放課後
「お、どうだった?」
「何がだ?」
教室へ戻ると、三代は起きて携帯電話をいじっていた。喋り口調からすると本の数分前まで夢の中だったようだ。
「清水さんだよ」
「あー、疲れた」
そう言って自分の席に座る。机の中をあさり、午後の授業の教材を漁る。
「あ、午後移動だっけ?」
「生物」
「ふぁー、吉岡かよー」
吉岡孝志郎は生物教諭だ。生徒指導員も務める人物で、それなりに厳しい。試験での赤点常習犯の三代は彼のことを苦手としている。堅い雰囲気こそあるものの、普通に接していれば何ら普通の教諭である。
「真面目に授業受けてれば吉岡の授業は楽な方だろうが」
「いや、あいつ自身が苦手なんだよ俺は」
「それはおまえが悪い」
一蹴すると三代は黙って自分の机から生物のテキストとノートを取り出して準備をした。
「よし、いくべ」
「おう」
これから清掃の時間だ。一階の科学室の掃除が彼らの役目だ。科学室と生物室は階違いで同じ位置にあるので、教室に戻るよりも早いのだ。
午後の授業に入り、ふと家のことを思い出してヒカルは憂鬱になった。彼女たちが一体どういうことをしているのか。一応良識はあるものと願いたい。初等教育前の子どもならまだしも二人共それなりの教育を受けている。はずだ。何かある方がおかしい。
「…はぁ」
「神城、集中しろ」
普段なら授業中にため息は絶対につかないのだが、今日ばかりは気が抜けてしまった。横で笑いをこらえる三代の足を踵で踏みつける。そして再び黒板に板書された文章をノートにまとめる。
「終わりだー」
三代が開放感にまみれた声を上げる。
「そうだな。おまえは先に帰れ」
「あー、アレまだ終わってないのか」
「そういうことだ」
明香がこちらへやってくるのが見える。どうやら逃げる事はできないようだ。この際腹をくくってしっかり役目を果たすとしよう。
「とっとと終わらせるぞ」
「えぇ、私もやらないといけない事があるもの」
どうやら彼女にもこのあとの予定が入っているらしい。
「よし、じゃあ行くか。カバンは持っていこう」
二人は教室から出て、そのまま別館への渡り廊下を渡った。
「こっちは意外と閑散としてるのね」
「基本的に専門教室だからな。ここだと手前の教室で書道部が活動してる。元々は農業科の土肥系の授業用だったらしいんだが農場に教室ができてからは使われてない。」
「お昼も思ったけど、意外と詳しいのね」
「ほとんど受け売りだよ。兄貴もこの高校だったからそこからの情報だ。」
大地は生徒会長を務めた経歴を持つ。本人はやる気じゃなかったものの、美咲の推薦のおかげで見事当選してしまった。故に二人はこの学校についてとても詳しく知っているのだ。
「へぇ」
「あと、別館は使用頻度が少ないせいでトイレが一階と三階にしかない。上が女子で下が男子トイレな」
「面倒くさそうねそれ。」
「ほとんど使うことはないからな。明日ある情報の授業くらいだ」
会話をしながら二階へと降りる。ここには情報室だけである。
「ここな。基本前の方のドアしか開かないから。」
昼よりも簡略に話を進める。というか話すことがないくらいだ。
「一階は被服室と、調理室。ここもほとんど使わない教室だな。」
「家庭科の授業はあるんでしょう?」
「一応な。実習はあっても一回だろうからほぼ使わないといってもいいな。」
これで別館が終わる。やってみればあっけないものだ。まだ十分も経ってない。
「とりあえず知らないで困るのはこれだけかな。あぁ、グラウンドの向こうにあるのが武道館。集会とかでたまに使うから覚えておいてくれ。体育館の裏に弓道場がある。」
「ありがとう。用事があるのにごめんね」
明香がしおらしく言う。これまでの行動と違うのでヒカルは若干気味悪く感じたが素直に受け入れる。
「ああ。あんたも用事があったんだろ。これで解散ってことでいいな」
そう言ってヒカルは靴箱のある方向に向かって歩き出す。別館は教室以外土足でも問題ない。履き替えてからにすれば良かったと今更ながらに思った。
「ちょっとまって」
「なんだ?」
明香がヒカルを呼び止める。




