きのこ道
僕は今、遠足に来ている。
学校のクラスメート達とバスに乗って自然豊かな道を走っている。
アスファルトの舗装された道路から、段々と砂利道を走っているようなタイヤの感触に変わってくる。
山道、といえばこういった感じなんだろうか。
木々の隙間から日の光が零れ落ちる。
空気がマイナスイオンのおかげか、いつもより心地良い気分になる。
景色の流れが徐々にゆっくりとなり、バスが止まった。
皆がわくわくしながらバスから降りていく。
僕はバスから降りた時、普段歩いているアスファルトの地面と違う感触を感じた。
山道が幾つか分かれ、どちらを進むか冒険心を試されているみたいな気持ちにさせる。
あれからひとまず、皆が目的地まで山を歩いて行った。
そこから自由行動に移り、みんな各々の気の向くまま、あちこちを散策している。
僕も当然そのうちの一人だ。
かといっても、単独行動は避けるように言われており、班単位じゃないにしろ、3、4人のグループに分かれ行動している。
この山は地元でもそこそこ有名な霊峰の一つであると聞かされている。
さすがに頂上まで行くのは疲れるのだが、遠足としては気の利いたとは言えない、それでも無難な場所であるように思える。
日の当たる南側と、山影でひんやりとした北側があり、この空気感の差がなんともいえない雰囲気を出させる。
しばらく歩いていると、キノコが沢山生えている開けた場所に出てきた。
きのこといっても、知っているような種類の物ではなく、いろんな種のきのこが目に入ってくる。
食べられるかも分からない種類のきのこを、好奇心いっぱいに僕たちは手に取り、後日調べてみる約束をした。
珍しいきのこがないかと散策しているうちに、小さな沢があるのを見つけた。
僕たちは、この水も飲めそうな程溜まった場所のない浅い沢沿いに、山道の斜面を上に行くことにした。
丘のような起伏のある場所を一つ二つ通った時に、いくらか離れた場所に山小屋があるのを見つけた。
山小屋といっても、木製のそれは家屋の前に―――玄関の前にと言った方がいいのだろうか―――日用品が山積みにされて、置かれていた。
その小屋は、山道の左側が1.5mほどの段差があり、山道の右の方の道側に物が積まれている状態で見つけた。
乱雑に積まれた、所々錆びれた日用品は、露骨なシンクの台や傾いた棚、箪笥、車のタイヤなどが置かれていた。
その上に、歯ブラシや、お酒の瓶や、割れた鏡や、古めかしい炊飯器、オーディオ、そしてアイスクリームが入ってそうなお店で見かける冷凍庫なんかがあった。
僕たちは興味深そうにそれらを見て廻ったり、少しばっちいけど手に取ったりしてみた。
こうしてみると、以前は確かに人に使われていたモノたちであったことを思い起こさせる。
なんとも不思議な、それでもって寂しさを感じさせる気持ちになった。
普通の人たちはこれを見ると、ただのガラクタだったりゴミだったり、不法投棄だとかいうんだろうなあ、と考えながら、今でもこの小屋から人が出てきそうな想像をしながら僕たちは小屋を後にした。
集合場所からあまり離れると先生に叱られるので、そこそこ離れた所で、僕たちは集合場所を中心にしてぐるりと一周するであろう感じに山道を外れようとワクワクしながら話しした。
ふかふかな落ち葉の絨毯を足で踏みしめ、獣道であろう道を発見しながら僕たちは散策した。
山道での道の起伏は、それなりに楽しみながら歩いていたが、道のない山の上り下りは、未踏の地であるのかなかなかに疲れた。
木々の隙間から、集合場所近くでの他のクラスメート達のかすかな影や、声などの情報を拾いながら、誰も入ったことのない所で僕たちは忍者のように忍び歩いた。
暫くすると、綺麗な花の群生地を見つけた。
丸く窪んだ盆地で、そこそこ広く、僕たちはその淵に立って見下ろす感じで眺めていた。
それは青い花で、前に図鑑で見たトリカブトの花のような形に似ているとその時僕は思った。
青い花が20~30株も群れて生えているこの隠れスポット的な光景は、僕たちをえらく興奮させ、また、落ち着かせてくれた。
こう、心にスッと入り込んでくる、人知れない場所で咲いている光景は、山影であるのも影響してか、軽く寒さを感じさせ、また、それはとても心地の良い凛といた感じの寒さを感じさせた。
友だちの一人が時間を気にしている。
僕たちは時間が経つのを早く感じるのを共感しながら、集合場所へと歩き始めた。
バスが止まっているいる場所まで、クラスメートたちはそれぞれのペースで山道を下って行った。
僕たちも、余韻を残しながらも落ち葉の道を踏みしめながら、下り坂をリズミカルに歩いて行った。
バスに乗って出発した後、疲れた身体を山道沿いに行くバスに揺られるのを任せながら、今日見たこと全部を思い出すかのように、僕は目を瞑った。