Episode6 全権大使の行方
視点(場面変更)は、「†」で表現しています。
また、このEpisodeは、後半に残虐な描写が書かれています。
苦手な方は、読み飛ばして下さい。
「今宵の虎徹は血に餓えている」
切り伏せたカニのお化け事、ノルドイド人の甲羅に左足を乗せ、自分の日本刀を掲げ、森林の隙間から差し込む光で反射する白刃を仰ぎ見るように悦に入った表情で、ゲンジロウ軍曹は地球の偉人の言葉を口にした。
気持ちは、完全にその偉人が、活躍した時代に思いを寄せている様だ。
カニのお化け事、ノルドイド人の屍が累々と周辺の森林を埋め尽くしていた。
数にして、三百体以上はある。
殆どが、一刀両断か、薙ぎ払われるように胴体部分が粉塵と化しているノルドイド人ばかりである。
中には、微かに弱々しい奇声を上げて、動くものもあるが、直ぐに息絶えるだろう
「はいはい。その刀は、虎徹じゃないし! 偵察も終わりましたし! 相手の監視状況も概ね分りましたから帰りますよ!」
と悦に入っているゲンジロウ軍曹の右耳を抓り、フネ伍長は、別世界にいる彼を現実世界に引き戻した。
「痛いって! フネさん! もう少しだけ、この雰囲気を……」
額に血管浮き出るフネ伍長。更に、抓んでいる指に力を入れ、強く捻った。
「只でさえ、こんなに派手にやちゃって、偵察行動にならないじゃないですか! もう引き上げます!」
「ぐわ! 何かいつもより強く捻ってません? フネさん……うわ、痛い! 痛いって!」
より一層、目を吊り上げるフネ伍長は、ゲンジロウ軍曹の耳を引っ張りながら、来た道を戻っていった。
†
山肌を覆う森林の隙間から日が差し込まなくなり始めている事から日が暮れようとしているらしい。
集合場所への戻る予定時刻から既に、三十分程、遅れていた。
ここの山の斜面は、アオ二等兵、シロウ上等兵にとっては、急勾配ではあるが注意を怠らなければつまずく事もないもので、登攀に比べれば駆け足で下れる。が、今、アオ二等兵の背には、ニーナ少尉が担がれていた。
なんて事はない竪穴から救出されたのはいいが、山から下山中に、ここら一帯を形成している針葉樹林まがいの樹木で根っこが、露出しているものに足を取られ、転んだ挙句、ニーナ少尉が左足を挫いてしまったのだ。
遺伝子操作による強化人間なら早々、その程度では、捻挫などしないが、彼女は、強化もなにもされていない生粋のオリジナルである事もあって、慣れない山歩きも手伝ってか、歩けなくなってしまった。
結局、担いで連れて行くしかない訳だが、その役目をシロウ上等兵に押し付けられたのは、アオ二等兵であった。
一人なら駆けて下山も可能だろうが、女性一人担いで、足場の悪い中を駆けるのは、注意してても重心がずれるので、危なっかしい。という事で、どうしても下山する速度は落ちてしまう。
何とか、後、何十分かすれば、ミヨとサブロウ上等兵がいる強襲揚陸戦闘機までは、辿り付ける所までは来た。
シロウ上等兵は、彼女について、
「えらい美人だが、とんだお荷物だな。クク」
といつもの皮肉交じりの事をアオ二等兵にしか聞こえないように囁いた。
ため息一つ吐いて、この人のこの皮肉というか、性格の歪み具合は、どこから来たのだろうかとアオ二等兵は思いつつ、よく性格調整されなかったものだと思えてならない。実戦を重ねるうちに人格形成が歪んでしまうのだろうか?
自分自身もこれからの実戦でそうなるのだろうか?とかアオ二等兵は、考え込んだ。するとあの夢で出あった『ケイ』と言うクローン兵であろう女性が最後にアオ二等兵に自分の希望の様に囁いた「生きて……」が脳裏に蘇った。
どんなに実戦が過酷なもので、死線を漂うような恐ろしい状態だろうと、人格形成が歪もうと生き残らねばならない。それが、その『ケイ』と言う愛おしいと思った女性への報いなのだアオ二等兵は考えがまとまった。
しかし、愛おしい? 何だろうか? この感覚は……とアオ二等兵は、今、一瞬の感情に動揺した。
そんなものは、経験した事がないはずなのに、あたかもしてきたような淡い感情だった。
「あ! 今、あなた私のお尻を触ったでしょ! って痛!」
ヘルメット越しにニーナ少尉にアオ二等兵は、拳で思いっきり殴られた。全然、痛くないが。
「触ってませんよ……」
とんだ言い掛かりだとしかアオ二等兵は、背に担いだニーナ少尉の言葉に反論した。
確かに、体勢的にはどうしても言われる部位には、触りそうになるが、触ったとしても意図的ではない。
「いや! 触った! 正直に言いいなさい!」
と今度は、後ろから右頬をアオ二等兵の思いっきり、抓ってきた。さすがにこれは痛い。
「まってくらはい。ほ……ほんとに触ってないれすって!」
「まだ言うか! この変態クローン兵! 竪穴でも私をジロジロ見てたし!」
アオ二等兵は、ニーナ少尉の流れるようなしなやかな身体に見とれていた事を思い出し、顔が真っ赤になった。
この人分ってたんだ。と、気づかれていた事に恥ずかしさが、湧き上がる。
「へ〜。アオは、そんな所があるんだな。クク」
最後の皮肉交じりの笑いを入れ、前を進むシロウ上等兵が愉快そうに茶々を入れてきた。
「みゅてません!」
と思わず、アオ二等兵は、嘘を吐いた。
「あ! この変態クローンは、また嘘吐いてる! もう、これは性格調整が絶対いるわね!」
「そ……しょんな〜」
右頬を思いっきり、抓られながらアオ二等兵は、泣きそうな声を上げた。本気でニーナ少尉は、上層部に掛け合ってしてしまいそうだから怖い。
「でも、あれっすね。二人みてるとなんて言いますか……ほら、オリジナルの人たちがするっていう恋人同士? って、雰囲気じゃないんすかね? クク」
「な!」
なんて事を言い出すんだとアオ二等兵は、後ろから口の軽いシロウ上等兵を蹴り倒しそうになった。
で、なんとなく、そっと振り返り横目で担いでいるニーナ少尉の顔をチラッとみると顔が引きつっているが、なぜか真っ赤だった。
「えーと。なんだっけ? 前にいるクローン兵は!」
ニーナ少尉の声が完全に裏返っていた。
「シロウ上等兵であります! クク」
そのいかにも、からかってやろうと言うような目付きで、立ち止まり、振り返ると絶対にふざけてるだろと言うような敬礼の仕方をニーナ少尉に向かってした。アオ二等兵は、もうため息しか出ない。
「わ……私は、階級では少尉です! 直属の上官ではないけど、その物言いはなに!」
「あ! そうでしたね。申し訳ございません! 失礼を致しました。そこの二等兵と実に仲睦まじいやり取りをされていましたので、私、勘違いしてしまったようです。いや〜申し訳ないです。はい! クク」
アオ二等兵にもニーナ少尉の顔を見ないまでも、眉毛を引きつらせ、口元を歪ませているのが手に取るように分った。と言うか、殺気に近い怒気を感じた。不敵な笑みを浮かべるシロウ上等兵に、どうしたらそんなに皮肉と言うか、挑発出来るのか……もはや、実戦で培われたものではない捻じ曲がったものを感じる
「日が暮れそうなんで、行きましょうか。アオ二等兵。な・か・よ・く・してくれよ」
なんで最後に一言ごとづつ区切って言うかなぁ〜とイラとしたアオ二等兵だったが、直ぐに、ニーナ少尉の怒気が背中にビシビシと感じ、アオ二等兵は悪寒が走った。
「元はと言えば、あんたが私のお尻を触ったのが、いけないんでしょうが〜!」
ニーナ少尉は、アオ二等兵の今度は、左右の頬をこれでもかと両手で抓り上げた。
「いひゃい! いひゃい! いひゃいです。しょうい殿! ごひゃいです!」
アオ二等兵は、ともかくさっさとこの山を下山しないと頬が大変な事になることは確かだ。
シロウ上等兵とはいうと、これからのイジリを考えると笑いを堪えるので必死だった。
†
キッチリ五時間後にゲンジロウ軍曹とフネ伍長は、強襲揚陸戦闘機へ帰ってきた。
やや不機嫌そうな軍曹は、着くなり、さっさと機内に入り、古本を手に取り、いつもの自分の席に座り込み黙々と読みだした。
その子どもじみた態度にフネ伍長は、鼻先で軽くため息を吐くと情報集積コンソールルームに座るミヨに近寄る。
「おかえりなさい。フネ伍長」
と顔を向けると円満の笑みを向けて挨拶してきた。
伍長は、口を引き攣らせているが、ぎこちない笑顔で返す。
「アオちゃんとシロウちゃんは、少し遅れる見たいです」
「そう」
二人が遅れるのは、一応、通信で連絡は受けていた。なんでも、中央情報局局員が足首を捻ってしまいアオ二等兵が背負って来ているということらしいのだが。
その局員が生粋のオリジナルで人体強化すらしていないというのは、正直、フネ伍長も驚いた。この混迷した宇宙で生身の人間が太陽系外に出ることほど、危険なことはない。
「ところで、なにか分かったかしら?」
コンソールルームの全面に展開された宙に浮くヴァーチャルディスプレイが所狭しと表示され、どれがどの情報と関連しているのかは、もはやこの段階ではミヨにしか分からない。
「そうですね……この強襲揚陸戦闘機には、簡易のデータストレージしかないので、情報が限られているんですが、フネさんが送ってくれた映像から、あの銀の輪っかの下にある施設は、建築様式からしてノルドイド人特有のものですね。それと、この映像ですが……」
コンソールルームに展開されていたヴァーチャルディスプレイの一つを指先で引き寄せる。そこには、フネ伍長が軍曹が騒ぎを起こす前に単独で、施設の近くまで寄り、撮影した一つで一部を拡大し、画像処理を施したものだった。何かの機体の一部であるようだ。
「これ、全権大使が出立の際に搭乗したと思われるガズルード一族が良く使用する宇宙航行船の主翼の形状に似てるんですよね」
と、この機に常設されているデータストレージから引き出されたガズルード一族の宇宙航行船の映像とヴァーチャルディスプレイで合わせていくと一致していた。そのどくどくの主翼にある幾何学的文様といい、無骨に突き出た棘のようなものが独特だった。
「と言うことは、全権大使は、あの施設にやはりいると考えてよさそうね」
「ええ。生きていればですね」
とミヨは、意外に冷静に答えた。
その通りではあるのだが。
「殺しはしないさ。奴らにその権限はない。殺すならとっくに、やってる。生きているか、死んでいるのか分からないように見せておくのが目的で、大使をここに足止めさせておくのが、奴らの役目だろう。問題は、あの銀の輪っかがなんだかだ」
と、さっきまで不貞腐れていた軍曹が、古本を読みながら口を挟んできた。
相変わらず、こういう政治的な嗅覚に関しては、この軍曹はどこか達観しているところがあるなと伍長はいつも感じていた。細かいことは、いつも任せっきりなのは、腹が立つところではあるが。
「銀の輪っかに関しては、ここからじゃ、情報が少なすぎて……調べてはいるんですが、手掛かりがなくて」
ミヨが数キロ先の先の巨大な銀の輪っかをモニターに表示する。
「キリシマにあるメインデータストレージにリンク出来れば、何なのかわかるかもしれないですが……」
「まぁ、無理ね。何光年も離れてるし、勝手に飛び出してきてるからあっちから来ることもないだろうしね」
開いてる席にフネ伍長は、腰を預けた。
「あれ?」
ミヨがモニターを凝視するように立ち上がり声を上げた。
「この大きな銀の輪っか……動いてる。今まで動いてなかったのに」
「動いてる?」
腰を上げたフネ伍長が、モニターに寄った。確かに、ゆっくりとだが輪が回転を始めていた。
「輪っかの内側に重力変動が起きてますね」
ミヨのその声に軍曹が古本を置き、起きがってきた。その表情は、いつもの柔和な表情ではなく、
冷たく厳しい表情を浮かべていた。
†
監禁室が乱雑な岩組で作られ、湿気が高いのは、ガヴァファル帝国配下のノルドイド人母星での主生活の場が海水だろうかと、地球連邦政府全権大使グラエツ・ノーエットは思いにふけった。
生粋のオリジナルである彼は、地球では連邦議会では、政権与党に組みし、代々、政治家の家系に育った。父は、地球連邦第三十五第大統領になる。
今回、北銀河連合の盟主に交渉する役目を直々に現大統領に委託された経緯は、紆余曲折あったが結局、祖父、父が盟主に謁見している事が大きな理由であるようであった。
そうでないと、政権与党の一議員である若造である彼に全権大使なる大役が来るわけがなかった。
父が死んで、望む望まないを別にして彼は、二十四歳で連邦議員に立候補。ダントツで当選。
その後、五回連続の連邦議会議員当選。
もうすぐ四十の大台に乗ろうとしている三十九歳にいつの間にかなっていた。
そんな自分が、まさか地球を離れて、このケンタウルス連星系の一つの惑星で捕縛され、粗末な監禁室に詰め込まれるとか数ヶ月前まで考えもしなかった。
人生とは、一寸先は闇と言うが、余りにも急展開すぎて状況が掴み難い。
そもそも、極秘の交渉であったこの件と航路が、なぜ彼らことノルドイド人が分かったのかだ。
また、どうして殺しもせずに監禁しているのか。
目的が掴めないままだった。
このまま、監禁状態のままでは、現在、地球宙域に参戦準備待機中の第三艦隊、第四艦隊が激戦地のベリオン星系の防衛戦に参戦してしまいかねない。現在、地球側は兵力の供給量オーバーをとうに超えている。ここで、ニ個艦隊は出撃は地球防衛そのものにも穴があく。何としても盟主に謁見し、窮状を訴える必要があった。
とは言え、妙案もない。護衛のガズルードも強制ジャンプアウト後のノルドイド人強襲に対してよく戦ってくれたが、いかんせん多勢に無勢だった。彼らの多くは、倒れた。
一人、最後まで果敢に護衛していた名はなんて言っていたのか分からないが、勇敢なガズルードは無事だろうか。
既に、監禁されて一週間は経っている。地球では、大騒ぎになっているだろう。しかし、今の無能な政府首脳と自己保身ばかり気にする高級官僚に何が期待できるだろうか。
考えれば考えるほど、欧州系のグラエツ・ノーエットは、暗澹たる思いになる。
「出ろ」
と監禁室の扉が開き、監視役のノルドイド人が言った。いや、正確には、グラエツの耳に強制的に装着された貝のような装置がそう翻訳して聞こえるのだが。
「司令官殿が、地球の大使にお会いしたいそうだ」
甲高い音にしか本来は聞こえないものが、地球人の言葉で聞こえるのが奇妙な感覚であった。
グラエツは、逆らう事など出来るわけもなく、監視役のノルドイド人に付き従う。
通路を出るとそこは、何個かの監禁室のようだった。その横を通り過ぎようとした時だった。
「グラエツ大使!無事でしたか!」
聞き覚えある声だった。流暢に地球語を話す最後まで、彼を守っていたガズルードの一人が、牢獄の様な鉄格子を挟んで立っていた。
「おお!君も生きていたのか!」
グラエツは思わず、歓喜の声を上げた。彼の姿は、全身が岩に覆われたようなゴツゴツした皮膚であるが、細身でまるで中世の甲冑を来ているかのようであった。
「ご無事でなによりです。このガズルード一族の恥じ入る事になってしまい申し訳ない。必ずや、お助けいたします故に……」
と最後の方は、監視のノルドイド人の手に持たれている電撃を発する棒で突かれ、気絶してしまった。グラエツは、それを見て堪えた。ここで騒げば、彼が危険に晒されるからだった。
「早く、ついて来い!」
監視役のノルドイド人が、急かし始めた。甲高い声から苛ついているのがグラエツには分かった。
監禁施設の通路から別の施設に案内されるようであったが、その通路の作りもおよそ近代的とは言えない原始的なものを感じさせる印象を彼は受けた。
全てが、石の積み上げなのである。その間に、何か固形物を接着物で固定しているが、デザイン性とか、機能性とか程遠いものであった。かつ、薄暗い。
ほどなく、歩かされ、目の前が広がった。
ここだけは、行くぶんか明るい。そこには、この施設の不恰好なデザインとは不釣り合いな近代的な巨大なスクリーンがあった。そこに映し出されているのは、銀色に輝く、巨大な輪であった。
「ほほほ。お前が、地球の大使か」
と背後から他のノルドイド人より、低い音を出す、一回り大きく色もやや青味がかった甲羅を持ったノルドイド人が現れた。
グラエツは、その姿を追いながらこのノルドイド人が、自分に会いたいと言う司令官であろうと、雰囲気で察した。
「なぜ、私をここへ、呼ばれたのですかな?」
前に進み出る大きめのカニのような青味のかかったノルドイド人司令官に、グラエツは聞いた。相手もこちらの言語を変換していると推測の上であったが。
「我が偉大なるノルドイド人の力を見せる為だ」
「力?」
眉を潜めたグラエツが繰り返すように言った。
「そう、偉大なる力だ。この力の前に、お前らは、我々にひれ伏すのだ。ききき」
最後の笑いの変換は、実際のノルドイド人の甲高い奇声と混じり、グラエツに不快感を与えた。
大きな機械音が鳴り響く、それにこの粗末な石積みの施設が揺れる。
グラエツがその音源のもとになっているのが、巨大な銀の輪であることは、すぐに解った。この巨大な輪は、この粗末な石造りの施設の頭上にでもあるのだろう。激しく、機械が動く音が直接、地響きを起こしている。
モニターに映る銀の輪は、ゆっくりと回転し、徐々に加速していくと内側の中央部が虹色に偏光を起こし、更に中心部が黒くなっていく。
「これは……ワームホール……」
その出現した黒い中心が何であるか、グラエツは声を出したが、言葉が詰まった。こんな巨大なもので無理に重力負荷を掛け空間を強引に曲げ、ワームホールを作るなど危険極まりない。禁忌の技術であった。下手をするとエネルギー制御に失敗し、暴走しかねない。そうなるとブラックホールを生み出だされ、周囲のものを残らず吸い込んでいってしまう。
ケンタウルス連星系は、地球から4光年弱である。その事故が起これば、被害は免れない範囲だった。
「どこで、こんな技術を……」
グラエツは、おもわず最後の言葉を言う前に絶句した。彼らにノルドイド人に、この禁忌とも言える高度な技術を持っているとは思えない。これは、もっと別の糸があってノルドイド人が利用されているのだと。
巨大な銀の輪は、高速でいつの間にか回転を始め、ついに中央に黒い空間の穴を創りだした。この穴は、もう片方にもあり繋がっているはずである。
その黒い穴から三隻の駆逐艦レベルの宇宙戦闘艦が、ゆっくりとその巨体を現す。
「実験は、成功した!」
ノルドイド人司令官が、大きな鎌の両腕を振り上げて、奇声を上げた。それを透かさず言語変換機がグラエツの耳に入ってきた。
急速に銀の輪は、速度を止めると黒い口を開けたワームホールは、一気に閉じた。
「こんな物を使って何をする気だ」
真正面に見据え、グラエツはノルドイド人司令官に問いただした。
「決まっている。地球を侵略する」
「な……なにを……そんな事が連合諸国が許すと思うのか?」
「許すも何も、お前らは、我らノルドイド人の食料となり、絶滅する。その後の主なき地球は、我々が繁殖するための地とするのだ。ききき」
笑いのような鳴き声が異常なまでにグラエツを不快にさせた。
「我が種族の産卵期が迫っておる。お前らの海に我らの子孫の子を産み落とすのだ。革に包まれた水袋のような軟弱な種族であるお前らは、その餌となってもらうのだ。ききき」
ノルドイド人は、とても文明的な種族ではない。彼らは、文明や文化とかとは掛け離れた増殖し続けるただの生物。
この増殖する生物にガヴァファル帝国は、必要以上の過度な科学技術を与えたのだ。
なぜ?
と疑問が出た時だった。司令官の前に一人の人間の男が、息も絶え絶えの状態で放り投げられた。
腕章から地球連邦政府中央情報局局員の者だと分かった。
自分たちの消息を追ってきたが、ノルドイド人に掴まったのだろう。
「だ……だいじょ!」
とその息も絶え絶えの情報局員に声をかけようとした時だった。
目の前のノルドイド人司令官の右の細い腕が、転がる人間の左腕を掴み上げると、左の鎌を横に振り、鈍い肉音を響かせて一気に切り取った。切り口から真っ赤な鮮血が吹き上がる。
「ぐわわ〜」
切り取られた男は、そのまま絶叫を上げ失神した。切り取った腕の切り口からは、ダラダラと血が滴り落ちる。それをノルドイド人司令官は、口らしき所に持って行くと、骨を噛む音を鳴らし、グイと口から切り取った腕を引きぬいた。
引きぬいた腕には、白い上腕骨だけが出てきた。
ゴリゴリとノルドイド人司令官の口から肉と骨が噛み砕かれる音が、この施設内に鳴り響く。
それを一部始終、目を見開き見たグラエツは、胃から異物を吐瀉しかけたが堪えた。
「ききき。実にお前ら、水袋の肉は甘味である! これを、我が子らに与えるのだ! ききき」
グラエツは、頭がフラついた。この目の前の文明的とはいえない凶暴なノルドイド人は、このままだとモニターに映し出される巨大なワームホール発生装置を使い、何万隻もの大艦隊で地球に攻め上ってくる気なのだ。
その為に、地球に存在する艦隊が邪魔だった。そこへ、艦隊の参戦要請。それを阻止するために、動いていたグラエツを捕縛したのだ。
「ききき」
この粗末な広間にノルドイド人司令官の甲高い恍惚とも言える笑い声が響く。
「このままでは……人類が死滅してしまう……」
かろうじて立っていたグラエツは、極めて危機的な状況に、今だ気づいていないであろう地球人に絶望感しか持てなかった。
助かる道はあるのだろうか? その場に崩れるようにグラエツは、膝を地面に付いた。
†
高速で回転する銀色の輪の耳を劈くような音にアオ二等兵、シロウ上等兵そしてアオ二等兵に背負われたニーナ少尉は、そこから三隻の巨大な駆逐艦が姿を現すのを、山の麓で見上げて目撃した。
「あれは、ワームホール発生装置。ノルドイド人が、なんで持ってるの?」
ニーナ少尉が両耳を抑えながら叫んだ。
アオ二等兵は、その巨大な銀の輪が動くことに圧倒され、その内側で起こっっている事に気圧された。
シロウ上等兵は、目を細めて見上げていた。
「彼らは、この装置の危険性をわかってないわ。暴走したら何かもが終わってしまう。4光年しか離れていない地球は、あっという間に……」
ニーナ少尉は、止まりゆく銀色の輪を見上げながら、悲壮に満ちた声を漏らした。
アオ二等兵は、それを聞き、なぜだろうかこの背中のニーナ少尉を守らなくてはならないと決心していた。理由は、解らなかったが。
このEpisodeで、ついに銀の輪の正体が分かります。
というか、もう分かってた人もいるでしょうけど。
今回も、中盤はややホンワカです。
誤字脱字がありましたらご指摘下さい。