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時代遅れの剣豪  作者: 群龍猛
第一章 Σ(シグマ)惑星で大暴れ!
6/16

Episode5 夢と現実に惑わされて

視点切り替えは「†」で行なっています。

 彼は、彼女のことを「ケイ」と呼んだ。

 ヒッソリと仲間にばれないように。

 それは、二人だけの秘密だった。

 何処までも続く、黒い岩だらけの荒涼とした地平線。

 彼と彼女が潜む塹壕の直ぐ近くで、大きな地響きが起こり、直ぐに爆風が襲ってきた。

 辺りが白煙で染まる。

 後になって塹壕内に、爆風で巻き上げられた小粒の小石が、まばらに落ちてくる。

 白煙が薄まると、彼女の顔が良く見える。

 彼女は、彼の腕の中で抱かれている。顔は青白い。

「オレを置いて行かないでくれ! ケイ!」

 彼は懇願した。

 それに彼女は、ニッコリと笑顔で返す。息は、既に絶え絶えだった。

「どこにも行かないわ。あなたをずっと……見守ってる」

 息苦しそうに言う彼女のその言葉には、悲壮感があった。

 しかし、懸命に笑顔を見せる。

「私は、あなたが好きで堪らなかった……今でも……愛しているの」

「そのなの分ってる!」

 彼は声を張り上げた。

 遠くで、また爆音が鳴り響く。周囲には、うめき声を上げる仲間が累々と塹壕に横たわり、中には既に息絶えた者もいる。

 彼女は、彼のヘルメットのバイザー越しに右手で頬を撫でる様な仕草をした。

「生きて……」

 と言うと、彼女は右手を力なく降ろした。

 そして、全身の力みが抜け、ゆっくりとその目を閉じていく。

「オレも愛している!」



 細い決め細やかな指先が右頬を撫でた、アオ二等兵は目を開けた。

 その眼前には、両サイドが顔の輪郭に沿ってふんわりと整い肩ほどの金髪で、切れ長な眉毛と吸い込まれそうな青い瞳を持つ、女性の顔が迫っていた。

「わ! っ痛て!」

 唐突にここまで、顔を女性に近づけられた憶えのないアオ二等兵は、声を上げて仰け反った。その拍子に目が飛び出るかと思うくらいに、後頭部を背後の岩壁にぶつけた。戦闘用ヘルメットは傍らにあるのが、目に入った。アタッチメントの光学透過ヘッドマウントディスプレイは、見るからに壊れているのが一目でわかる。あれでは、通信は機能使えないだろう。

「へ〜。会っていきなり、愛の告白とかされるとか思わなかったわ。クローン兵には、考えられない事ね。男女問わず恋愛感情とか性欲は、持たないように調整されているはずだけど」

 その印象的な青い瞳を持つ、流れるようなフェイスラインに似合う淡いピンクの唇が微笑んだ。

 アオ二等兵は、後頭部を摩りながら目の前にいる女性が敵ではない事だけは分った。敵対する何者かであれば、間抜けにも意識を失った兵士をこんな野放図にしておくわけが無い。

 どちらかと言うと、介抱してくれた様だった。

「私は、ニーナ・マーコーリー。一応、階級は少尉。地球連邦政府中央情報局局員よ」

 その間抜けなアオ二等兵の仕草にクスリと鼻で笑うと、右腕章に付いている三角形と星の刺繍を彼女は見せた。

 地球連邦府中央情報局の人間という事は、彼女はクローン兵ではなく、オリジナルという事がアオ二等兵にも分った。

 アオ二等兵は、軍事教練所で叩き込まれた『オリジナルには、敬意を持って接しよ!』の心得がよみがえり、すぐさまその場で立ち上がると、まさに兵士の見本そのまま直立不動になった。

「私は、認識番号:AO−10326。階級は、二等兵。地球連邦軍第三艦隊モックス強襲部隊第15小隊第9分隊所属であります! Σ(シグマ)惑星生態研究観測所の偵察任務の際、敵の奇襲に会い、反撃、撃退後、足を踏み外し、ここへ落ちてしまいました……」

 と言い終わると、後頭部も痛かったが右手で敬礼をする。

「え! 今、モックス強襲部隊第15小隊第9分隊とか言った?」

 素っ頓狂な声で立ち上がるとニーナ少尉は、アオ二等兵に聞き返してきた。

 また、顔が間近くに迫る。アオ二等兵は、顔をやや紅葉させ顎を引いた。

「は……はい」

 それを聞いてか、ニーナ少尉は、更に顔に微笑みを浮かべ、少し離れると近くの大きな岩に座り込んだ。

「ゲンジロウ叔父さんが来てくれたんだ……助かった……」

 ニーナ少尉の声には、安堵を含んだものがあった。表情は、一転して凛々しさよりも少女のような顔を浮かべていた。

 アオ二等兵は、後頭部を左手で摩りながら、一応は直立不動を保っている。

「あなたも日本刀を使うのね。ゲンジロウ叔父さんの真似かしら?」

 とニーナ少尉は、壁に深々と突き刺さっている日本刀に目線を送った。

「日本刀ですか?」

 後頭部の痛みからようやく解放されて、アオ二等兵は、ここまでの経緯を振り返って記憶を辿り、整理する事が出来た。

 Σ(シグマ)生態研究観測所にシロウ上等兵に出向いたら、そこは破壊された後だった。そこで、待ち伏せに近い形で、ドルドノイド人に襲われたまでは記憶にある。その後、気がつくと自分が数体のカニのお化けのようなドルドノイド人を切り伏せていた。

 その後、急に足の力が抜けて、ふらついたら足場を外して、山の斜面を滑落。

 滑落中にこの洞穴に落ちた。

 その洞穴への落下中にアオ二等兵は、手に持っていた日本刀を側面の岩に力任せに突き刺した。

 重加速のついたアオ二等兵の体を日本刀が支える形で、岩肌を切り裂きながら切る際に出る摩擦力で減速し、底に落下。

 それでも結構な衝撃があったので、意識を失ったようだった。

 我ながら咄嗟に良く出来たものだとアオ二等兵は、自分自身に感心した。

「それは、軍曹殿が私に持って行けとくだされたので」

「そう。それ、抜かないの?」

「あ! はい!」

 どうもこのニーナ少尉には、調子が狂わされる感じがアオ二等兵にはあった。

 洞穴側面の岩に突き刺さり、見事なまでにそこまで岩が切り裂かれ、一本の筋が上の方まで延びている。

 どのくらい、落下したのだろうか。

 と言うか、どのくらいこの日本刀の切れ味が凄まじいか、これを見ると背筋に寒気が走った。

 まだ、真新しい突き刺さった日本刀の柄を両手で掴むと、力を入れて引き抜こうとしたが、まったく力も要らず、まるでゼリーからフォークを抜くようにすんなりと引く抜く事が出来た。

 抜いた日本刀は、微かに差し込む洞穴の光にその白刃を鈍く光らせた。全く、刃こぼれすらしていない。

 どう言う材質で出来ているのだろうかと、今更ながらアオ二等兵はマジマジと日本刀を眺めた。

 緩やかな曲線と白刃に沿うように波打つ文様が、一種、武器と言うより芸術品のようにすら見え、アオ二等兵は心を奪われていた。

「イグジリウム合金」

 引き抜いてマジマジと眺めるアオ二等兵の背後で、ニーナ少尉がボソリと言った。

「ニーナ少尉は、この日本刀の事を知っているのですか? 軍曹殿もご存知のようですが?」

 日本刀を背中の鞘に収めるとアオ二等兵は、戦闘用ヘルメットを取りながら座り込んでいるニーナ少尉に聞いた。

「ええ。でも、それってあなたに話す必要があるのかしら?」

 ぐうの音も出ないニーナ少尉の返答に、新人クローン兵の下っ端が、それ以上聞く権利は無かった。

「で、もう軍が展開しているんでしょ。Σ(シグマ)惑星には」

「いえ。この惑星に来たのは、我々、第9分隊だけです」

「え? 援軍は?」

「分かりません」

 一瞬、ニーナ少尉の顔が引きつったようにアオ二等兵に見えたが、戦闘用ヘルメットを被ると直立不動で目線を逸らした。

 やはり通信機能は、完全に壊れている。全く、反応を示さない。

 そもそも、命令無視で勝手に軍曹が飛び出してきたのだろうというのは、キリシマの艦長との一件で薄々分かっていた。そんな命令違反行動に対して、早々、援軍など来るなど期待も出来るわけもなく、分からないとしかアオ二等兵には言うことしか出来ない。

 ニーナ少尉の周囲には、なんとも言えない残念感を漂わせていた。

「あの〜」

「なに!」

 険のある表情でニーナ少尉が顔を上げる。

 それに気圧され思わず、一歩下がるアオ二等兵。

「いや……少尉殿は、どうやってここに入られたのかとか思いまして……」

 おっかなびっくり、アオ二等兵は聞いた。実際、自分はこの洞穴には、斜面を滑落して、落ちたわけだが、ニーナ少尉は着ている上下の紺色の身体に密着した服は、まったく汚れている感じではなかった。少なくとも、アオ二等兵の今の泥まみれの戦闘服姿とは違う。

 と言うことは、違う経路でこの洞穴に入ってきたということになる。それは、別の出口があるということになる。

「ここは、あなたがいた観測所と繋がってるのよ。入り口は、観測所の地下にあって、私はそこからここへ逃げてきた。もう一人のトーマスが、相手の気を引いいてくれて、足止めしてくれてね……入り口は、その時、爆破して通れなくなったわ」

 あの頭蓋骨を噛み砕かれ、脳髄をノルドスに吸いつくされていたのは、そのトーマスなる人物だったのだろう。アオ二等兵は、その事は言わずにいることにした。

「他に出口はないのでしょうか?」

「この洞穴にはないわ。ここは、貯蔵庫として利用する予定だったみたいだったから」

「と言うことは、この竪穴を登るしか無いみたいですね……と言っても厳しいですね」

 聳える様に高々と上に続く岩肌の壁は、凹凸がほとんど無く、よじ登る事を拒絶していた。

 それを見上げた二人の口からと深い溜息が漏れた。


       †


「え? 何だって? アオがいなくなった? 何にやってんの! 何のためにあんたと組ませたか分かってんの?」

 青い光の刃を輝かせているアーミーナイフでノルドイド人の頭頂部を馬乗りになり、差し込み何体目かを仕留めた時にフネ伍長が、戦闘用ヘルメットに取り付けられている光学透過ヘッドマウントディスプレイから焦ったように報告してくるシロウ上等兵に怒鳴るよう返答した。

「カニの化物に襲われて……その、足踏み外して、山の斜面を転がるように滑落して……」

 通信機能から聞こえるシロウ上等兵は、どうやら斜面を駆け下りているようであった。やや息が途切れ途切れになっている。

「ミヨ。聞こえるかしら?」

 仕留めたノルドイド人を下にして足を組むと、ヘルメットの通信機能越しにミヨに声を掛けた。

「は〜い。聞こえてますよ〜。アオちゃんなら生きてますよ。ヘルメットから生命反応を感知しました。場所もだいたい分かりま〜す」

 軽い口調の声を上げるミヨの姿が左目の透過ディスプレイ上に映った。

「シロウをアオのいる場所に誘導してくれる?」

「は〜い。でも、一人じゃないみたいですよ?」

「どういう事?」

「別の人と一緒にいるみたいです。ヘルメットにあるセンサー生命反応から近くにも人間がいるっぽい反応ありますね」

「観測所の生き残りかしら? アオとは通信できないの?」

「出来ないですね。アオちゃんの通信機能は壊れてるみたいで」

「そう。こっちも今、そのノルドイド人って言うんだっけ? カニのお化けと格闘中なのよ。すぐにはそっちには戻れそうにないわね。軍曹は、楽しそうだけど」

 アーミーナイフをしまうと、視線を何十体ものノルドイド人と向き合う軍曹の背中を見て、ミヨと山の勾配を駆け下りているだろうシロウ上等兵に、呆れた口調でフネ伍長はそう伝える。

「ミヨのサポート受けて、アオをシロウは救出して。こっちも終わったら戻るから」

「了解」

 と通信を切ると、足を組んで立ち上がる風でもなくフネ伍長は、膝辺りに右肘を乗せると頬杖をついた。この程度の数にハリケーンことゲンジロウ軍曹には加勢など不要だからだ。

「逆に加勢なんかしたら拗ねちゃうなこりゃ」

 と右へ左へ愛用の日本刀を振り回しながらバッタバッタとカニの化物を切り伏せる。いや、どちらかと言うと、雑草を薙ぎ払うように切り裂いていくゲンジロウ軍曹を眺めフネ伍長は、独りごちた。


       †


 とかもかく、シロウ上等兵は、駆け足で斜面を降りていく。

 ちょっと油断してしまった事に悔いていた。あの数なら直ぐに、始末し、アオに加勢するのは容易いと判断した。実際、可能なはずだった。が、思いの外、アオの険捌きが凄まじく、加勢する前に片付いてしまった。そこに誤算があった。

 初めての作戦行動で本格実践に投入した新人が、相手をねじ伏せた時、勝敗有無で体が硬直するものだった。それを読み違えたのだ。

 アオの滑落は、シロウの失策だった。

「どこまで落ちていったんだ? ミヨ姉さん! どの辺なのかな?」

「もう少し、先よ」

 戦闘用ヘルメットの耳を保護する部分から陽気なミヨの声がしてきた。

「あと、そのまま、十メートル先にいるはず。ただ……」

 ミヨが奥歯に物が挟まったように最後の言葉を躊躇した。

「なんです? なんかバケモンでもまだ出るんですか?」

 走りながらシロウ上等兵は、ようやく左目の透過ディスプレイに表示される指示する場所にたどり着いた。その途端、言葉を躊躇った意味がわかった。

「何っすかこの竪穴……ここ落ちたんすか?」

「で〜す」

 軽いミヨの返事が帰ってきた。シロウ上等兵は座り込んだが、覗きこむと底が真っ暗で見えない。

 生きてるのか? ホントに? とシロウ上等兵は、息を飲んだ。

「おーい! アオー! いるのか〜!」

 あらん限りの声を上げて、シロウ上等兵は竪穴の奥へ声を向けた。声が、壁に反響し、暗闇に消えていったようだった。


       †


 二人が聳える竪穴の壁を見上げている時だった。微かに上から声が聞こえてきた。

「誰かが呼んでるわね。人の声だわ」

 声に誘われるようにニーナ少尉が立ち上がった。竪穴の頂部から微かに差し込む光で、ボンヤリと彼女の全身が浮き出ている様にアオには見えた。

 女性的な曲線美の身体。スラリと伸びた足。適度に膨らんだ胸。

 それが金髪の髪に注ぐ光がまるで、天使が舞い降りたように美しい。

 そのニーナ少尉の密着した服が余計に彼女のムダのない身体を強調しているためか、アオはドギマギしている自分に驚いた。

 あの気絶していた時の夢で出会った『ケイ』への何故か持っている慕情と重なって、その『ケイ』が現れてきたような錯覚になった。

「あなたを呼んでいるんじゃないの?」

 と、ニーナ少尉を見とれていたアオ二等兵に彼女が声を掛けた。

「どうしたのボンヤリとして?」

 その言葉に激しく、左右に振りアオは、自分の思ってもいなかった気持ちを打ち消し、上からの声に耳を集中させた。声の主は、どうやらシロウ上等兵のようだった。

「どうやら私たちの仲間のようですね。シロウさーん。ここにいまーす」

 あらん限りの声をアオは、竪穴の頂上部に向けて上げた。竪穴の壁にアオの大声が反響する。


       †


 シロウ上等兵は、耳をすました。

 底から声が響いてくる。

「ここにいまーす」

 と微かだが、アオ二等兵の声が聞こえて来た。シロウ上等兵は、その声にそのままへたり込んだ。

「バカヤロウ! 焦らせやがって、またやっちまったかと思ったじゃねぇか……」

 シロウ上等兵は、安心したのか胸を撫で下ろした。

 その時の彼の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

 一呼吸置いて、シロウ上等兵は、腰から装着している円盤状のものを取り出した。

 携帯型の特殊合金製のロープを巻いたもので、直径0.3ミリもないが3トン程度なら十分に耐えられる。長さは、200メートル以上あるので、竪穴の深さから見ても十分であった。

 シロウ上等兵は、合金製ロープの端を近場の山肌に立つ、太めの樹木に結び付け、ロープを巻きつけられた円盤を放り投げた。

 金属製の円盤は、数度、側面の垂直な岸壁に金属音を立て、跳ねながらながら落下していく。

「アオー! それに掴まって、登って来い!」

 下に向かってこれでもかと声を上げた。


       †


 竪穴に金属音が鳴り響いて来た。

 何かが落ちてくる。

 そう察したアオ二等兵は、咄嗟にニーナ少尉に掛けより、壁際に押した。

 一際、高い金属音が鳴り終わると、地面に金属製の円盤が一つ落ち、地面にめり込んでいた。そこから直径3ミリ程度の細めの金属製のロープが上に伸び、垂れ下がっていた。

 シロウ上等兵が放り投げてくれたものであろうことは、容易に察しがついた。これを使って、よじ登れと言う事だろう。

「このロープを使って、登りましょう」

「それは無理! 私は途中で力尽きるわ。私は、オリジナルで人体強化してないのよ」

「そ……そうなんですか?」

 意外な発言だった。情報局員ともなれば、それなりに修羅場を潜る事もある。そうなると、相手は生身の人間ならまだしも、今の情報活動をする相手は、宇宙で屈強な身体能力を持っているのもいる。今回のドルドノイド人にしてもそうだ。

 強化もせずに前線に出てくる程、危険な事はなかった。

「なに? その目は? 私は、デスクワークが本業なの。分析担当官。今回は、いろいろあって、前線に出てきたまで!」

 キッとした目付きでアオ二等兵の顔を睨みつける。それに、たじろぐアオ。

 どうもこのニーナ少尉には、どこかアオは何も言えなくなってしまう。何故かは解らなかった。

「分かりました。私が、少尉殿を背負って、登ります」

 そう言うと、アオ二等兵は、金属製のロープを掴みとると、自分の背を彼女に向けた。

「その日本刀が何だか邪魔なんだけど」

「それは我慢して下さい」

 ニーナ少尉は、仕方がないと両手を一度広げ、溜息を吐くと、アオ二等兵の首に両腕を回した。

 アオの背中にニーナ少尉の身体が密着した。

 胸の膨らみが背に当たり、あのきめ細やかな手の肌の感触が首に絡みつくようにしっかりと固定された。右耳付近に彼女の金髪と柔らかな左頬が触れる。

 たぶん、何かの芳香水の匂いだろうか甘い香りが、アオ二等兵の嗅覚を優しく刺激する。

 この今にも壊れそうな靭やかな女性特有の曲線は、アオ二等兵は懐かしさを感じた。

「では、行きますね。しっかり掴まっててください」

 下級クローン兵の身体能力は、かなり強化されている。ニーナ少尉の体重位ならば、背負ったままで二晩行軍することすら何ともない。筋力もそれなりに強化されている為、腕力だけでロープが切れないさいすれば、一息に百メートルは登れた。

 ピンと伸びた金属製のロープが登って行く度に揺れる。それに振り回され、落ちないようにニーナ少尉は、アオ二等兵の腰辺りに両足を回して、絡めてきた。

 アオ二等兵は、失神中に見たあの夢での『ケイ』と言う女性クローン兵とはいえ、女性特有の靭やかな線がダブるような奇妙な感覚になった。

 デジャブ……そんな言葉を金属製のロープを黙々と竪穴の頂上を目指し登りながら思い出した。


       †


 金属製のロープが完全に伸びきるように真っ直ぐになり、ロープ自体がユラユラと左右に揺れていた。アオ二等兵がどうやらロープを使って、登っていることがそれで分かった。

 シロウ上等兵も直ぐにその伸びきった金属製のロープを握り、引張上げ始める。

 しかし、アオ二等兵一人にしては、やや重い様に思えた。

 そう言えば、生命体反応がアオ以外にもう一つあるとか言ってたなとシロウ上等兵は、思い出した。こんな竪穴になぜいたのだろうか?

 まぁ、考えても今は、仕方がないことではある。とにかく、二人?を引っ張り上げる事が先決だった。今、この瞬間にノルドイド人の襲撃を受けたら面倒だった。

 自分一人なら数十匹だろうと狩りながらでも逃げ遂せるだろうが、そんな気はとうに捨ててしまっていた。

 今の自分は、違うのだと彼ことシロウ上等兵は、自分自身に言い聞かせる。

 もう、一人ぼっちは嫌だろう。

 もう、死神扱いされるのは嫌だろう。

 もう、親しい仲間が目の前で死んでいくのを見捨てるのは嫌だろ。

 もう、逃げ出すのは嫌だろ。

 と、アオともう一人を引き上げる力を入れる度に、何度も何度もシロウは自分自身に言い聞かせた。


       †


 もうすぐ、竪穴の頂上に手が掛かりそうなところまで来た。

 さすがに、アオ二等兵の両手から血が滲んできていた。

 強化した身体とはいえ、皮膚自体が金属で出来ているわけではない。さすがに、80メートルくらいあったと思われる竪穴を金属製ロープを握りしめ、女性とはいえ人一人担いで、腕力だけで登っているのだ。どこかが傷つくのも仕方がないのかもしれなかった。

 それでも、なぜだろうかアオ二等兵は、生き残るという必死さではなく、守りたいという気持ちだけでこの金属製のロープを登っている。

 夢での『ケイ』との出会い。現実でのシーナ少尉との出会いが、重なっていた。

 もうすぐ、着く。

 あの「置いてかないでくれ!」の必死の懇願が、少しだけかなった気が、竪穴の頂上に右手が掛かった時に通じたような喜びの感情を覚えた。

 そして、もう一つの願いである。

『ケイ』という夢の中の女性が言った「生きて」との最後の言葉。

 その約束をアオ二等兵は、今、少しだけ叶えてやったとぞと心のそこから強く思った。

 そして、そこに一つのゴツイ男の手が差し伸べられた。

 その主は、いつも飄々とした顔をしたシロウ上等兵のものだった。

「心配させやがって……」

 力強く引っ張りあげるその腕がアオには頼もしく、そして来てくれたことに軍事訓練所では感じることの出来なかった感謝の気持ちが沸き上がった。

「ありがとうございます」

 アオ二等兵は、何とか深い竪穴から這い上がり、しっかりと背中にしがみついたニーナ少尉を横目に見た。その顔は、目をこれでもかと目を瞑り、愛らしい淡いピンクの唇を噛み締めている。

 アオ二等兵は、その顔を見た瞬間に何かを一つ取り戻した様な感覚を感じた。

今回のEpisodeは、これからの核になるような物が多く出ています。

なので、やや長めにまたなってしまいました。


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