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春の海  作者: もんちょ
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 初めに手紙を書いたのははるだった。うぐいすの家の近くにある神社へ行って、手紙と羽織をベンチに置いてきたのだ。それまで彼女は何度も羽織を持ってバスストップに行き、俊の姿を探したのだが全くそれらしい人が見つからずやきもきしていた。そしてついにこの暴挙に出た。

 あの神社が人の出入りも少ないこともあり、無事羽織は俊の目に留まった。彼の屋敷から神社の全貌が見えていたおかげで、ふと窓の外に視線をやった時はるに渡しておいたはずの羽織を見つけ文子の声も聞かず慌てて神社へ向かった。日陰においてあった羽織は冷たく、抱き上げるとかさりと紙の擦れる音がした。手を忍び込ませて羽織の中を探ると、何も書かれていない白い封筒を取り出せた。はやる気持ちを抑えて自分の家に戻れば、玄関先で文子が眉を八の字に下げて俊に駆け寄ってきた。持っている羽織に気付いた文子が、見つけられたのですかと言うとうぐいすが持ってきていたと語るように俊は言う。戸を開ける俊のあとに続いて黙って家に足を踏み入れた文子は、素敵ですねと感動したようにささやいた。春の色濃くしてきた四月のことである。

 はるの手紙は陽という人宛に書かれていることが分かった。陽とはつまり、俊である。彼女は俊の本当の名前を知らなかったために名前をつけた。羽織を持って探したが全然陽を見つけられなかったと書いてある。字は少し特徴のある、それでも綺麗だと俊は思った。手紙の中の彼女は簡潔に羽織の礼で最後を締めくくっていた。本来ならばそれだけの為の手紙なのだろうが、手紙の裏に記された住所を当てにして、俊はすぐに手紙を書き始めた。心の底で安堵しながら。



 神社に羽織を置いた二日後、はるのもとには一つの手紙が届いていた。最初に気付いたのははるの母である美代で、娘の行く末に頬を緩ませて彼女の部屋に置いておいた。学校から帰ってきたはるがそれを目にしてすかさず手紙を、破らないようにそっとあけてみれば思っていた通りの人物からだった。机の前に座りなおしてセーラー服のまま手紙を読み進める。俊のつけたはるの名前は、小春という名前だった。

 手紙には羽織を返したことに関して以外はあまり書かれていなかったが、最後にまたという次を見てはるはペンをとった。男とは思えないほどしなやかで彼らしい字であった。彼の目には自分の字がどう映ったのだろうと思いを馳せ、前に書いたよりもゆっくりと一字一字を書いていたが最終的には気持ちの思うままにペンを滑らせていた。

 二人の間の文通は飽くことなく続けられていた。小春と陽という名前のまま、手紙を綴る。住所のおかげでそれらはこれまで赤の他人の手に渡ることなくお互いのもとへ届けられていた。はるは手紙の届く日が近づいてくるとしきりに窓の外をみて郵便屋を待っていた。郵便屋が郵便受けに何かをいれると、親よりも早く郵便受けまで行って中身を確認した。期待はずれのものを見ては肩を落とすことも多かったが、陽という字の記された手紙を見ては隠すように手紙を握り部屋でゆっくりと彼の字を眺める。いつしかそれが日課になっていた。



 文子はいつもどおり、小春と記された手紙を持って静に見つからないよう俊の部屋までそれを届けた。彼に見つからないようにと言われている為であったが、文子は言われる前からこっそりと彼に届けている。俊にとっては一番気のおけている人物であった。文子が俊の部屋の戸を叩けば、体を起こしてそれを嬉しそうに受け取る。まだ青年なのだといつも大人びている俊を見て文子は微笑した。顔を崩している姿など信治や静には見せたことなど無かった。自分のことを分かりきっていたような青年である。文子がまだこのくらいのとき、もっと周りを省みないような若いことをやってのけたものだ。だからこそ、俊が遅く帰ったあの日もちろん心配もしたのだが心のどこかで安心した節もあった。


「文子、いつもありがとう」

「いえ。お気になさらず」


かけられた声に文子は若干上ずった声で返事をする。不思議に思う俊をそのままに、ではと彼の部屋から出て忙しそうに水場へと向かった。閉められた戸からすぐに視線を外した俊は、焦らずに便箋を開けて中の紙を取り出す。彼女の手紙は最初の頃より字が多くなって、たまに二枚入っていたりする。ページを急かされるような思いを燻らせながら一枚の手紙を読み終えて丁寧にまた便箋に入れる。梅雨が近づいて湿気る新しい便箋を手にとって、何を書こうかと悩んだ。


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