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D.E. -ドッペルゲンガー・エンカウント-  作者: 福永護
第一章「エンカウント」
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押しかけてきたそっくりさん

「へぇ、結構立派じゃない。掃除も行き届いてる見たいだし。」


 兄も仕事で忙しく、掃除はヒカルが時間を見つけてはやっている。料理も洗濯も、ひとり分もふたり分も大した差ではない。だがこの二階建て6LDKの掃除は大変だ。一階の各部屋はほぼ倉庫として使っているが二階はものを下ろす労力を考えて空き部屋にしてある。そっちはそれなりの生活感を醸し出している。


「それにしても此処まで立派な家を建てるなんて、君のご両親すごいのね」

「両親はいないよ。ローンも保険で免除になったし」

「あ…ごめ」


 あからさまに申し訳なさそうな顔になる。此処まで見てきたが、ヒカリという少女は思った以上に表情豊かな女性だ。


「十五年も前の事だよ。親不孝にも、俺は両親の声もあまり覚えていないよ」

「…そう」


 未だ暗い表情を浮かべる。此処まで親身になって人の境遇を悲しめるということは、少なくとも悪い人間ではないのだろう。だがヒカルの疑念は消えない。


「いつまでも玄関なのはアレだから。上がろうか」


 そう言うとヒカルは靴を脱いでフローリングに足をかける。ヒカリはそれを物珍しそうな目で見ている。


「ど、どうされました?」

「いや、本当に靴脱ぐんだなと」

「我が家も一応日本の常識に遵守してるからな。そうじゃない所もあるかもしれないけど」


 なんとなく、彼女が日本の文化圏外から来たことがわかる。日本人の悪い癖で外国といったら欧米が連想される。日本語がそれなりに話せるということは教育水準はそれなりに高い地域だったのだろう。


「ねぇ」

「なに?」


 玄関から廊下へと上がり、一段高くなったヒカルを見つけながらヒカリは言った。


「靴下、汚れないよね」


 そこで一気に気が抜けた。「大丈夫だから」と彼女を誘導するとまっすぐリビングへと向かう。


「ちょっと不思議な感じ」


 そう言いながら後ろをついてきて、ソファを見つけると背負っていたバッグをそこに下ろした。


「ねぇ、日本人って客人をしっかりもてなすんでしょ。テレビで見たよ。お・も・て・な・しって」


 どこぞかで聞いたような流行語が出てきた。意外とそういう物に通じているのだなと同時に世界規模のイベントがもたらす影響の恐ろしさを感じた。


「前触れなく突然、しかも図々しく家に上がり込んだ奴をもてなす風習はない。もてなすにも準備があるからな。」


 そう言いながら電気ケトルにふたり分ほどの水を入れ、セットする。毎度の癖だ。湯の量が少し多くなったところで作業量は変わらない。


「…ココアしかねぇぞ」

「よっしゃ」


 小さい声で言う。無論ヒカルには聞こえている。自分用と客人用のマグ

カップにココアの粉を入れると、ケトルのボタンが上がる前にスイッチを切る。最後まで沸かしたお湯は熱すぎて飲めたものではないと彼はこれまでの生活で学んだ。猫舌の彼なら尚更そこには敏感だ。


「はい」

「ありがとう」


 手渡しつつ注意してココアを啜る。少しずつならなんとかなるがこれは少し置いたほうがいいかもしれない。


「あつーい」


 どうやら彼女も猫舌だったようだ。


「ところで。ヒカリ、さんはどこから来たんだ?」


 欧米だろうと決めつけたが、彼女自信から聞いたわけではない。


「ん、アメリカ。詳しくは言ってもピンと来ないだろうから言わないけど。時差がきつくてねー。着いてすぐホテルで寝込んだわ。」


 アメリカ、ロサンゼルスで計算すると日本との時差は十六、七時間といったところだ。夜型を昼型に治す程度なのだろう。ヒカル自信経験がないからよくわからない。


「で、当てもなくなんで俺を探してたわけ?」

「まぁそれは追々、ね。お兄さんの帰りもまだみたいだし」


 兄の存在はまだ彼女に話していない。なぜ知っているのか問い詰めたかったが、タイマーにしてあった風呂の湯沸し音が聞こえた。ちょうど帰ってきて少しするくらいにセットしてある。湯船に蓋をしなければお湯が冷めてしまう。


風呂が沸いたということは今は夜の六時半ということだ。夕飯を作っているはずが飛んだ誤算だ。


「何の音?」

「お風呂。タイマーにしててある」


 へぇ…。と、なんだか考えるような仕草を見せる。


「お風呂、貸して?一日歩いて疲れたんだよう」


 案の定である。カバンから着替えを取り出すとヒカリは案内しろといった目線をヒカルに向ける。


「ホテルはどうしたんだよ?」

「今朝で引き払って来たよ。他の荷物は駅のコインロッカーに置いてあるし」


 まるで今日ヒカルが見つかるということが決まっていたかのように語る。もちろん見つからないという可能性もゼロでは無かったということになる。彼女の行動は相当危険だったのだ。


「上がる時は湯船に蓋してから出ろよ。冷めるから」

「はーい。あ、木製とか石造りじゃないんだ。」


 彼女は旅館など温泉施設のそれを想像していたらしい。残念ながら一般層の住宅にそんな高価なものはあるはずがない。


「一般的なユニットバスだ。石とか木桶がよかったら旅館にでも泊まるといい」

「そんなお金はないので。…で、いつまでいるの?」


 シャツに手をかけながらそういう。ヒカルは慌てて脱衣所から出て戸を閉めた。


「タオルはこの辺の使えばいいのー?」


 壁越しに声が聞こえる。血気盛んな男子高校生には毒以外の何者でもない。


「あ、あぁ」


 そう言うとリビングに戻ってソファに身体を任せる。なぜか疲れがどっと押し寄せてきた。身体がというよりも頭が動きを止めようと体に疲れを感じさせているような感じだ。


「疲れた」


 言葉にしてみると本格的に眠くなる。瞼を閉じるとヒカルはゆっくりと思考が閉じ、夢の世界へと旅立った。

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