばさんが帰ってきた。

二人で返事をしたら、くすくすと笑われてしまった。


「は~、疲れた。早苗、ご飯作るの手伝って~」

「あぁ、じゃあ俺はそろそろ帰るね」

「うん、ありがとう光希君」


疲れたと言う割りには楽しそうなおばさんは、ふらつくことなくしっかりした足取りで歩く。

まぁ、階段上ってくるだけの距離だからね。体力的ではなく、接客ゆえの精神的な疲れなんだろう。しかも軽い感じだ。


時計を見れば結構時間が経っていて、うちもそろそろ夕飯の時間だ。

おばさんに食べていかないの? と聞かれたが、母さんにも姉ちゃんにも何も言っていないから、食べていくと流石に怒られる。

うちはご飯を残すことに対して厳しいのだ。事前に要らないとか言っておけば別なんだけどね。


「じゃあ、早苗ちゃん、おばさん、また明日」

「うん、また明日」

「ありがとう、光希君」


手を振って階段を降りていく。

ふと振り返れば、おばさんが一度深く頭を下げたのが見えた。

早苗ちゃんの事情を全て誰かに話すことは…多分ありません。

早苗ちゃんも、自身だけの問題ではないこと、打ち明けてもどうしようもないことだと、理解してしまっているので。

中学生って、そこら辺妙に大人びた考え方しますよね。

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