夜空
星空の下、五月といえどまだ夜は少し冷えて感じる。先ほど飲んでいた水割りの影響もあるだろう。椎名美咲は夜道を自宅へ向かい歩いていた。
「割と見えるもんだなー」
見上げると星空。夜の十一時ちょっと前、街明かりのほとんどない住宅街からは星がよく見える。
――ヴー、ヴー
美咲の携帯電話が着信を告げる。あまりうるさい音が嫌いなため基本振動通知にしてある。
「はーい」
酒が回っている所為か陽気に応対する。もちろん何処からの着信か確認していない。
「……」
こちらから相手の声はあまり聞こえない。
「あー、いたよ。え、知ってたの?教えてあげれば良かったのに」
「……」
「可哀想に、ヒカル大分混乱してたよ」
「ハハッ……」
電話の向こうから大きな笑い声が聞き取れた。声質からして相手も女性だ
ろう。
「こっちはもう夜だし、あたし呑んじゃってるもん。また明日の朝にでも様子を見に行くよ」
「……」
「はいはい、まだ外だから切るよー。はい、はーい。じゃーね、ママ」
そう言うと通話を切る。相手は海外にいる母親だったようだ。会話の内容は定かではないがヒカルたちの話が少々出たらしい。
「まーた、面倒なことになりそうね」
そう言うと携帯電話をジーパンのポケットに仕舞い込み小走りで帰り道を進む。電話をしている間にもう家の目の前まできていた。父の車はない。また泊まり込みで仕事なのだろう。全く、忙しい男だ。そう心の中で呟いて玄関の鍵を開けて中に入る。リビングを素通りして自室へ、そしてジーパンと上に着ていたカーディガンを脱ぎ捨てるとそのままベッドへ飛び込んだ。瞼を閉じて数秒で彼女の寝息が聞こえ始めた。
「……ん」
物音に目が覚めると、外はまだ暗かった。半端に眠ったからだろう。どうしても眠りが浅くなってしまう。
「あー」
しっかり寝た感覚はあるものの妙な倦怠感がある。寝床が原因だろう。これは座るもので睡眠をとるためのアイテムではない。
「あ、起こしたか。悪いな」
声がする方に目を向けると、スーツを着た大地がそこにいた。
「事件か?」
「そんなところ」
大地の職業は警察官である。県警の刑事だ。何かあれば呼び出しがある。本人は収入が安定している公務員だからな。と言っていたが、本人は仕事の裏で両親の事件を調べている。片田舎の土砂崩れ。彼らの両親は父の実家へ帰省中にそれに巻き込まれた。失踪から十五年立った一昨年、兄弟と椎名一家で小さく葬儀を行った。法律上、所在不明から十五年で死亡扱いに出来る。
「酒は大丈夫なのか?」
「ん、ああ。幸い影響はなさそうだ」
少し顔が青いような気がしたが薄暗いせいかよくわからない。本人の言うことを素直に鵜呑みしておこう。
「お気を付けてー」
「おう。あ、まだ寝るなら俺の部屋使っていいぞ。もうちょっと時間大丈夫だろ?」
枕元で充電していた携帯電話の画面を点灯させるとデスプレイに午前二時十四分を告げる。ソファーで眠りについてから四時間といったところだ。家を出るのは八時くらいでいい。逆算するとあと五時間は寝られる。余裕をもって一時間ほど早くアラームをセットする。
「じゃ、お言葉に甘えて」
「ん、行ってくる」
そう言うと大地は玄関へと向かう。施錠を解き、戸を開ける。また閉めて施錠する一連の音を聞くとヒカルはむくりと立ち上がり大地の部屋へと向かった。明かりをつけなくてもベッドの位置は分かる。ゆっくりと倒れこむ。自分のそれとは若干違うが寝具である以上ベッドよりは格段に寝心地が良さそうだ。
「あー」
ヒカルは携帯電話を握り締めたまま、再び眠りに就いた。アラームは振動機能も追加してある、握っていれば気がつくだろう。電池の消費も大してないだろう。起きて一時間も再び充電したら回復するだろう。彼の意識はだんだんと薄れていった。