こんな夢を観た「秘湯を求めて旅する」
トラベル・ガイドお勧めの秘湯を求めて、日に1本しかないローカル線に乗り、ようやく山裾までやって来た。
平地よりも照りつける日差しは強かったが、抜ける風は涼しく、かいた汗もすーっと引いていく。
肩からバックパックを下ろすと、エリア・マップを取り出した。赤マジックで丸をつけてある場所を指でたどる。
「えっと、今はここだから、あと40分くらいかぁ」
うねうねと曲がりくねった山道を、わたしはのんびりと歩き始めた。
舗装の荒れた道路は、クルマがようやくすれ違うことができるほど。ところどころ、アスファルトが剥がれ、ぼこっと穴が開いていることがある。
時々、爪先を引っ掛けながらも、この先で待っている隠れ家的温泉に、わたしの心ははやる一方だ。
遠くから、かすかにディーゼル・エンジンの音が聞こえてくる。どうやら、下の方からのようだ。
だんだんと近づいてきて、そのうちつづら折りになった崖下に、バスが見え始める。
「バスが走ってたんだ」トラベル・ガイドを見落としていたらしい。
ブナの木陰に立って、バスが来るのを待つ。
消耗しきったサスペンションを弾ませながらやって来たのは、見たこともないようなレトロ・バスだった。
「すいませーんっ」わたしは道端から手を振る。バスは、ガタゴトと騒々しい音を立てながら、わたしのいるところよりも、10メートルばかり先でやっと停止した。
わたしは小走りでバスまで走り、開いた扉から乗り込む。
「この先の秘湯までなんですが、料金はおいくらですか?」運転手にそう尋ねた。
「いい、いい。どうせ、すぐそこだから」親切に、そう言ってくれる。
「ありがとうございます」
わたしは、座席に座った。
向かいの席には、小学生から高校生くらいまで、4人が並んで座っている。きっと、知り合いなのだろう。
トラベル・ガイドをパラパラとめくっていると、一番上らしい少年が声を掛けてきた。
「秘湯に行くんですか? 地元のもんはあまり寄らないですけど、このところの温泉ブームとかで、よそからたまに見えますよ」
「そうなんですか」わたしは言う。観光地なんて、案外そんなものかもしれない。
「あら、うちの爺ちゃんは、毎週湯治に行ってるわよ」隣の女の子は、きっと同級生に違いない。
「ああ、おめんとこの爺さまはあの風呂さ、好きだもんな」と少年。
「あーあ、わたしもたまには行きたいな、あそこ」反対端に座って、足をブラブラさせている女の子は、学校に上がったばかりらしい。
「ほら、そんな足をバタバタさせっと、靴が脱げっど。ちっと、大人しくしとれ」注意をしている男の子も、3つか4つしか変わらないはず。
「学校の帰りですか?」わたしは聞いた。
「はい。ぼくら、小学と高校なんですが、小さな村なんで、同じ校舎に通ってるんです」少年が言う。
「じゃあ、みんな家族みたいなものですね」
「ええ、ほんとにそうなんです。端っこの女の子、あれが中学にあがる頃には、学校も閉校することになってるんです」
「そうなんですか。寂しいなあ、なんだか」わたしはしみじみとしてしまった。
「温泉前に着いたよ、お客さん」運転席から声がし、バスはガタピシと停車する。
わたしは車内のみんなに挨拶をし、バスを降りた。
山あいに抱かれるようにしてそっと建つ、そこがわたしの泊まる旅館だった。
「今日は、予約したむぅにぃですが」フロントで声を掛ける。
すぐに女将が出てきた。顔を合わせて、お互いにはっとする。
「お客さん、前にもここに来なさった?」女将が不思議そうに言う。
もちろん、今日が初めての訪問だ。
「いいえ、初めて来ました」けれど、わたしも女将の顔にかすかに見覚えがあった。いったい、どこで会ったっけ?
腑に落ちないまま、わたしは部屋へと案内される。
「明日、お発ちになるんでしたね?」女将が確認をする。「下の駅まで、クルマを出しますんで、乗って行って下さい」
「あ、バスに乗って行くから大丈夫です」わたしは言った。
「バスなんて、何十年も前に廃線になりましたよ」
「でも、今、それに乗って……」そこまで言い掛けたとき、女将が誰に似ているのか気がついた。
バスに乗っていた、一番小さな女の子だ。
「バスには、女の子が乗っていました。その子が卒業したら廃校にしてしまうとか――」わたしはバスの中での話をした。
びっくりしたような顔で振り返る女将。やがて、懐かしそうに表情を崩すのだった。




