光と光
世界に三人は自分とよく似た人物がいる。割と聞くはなしだ。実際に他人の空似であったりとかはある。だがそれの大半は他人から「君に似ている人を見かけた」と言われることが大半であろう。自分で似ていると自覚できる人間と鉢合わせすることは希だ。それが生き別れになった双子の片割れであったりとかなら話は別だ。それこそ無い話となるだろう。
さて、今ここにいる少年『神城光』はパニックに陥っていた。学校が終わり、夕飯用の買い物を済ませようやく家の付近まで来たところだ。そんなタイミングで自分とそっくりな人物と鉢合わせしてしまうなんて考えもしない。
「神城光くん、だよね?こんにちは」
声からするに女性。「女?俺は男だぞ?」と彼の頭の中で大小さまざまなサイズの疑問符がぐるぐると回っていた。彼の言葉を代弁すると「わけがわからない」といったところだろうか。当然だ、踏切が開くのを待ってようやく進もうとしたところですれ違った女が自分と同じ顔だったんだ。驚き通り越して恐怖といったところだろう。
「ちょっと、失礼じゃないかな。一言返事をしたって罰は当たらないと思うよ?」
言葉は出ない。とりあえず説明を求めたいところだ。彼の一人称を用いた小説があったらこのシーンはこう描かれるだろう。
今、目の前に俺と同じ顔した女が居やがる。訳わからん。
雰囲気こそ女性らしく身なりを整えてあるが顔のパーツ配置は彼そのものだ。傍から見たら双子だろう。だが神城家に男兄弟はいるが女がいたという記録はないし彼自身、そういった記憶にない。
「お…おれ?」
普段では有り得ないほど阿呆みたいな声が出た。近くに友人がいたら爆笑してるだろう。だがようやく言語を発することが出来るレベルまで彼の思考は復活していた。だが男としては致命的にみっともない。実に無様だ。
「うーん、君では無いかなー。あ、でも名前は同じだよ‘光’読みはヒカリなんだけどね」
そう言うとヒカリは右手を差し出す。握手を求められているのは誰でもわかった。
「そ、それでヒカリさん?は一体俺になんの用なんでしょうか?」
単なる初対面を越える緊張が光を包む。仕方がない。誰しもファンタジーのような世界に身を置いたらこうなる。こうなるだろう、きっと。
「うーん、とりあえず君んち。さっき行ってみたけど似たような建物ばっかでどれがどうとかわかんなかったんだよねぇ」
そう言うと光るの手を掴んで歩き出す。大体の場所は分かっているようだ。
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
光は二階建ての一軒家で兄と二人暮らし、両親は大分昔に他界している。だが家に見知らぬ顔、いや顔は知っているのだが素性のわからない人物を上げるわけにはいかない。彼の持つ自制心がうまいことブレーキとなって場の空気の流れから彼を守る。
神城家のローンは両親がかけていた保険のおかげで払わずに住んだし、兄も社会人のため特に困ってはいない。両親が亡くなったのはヒカルがまだ三歳の時で、兄もまだ中学生だった。一応事故死ということだが幼かったこともあり、ヒカルは全容はあまり知らない。両親の声ですら、今はもう忘れかけている。
「だ、ダメだ。」
「……」
不服そうにヒカルを睨みつけるヒカリ。ふと何か思いついたように握っているヒカルの左手を自分の襟元へと持っていく。傍から見たら胸元をまさぐっているように見えるかもしれない。
「叫ぶよ?」
女は怖い。女性経験の浅い少年は今それを心に刻み込んだ。少し行けば駅がある。この時間ならまだ駅員は居るだろう。車通りもそこそこある、通報される可能性も十分にあある。
ヒカルは、折れるしかなかった。