別れ話
キャンドルに下から照らされたその顔は、眉をハの字に、眉間に2、3のシワを浮かべてじっとこちらを見ていた。悲しいことや、困ったことがあると由香はその表情をする。
「どうしてなの」
静かな中にも少しの強さを含めた声だった。普段あまり聞いたことがない声音だ。僕は小さなバーテーブルの上のグラスを軽く振って、口元にあてた。ロックアイスがだいぶ解けて、ウイスキーの水割りみたいになっている。
「ねえ、なにか言って」
変わらぬ声音で由香は、僕の発言を促す。依然下がったままの眉尻で僕のことをじっと見つめている。僕はグラスの縁から目を上げられないまま、答えた。
「少し、退屈して」
由香の呼吸が少し荒くなった気がする。本当に少しだけ。ビートルズのチケット・トゥ・ライドが終わりに差し掛かる。カウンター席では、声の低い壮年の男性がマスターとなにやら談笑している。どうやら常連らしい。
「退屈って…」少しだけ涙声が混じって、それきり由香は下を向いた。なにかつづけたそうだったが、二の句が接げない様子で、すこし震えている。
「君がね、」僕は言う。「由香がなにか僕の気に入らないことをしたとか、そういうんじゃないんだ。逆に僕が浮気心をこじらせてしまったのとも違う。ただ、なんだか、物足りなさを感じてしまって。相手がどうとか、そうではなくて、『付き合う』ということがもしかしたら僕には合わないんじゃないかって、そう思った」
僕はウイスキーに口をつける。小さくなった氷が、ガラスに触れて涼しげな音を立てる。由香のグラスは2/3程がまだ残っていた。
「…それだけ?理由は」
少しだけ目を上げた由香は、上目遣い気味に僕を見ながら問う。僕は黙って頷いた。由香の目線は再びゆっくりと下がっていく。
「私のことは、もう好きじゃないの」涙声が聞こえる。
「好きか嫌いかで言うと、好きだ。でも、もう決めたんだ」
些かの言いにくさを押してキッパリと言った。でも、目線はまともに由香に向けられない。彼女の手もとあたりを見つめた。
テーブルのキャンドルはだいぶ背が低くなっている。店内には、知らない洋楽が流れていた。